尾道海岸通り café leaf へようこそ

川本明青

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2 マコト君と悠斗君

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 大好きなおばあちゃんが、自分のことを認識してくれなくなる。おばあちゃんの世界から自分が消えてしまう。そう考えると胸が痛い。

「徘徊は、いつ頃から?」

 奥さんが聞いた。

「一ヶ月くらい前から。最初は家の近所だけじゃったけえすぐに見つけられとったんですけど……」

 三日前のあの日、いくら捜しても見つからなくて、初めて交番に行ったのだそうだ。

 清風さんは、病院で悠斗君からすでにいろいろと話を聞いたのだろう。さっきから黙ってお茶を飲んでいる。

「立ち入ったことを聞くようだけど、他のご家族はどうされてるの?」

 奥さんが、わたしもずっと気になっていた質問をした。

「俺、ばあちゃんと二人暮らしなんです。母親は俺が小さい頃にガンで死んでしまって。まあ、ほとんど覚えてないんですけど。で、親父は大阪に単身赴任してます。俺が高校一年の秋から。俺がいいって言ったんです。もう子供じゃないし、家のことはばあちゃんがやってくれとったけえ。ばあちゃん、本当はすごくちゃんとした人で、きれい好きで家はいつも片付いとったし、料理も上手かったんです。トシなのに、カレーとかハンバーグとかスパゲティとかも上手で。けど、だんだん味がおかしくなっていって、ここ最近はもう料理はしてなかったですけど」

 三日前悠斗君の家に行ったとき、とても片付いているとは言えない状態だったけれど、認知症の症状が出てくるにつれて、掃除や片付けなどもしなくなっていったという。

「じゃあ、ご飯はどうしてたの?」

 わたしは聞いた。

「だいたいコンビニで。あと、インスタントとか、冷凍食品とか」

「おばあちゃんにも?」

「俺、全然料理とか出来んけえ」

 なんだか切ない。

「お父さんは何て言ってるの?」

 奥さんが聞いた。そう、それだ。いくら仕事が大事といっても、認知症の母親と高校生の息子を二人だけで放っておくなんてひどすぎる。

 悠斗君は少し間を置いてから口を開いた。

「親父には、言ってないんです」

 わたしとマスターと奥さんは、驚きの表情で顔を見合わせた。清風さんだけは表情を変えなかった。これも聞いていたのだろう。

「お父さんは、今のおばあちゃんの状態を知らないってこと?」

 奥さんの問いかけに悠斗君は頷いた。続けてわたしは聞いた。

「どうしてお父さんに言ってないの?」

「言ったら、ばあちゃん、家におれんようになると思って……。施設とか、かわいそうじゃけえ……」

 誰も、すぐには次の言葉が出なかった。

 悠斗君のお父さんは、だいたい一ヶ月にいっぺんくらいは尾道に帰ってくるのだそうだが、ここのところ忙しくて四か月以上帰ってないらしい。一番最近帰ってきたときには、まだ「年寄りの物忘れが少しひどくなった」くらいの認識しかなかったので、お父さんも特に気にかけてはいなかったという。その後は電話で話しただけだが、おばあちゃんは電話口では普通に会話できたりするし、悠斗君は悠斗君で「何か変わったこととか困ったことはないか」と聞かれても「特にない」と答えていたのだそうだ。

 学校に行き、部活もしながら、家に帰れば自分のことを他人の名前で呼ぶおばあちゃんとたった一人で向き合う。最近はふらっと家を出ていなくなることも度々あったというから、気が気ではなかっただろう。わたしも祖父母のことは大好きだけれど、そんな生活にはきっと耐えられない。悠斗君の横顔を見ながら、なんてやさしくて強い人だろうと思った。
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