不変故事ー決して物語を変えるなー

紅野じる

文字の大きさ
8 / 11

8.興味

しおりを挟む
 紅季月ホン・ジーユエの返答を聞き、金当主は安堵の笑顔を浮かべ客間を後にした。

 金当主から具体的な指示は出されていない、今回の任務に、特に制限は無いようだ。しかし、大きく関係性が崩れる行動だけはしないよう、十分気をつけなくてはならない。


 さて、この件どうやって進めていこうか。

 そう考えているうちにも、廊下から橙凛華チェン・リンファの声が聴こえてくる。

「ここは私がやるから、大丈夫!」
「いいっていいって!私がやっておくから~」

(ふむ、ここでやりとりを聞いているだけでも、本当に働き者だな。むしろ働きすぎ、抱えすぎて大丈夫か?と思うくらいだ。
金当主は彼女を診て欲しいと言ったが、本人にはおそらく何も話してないのだろう、それならば暫く様子を見て、金当主が言っていた通りかどうか確認してからでも遅くはないな)

 紅季月ホン・ジーユエは、黄沐阳ホワン・ムーヤンに話した。

沐阳ムーヤン、彼女の様子をしばし見に行ってもらえますか?そしてどんな状態か教えてください」

「かしこまりました」


黄沐阳は紅季月ホン・ジーユエにぺこりと一礼し、すぐその指示通りに橙凛華チェン・リンファの様子を伺いに部屋を出た。その姿を確認すると、振り返ってシステムに問いかける。

「システム、彼女についてわかることは?」

「はい。橙凛華チェン・リンファ、17才。12才から金家に弟子入りし、剣舞、霊力共にトップクラスで周囲から一目置かれています」

 その情報は小説の通りだった。

「何か過去に病気の記録は?」

「ありません」

 文武両道、人から頼られる存在で、若くて美しく、今まで大きな病気も記録もない。体調を崩しているなら、ああもキビキビも動けないはずだ。原作でも、最後まで元気な様子であった──特に病気になったという記載もなかった──はず。

 紅季月ホン・ジーユエは、橙凛華チェン・リンファが身体的な病気を患っている可能性は低いのではないかと考えた。確信はないが、もし金当主が言っていることが正しければ、原因は他にあるのだ。

 そして原因のそれは、なんとなくであるが紅季月ホン・ジーユエにはすでに予想できるものがあった。

「まだ確信は持てないけど・・・沐阳ムーヤンが戻ってきたら、私の予想があっているかどうか、きっとすぐ分かります」

 システムは、いまの情報と状況のみで、なぜ紅季月ホン・ジーユエが予想まで立てられるのかあまりにも不思議で、思わず「なぜ分かるのですか?」と聞いた。

「うーん。長年の経験と、勘かな」

 システムから自発的に問いかけられたことに驚いたが、すぐに紅季月ホン・ジーユエはシステムに向き直って、好奇心旺盛な少年のような目つきで見つめる。

「でも、君のことは全然わからない。
色んな人を見てきましたが、機械が人間になった人は初めて見た」

 紅季月ホン・ジーユエはシステムに興味があった。
機械が人間になった場合、心を持ち、感情を持つのだろうか?
嬉しかったり、喜んだり、悩んだり、嫉妬したり悲しんだりするのだろうか?
だとしたら、それはなにがきっかけで目覚めるのか。

「好きなもの、嫌いなものありますか?」

「わかりません」

「嬉しいとか、悲しいとかありますか?」

「ありません」

「痛みや快感はありますか?」

「わかりません」

 紅季月ホン・ジーユエはまるで、患者の状態を確認するかのように、─それよりももっと執拗に─質問を重ねる。システムからの返答は想像通りのもので、特に驚きも落胆もしなかった。

「ちょっと失礼」

 紅季月ホン・ジーユエは前かがみになり、システムの心音を確認してみようと思い手を伸ばした。

 システムはすらりと背が高く手足が長いので、細身に見えるが、意外としっかりとした体つきをしているのが触れるとわかる。
彼の胸元から、紅季月ホン・ジーユエは指先に少しだけピリリと痺れを感じたが、その刺激も先ほどよりはおさまってきているように思えた。きっと雨に濡れた水分はほぼ乾いたのだろう。


 心音はあまり感じられなかった。さすが機械と言うべきか。

 見た目は人間そのものだけれど、完全に人間になったわけではないのか。

"では彼は、何故わざわざ人間の姿・・・・・・・・になったんだ?"


 システムは紅季月ホン・ジーユエの手を取り、自分の胸から離すと「危ない」と制したが、紅季月ホン・ジーユエは下から見上げるような姿勢で、相変わらず興味深く彼を見た。面白くてたまらないといった視線だった。






「不快でしたか?」

「いいえ」

「"心配する"という感情はあるんですよね。
先ほどのように、気になったことを質問したところを見ると、”興味関心”もないわけではなさそうだ。
君には何があって、何がないのか。これから目覚めていくのか、いかないのか。
私は一つずつ君を知りたい」






 "つまらないシステム"と酷レビューされるシステムであったが、紅季月ホン・ジーユエにはとても魅力的で貴重な"おもしろいシステム"と感じられていた。機械が人間になっていることが、もう十分に面白い事態だ。

 紅季月ホン・ジーユエは挑戦的な紅潮した表情でシステムを見つめている。これは間違いなく、研究対象としてロックオンした表情であった。

 精神科医である紅季月ホン・ジーユエは、ただでさえ人の心理というものにとても関心がある。精神科医を目指したのも、愛する人の心の内を知りたかったからだ。


  システムは自分に何故こんなにも関心を持たれるのかわからず、ただ茫然としていた。表情は相変わらず無表情のままだったが、瞳の奥がちらりと揺れる。



 そんな時、橙凛華チェン・リンファの様子を見ていた黄沐阳ホワン・ムーヤンが戻ってきた。

「先生、戻りまし──ちょ、お前!!!なにしてる?!」

 部屋に戻った黄沐阳ホワン・ムーヤンが見たのものは、二人が向き合って、システムが紅季月ホン・ジーユエの手を取ってる姿だった。そして手を取られている彼の頬は、うっすら紅潮している・・・・・・。

 黄沐阳ホワン・ムーヤンは先ほどから絶妙にタイミングが悪く、実に不憫である。


「ひぃ~近い近い近い!離れろ!」

 黄沐阳ホワン・ムーヤンがシステムの手首をセイッ!!と手刀し、紅季月ホン・ジーユエの手を離させると、二人の間に体を捩じ込む。
3人の状態はまるで3色団子のような距離感だったが、紅季月ホン・ジーユエは平然と話を続けた。

沐阳ムーヤン有難う、おかえり。凛華リンファ様の様子はどうでしたか?」

 距離の近さに動揺しつつも、黄沐阳ホワン・ムーヤンは答える。

「・・・・・・凛華リンファ様は、時折氷を口に含みながら、ずっとあんな感じで動きっぱなしでした。少し時間が空くと、裏の森で剣の練習を始めたので戻ってまいりました。何事にも熱心で隙が無く、逆にすごいですね。」

「表情はどうでした?」

「基本、終始笑顔でしたが、時折落ち着かない様子にも見えました。焦っているというか・・・?」

 それらの回答を受けて、紅季月ホン・ジーユエは、直接彼女に会ってみることに決めた。

「彼女が練習しているところに連れて行ってください」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定 (pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。 ※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

処理中です...