猫好きの俺が、クラス一の美少女と猫友になった話

白い彗星

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第39話 思い出③

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 ザァアアア…………!


「……私、なにしてるんだろう」

 とある公園の、ベンチ……そこに星音しおんは、丸まっていた。
 ベンチの上に体育座りになり、膝を抱え……顔を埋めて、雨の音を聞いていた。

 ここが、屋根付きのベンチでよかった。
 そうでなければ、星音は今頃全身がびしょびしょだ。
 もっとも、すでに所々濡れてはいるが。

「……海外、なんて……」

 星音が、こんな雨の中でこんなことをしているのには、理由がある。
 それは、つい先ほどのこと……両親からいきなり、海外出張の話を切り出されたのだ。


『かい、がい……? え、待って。私もう、中三だよ!? なのに、いきなり海外なんて……』

『わかってる。父さんも、子供が大事な時期だから今は、とは言ったんだが……』

『父さん一人で行かせるわけにもいかないから、母さんも着いていくわ。でも、そうなると星音一人を……』

『あぁ、そんなことはできない。だから……』


 ……その直後、星音は家を飛び出していた。
 外は、雨が降り始めていた。だけど、そんなの関係なく……ただ、感情のままに走った。

 こうして、公園のベンチに座って……雨が、本降りになってしまった。
 傘も持っていない星音は、帰れない。それ以上に、気持ち的に帰ることなんて、できない。

「……っ」

 両親のことは、好きだ。出張ばかりなのも、忙しいのも、自分のために働いているからだと知っている。
 知っているから……両親のことは、困らせたくはない。

 父が海外に行く。だらしないところもある父一人では、星音だって心配だ。
 だから、母が着いていくと聞いて、ほっとしている自分もいる。

 母はパートだ。環境が変わるとはいえ、仕事をやめて父に着いていくことは難しくはない。
 ……そう、問題なのは……

「私……どうしたら……」

 海外に出張。これまでの出張とは、訳が違う。
 これまでは、どれだけ長くても三カ月で帰ってきてくれた。なにより、国内だから母が着いていくこともなかった。共働きとはいえ、星音が本当に一人になることはなかった。

 だが、海外ともなれば……年単位での出張は、覚悟しなければいけないだろう。
 母も、着いていく……すると、残されるのは星音一人だ。

 星音は、もう中学三年生だ。子供じゃない。それに、中学三年生だ。これからの進路だってあるし、友達だっている。
 月音つきね、いいんちょ、部活の仲間……教室でも、話をする友達はできた。

 このまま高校に行けば、進路によって別れる人はいるだろう。でも、会おうと思えば会える。
 だけど、海外に行ったら、それも難しくなる。県外でも難しいのに、国外だなんて。

「……でも、お父さんもお母さんも……」

 両親だって、星音を困らせようとしているわけではない。
 ただ……心配なのだ。星音自信がどう思おうと、二人にとって星音はまだまだ子供だ。

 両親の不安が分からない星音ではない。
 娘を一人残して海外などと。自分では思いもしない不安があるだろう。

「……私、どうしたらいいんだろ……」

 一緒に着いてきてほしいという、両親の願いを取るか。
 ……ここに残りたいという、自分のエゴを取るか。

 なにも、わからない。いっそ、このぐちゃぐちゃした気持ちを、雨が流してしまえばいいのに。
 そう思っていたのに、今はこの雨音すら、うっとうしい。

「みゃあ」

「……え?」

 そんな星音の耳に届いたのは……はじめは、幻聴かと思った。
 ゆっくりと、顔を上げる。

 そこには、見間違えるはずがない……
 毎日顔をあわせ、家族となった一員……白猫の、シロがいた。

「シ、ロ……どうして……」

「みゃん」

 シロの体は、雨や泥で濡れて汚れてしまっている。
 なんで、シロがこんなところにいるのか……星音は、シロを抱き上げた。

「もしかして、私を追いかけてきてくれたの?」

「みゃ!」

「……ばか」

 家を飛び出した、あのとき。シロが、開いた扉の隙間から抜け、星音を追いかけてきたのだ。
 自分を、追いかけてきてくれたシロに。星音は自分の顔が汚れるのも構わずに、顔を押し付けた。

「シロ……シロ、シロ……!」

 さっきまで不安でいっぱいだった気持ちが、晴れていくのを感じた。

 そうだ……星音はもう、一人じゃない。
 これまでは、両親がいなければ一人だった。でも、これからは一人じゃない。

 シロが、いる。

「……私、ちゃんと言ってみる。お父さんと、お母さんに」

「みゃん」

 ちゃんと、両親にぶつけてみよう。自分の気持ちを。
 こんなところでうじうじしていても、どうしようもない。

 だから星音は、シロを抱き上げて立ち上がる……が。

「……帰れないね、これじゃ」

「にゃおー」

 この本降りの中、帰るのはなかなかハードルが高そうだった。
 シロを抱きかかえたまま、走ればなんとか……しかし、視界も悪そうだ。

 誰かに連絡を取ろうにも、家を飛び出した際にスマホは置いてきてしまった。

「……ごめんねシロ、私のせいで」

「みゃぅう……くしゅっ」

 力なく、星音はベンチに座る。
 さて、どうしよう……両親も、心配している。早く、帰らなければ。
 なにより、このままではシロが風邪を引いてしまう。

 一向に晴れそうのない、雨空。それを見上げながら、星音は軽くため息を漏らして……

「うひゃーっ、やっべー! 濡れた濡れた!」

 雨音以外はなんの音もなかった空間に、一つの声が、割り込んできた。
 とっさに、星音は声の方を見た。

 ……そこにいたのは、自分を同い年くらいの男の子。彼が、雨に濡れて避難してきたところだった。
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