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3 夏の終わり
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翌日、午後からバイトに行くと、ちょうど店の前でやって来た清風さんと出くわした。なんとなくどんよりしている。
「昨日はどうもありがとうございました。なんか眠そうですね」
「さっき起きたの」
「珍しくないですか? だって清風さん、早寝早起きなんでしょう?」
話しながら扉を開けて中に入る。カウンターの向こうで奥さんが顔を上げた。
「あらお揃いで登場。いらっしゃい」
「緑茶くださーい」
間延びした低い声で言いながら席に着く清風さんに、奥さんは言った。
「どうしたの。夏バテでもしちゃった?」
清風さんは黙ったままカウンターに前屈みになり、目を閉じて両手で頬杖をついた。
「清風さん、もしかして二日酔いですか?」
そのままの姿勢で軽くうなずく。
「でも昨夜はそんなに酔ってなかったじゃないですか。普段よりちょっとテンションは高かったけど、最後まで全然ちゃんとしてたのに」
「あたしちゃんとしてた?」
「してましたよ。清風さん、自分でお酒強い方だって言ってたじゃないですか。もしかしてみんなが帰ったあとまた飲んだんですか?」
「飲んでない」
「じゃああれ、酔っぱらってたってこと?」
「正直、あんまり覚えてないの」
記憶をなくすほどにしては行儀のよい酔っ払い方だ。
「加奈さんと話したことも覚えてないんですか?」
清風さんはうす目を開けてわたしを見た。
「何を話したの?」
「本当に覚えてないんですか? 熱弁してましたよ。わたし、あの話妙に納得しちゃったんですよね。西園寺のおじ様からの受け売りの話」
清風さんはパッと目を開けた。
「西園寺のおじ様? 受け売り? 何それ」
「ほら、社会的に成功する男は若くて綺麗なだけの女は選ばない、女の価値は若さや美貌じゃない、みたいなこと。わたしも頑張らなくちゃって思っちゃった。別にセレブと結婚したいわけじゃないけど、本当に価値のある女って憧れちゃう」
「あたしそんなこと話したの?」
「話した。加奈さんに向かって。ほかにも、もっと自分を認めてあげなさいとかそういったようなこと」
清風さんはうんざりしたような顔でため息を吐いた。
「何よそれ。やんなっちゃう」
「加奈さん、『なにこの人年下のくせに偉そうなこと言ってバカじゃないの』って言ってました」
「最悪」
「ウソです。加奈さんがそんなこと言うわけないじゃないですか」
清風さんはじろりと視線を遣した。
「そう言えば午前中加奈ちゃん来たわよ。帰る前に挨拶に寄ってくれたの。みんなによろしくって。昨夜は楽しかったって」
「加奈さん、もう帰っちゃったんですね。なんか寂しいな」
マスターはその日もなんとなく元気がなかった。やっぱり、リーフの今後が気がかりなのだろう。何か役に立ちたいけれど、わたしにできることなど何もないのだった。
「昨日はどうもありがとうございました。なんか眠そうですね」
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「どうしたの。夏バテでもしちゃった?」
清風さんは黙ったままカウンターに前屈みになり、目を閉じて両手で頬杖をついた。
「清風さん、もしかして二日酔いですか?」
そのままの姿勢で軽くうなずく。
「でも昨夜はそんなに酔ってなかったじゃないですか。普段よりちょっとテンションは高かったけど、最後まで全然ちゃんとしてたのに」
「あたしちゃんとしてた?」
「してましたよ。清風さん、自分でお酒強い方だって言ってたじゃないですか。もしかしてみんなが帰ったあとまた飲んだんですか?」
「飲んでない」
「じゃああれ、酔っぱらってたってこと?」
「正直、あんまり覚えてないの」
記憶をなくすほどにしては行儀のよい酔っ払い方だ。
「加奈さんと話したことも覚えてないんですか?」
清風さんはうす目を開けてわたしを見た。
「何を話したの?」
「本当に覚えてないんですか? 熱弁してましたよ。わたし、あの話妙に納得しちゃったんですよね。西園寺のおじ様からの受け売りの話」
清風さんはパッと目を開けた。
「西園寺のおじ様? 受け売り? 何それ」
「ほら、社会的に成功する男は若くて綺麗なだけの女は選ばない、女の価値は若さや美貌じゃない、みたいなこと。わたしも頑張らなくちゃって思っちゃった。別にセレブと結婚したいわけじゃないけど、本当に価値のある女って憧れちゃう」
「あたしそんなこと話したの?」
「話した。加奈さんに向かって。ほかにも、もっと自分を認めてあげなさいとかそういったようなこと」
清風さんはうんざりしたような顔でため息を吐いた。
「何よそれ。やんなっちゃう」
「加奈さん、『なにこの人年下のくせに偉そうなこと言ってバカじゃないの』って言ってました」
「最悪」
「ウソです。加奈さんがそんなこと言うわけないじゃないですか」
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「そう言えば午前中加奈ちゃん来たわよ。帰る前に挨拶に寄ってくれたの。みんなによろしくって。昨夜は楽しかったって」
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