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第四章
10 900年の時とふたつの王家の血
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神殿の中はしんとして外の喧騒が嘘のようだ。
俺とサリアの足音が反響し、それがいやに大きく聞こえる。
空気はしんとして冷たく、自然と気持ちが引き締まる。
壁が崩れ落ちている箇所も多いけれど、他の建築物よりもいくらかしっかりと作られているようで、中は思ったよりもきれいなままだった。
高い天井と太い円柱。
丁寧に積み上げられた石の壁と、緻密な彫刻の数々。
そこに描かれているのはこれまでに見たこともない不思議な生き物の姿だった。
「これは大精霊の世界の絵なのか?」
『そうともいえるし、そうじゃないとも言える』
「どっちだよ」
ツァルの曖昧な答えに、思わず突っ込む。
『簡単に描き表せるようなものではないということですよ』
アスィがいつもの冷静な口調で答える。
画力にも限界があるってことか。
通路を道なりに進むと、中庭に出た。
その中心に更に建物がある。
円柱が等間隔に並ぶ回廊がぐるりと外側を囲んでいるらしい。
『あの建物の後方から、塔に上れます』
「すごいね……」
さっきから言葉少なに歩いていたサリアがぽつりと呟く。
「ああ、すごいな」
「わたし、こんなところまで付いてきても良かったのかな? なんだか、場違いなんじゃないかって気がしてきちゃった」
俺は足を止めて、俯きがちなサリアを見た。
視線は床に落ち、艶やかな白金色の髪がその顔を隠している。
「サリア?」
『そんなことはありません。都市王陛下とナルシーア様が病の床に臥されている今、サリア様はリファルディア王家の代表としてここにいるのですから』
「わたしはそんな大層な人じゃないもの。クルスの手伝いができたらいいなって思ってここまで来たけど、ここから先はもう、わたしの手助けなんて必要ないよね」
『要るさ』
ツァルが即答した。
「え?」
『サリアの存在は必要だって言ってるんだ。ふたつの王家の血と、俺とアスィが揃ってる。900年前のやり直しができるかもしれない』
『わたしも、その可能性は考えていました』
「どういうことだ?」
900という数字には聞き覚えがあった。ヴァヴァロナ王室の歴史がもうすぐ900年だ。
即ち、ヴァルヴェリアスとリフシャティーヌが守護者として世界を守ることを誓った日から900年。
『焦らなくても、もうすぐわかる』
「ここまで来てもまだ言えないって言うのか?」
『どうせすぐその目で見ることになるんだ。それに、結果がどうなるのかはやってみないとわからない』
『そうですね。全ては我々の手の届かない場所におられる方々にかかっています。ただ言えるのはサリア様の悩みは全くの杞憂だということです。さあ、一緒に精霊の塔の最上階まで行きましょう』
アスィに促され、サリアはこくりと小さく頷いた。
「大丈夫だ。俺も一緒にいる。たとえ何かが起こっても、きっと俺が守る」
細い両肩にそっと手を置くと、白金色の髪を揺らしてサリアが顔を上げた。
「クルス……」
「一緒に行くって、約束しただろ?」
気持ちを和ませるように笑いかけると、サリアがくすりと笑った。
「うん。したね」
「だから、最後まで一緒に行こう」
「うん、わかった」
応えるなり、サリアが俺の胸に飛び込んできた。
俺の背中に細い手をまわして、きゅっと少しだけ力を入れる。
きっと強くなりすぎないように力加減をしているんだろうなと考えるとなんだかおかしくて、思わず笑みがこぼれる。
もし世界が滅びたら、腕の中にいるこの少女も失われてしまう。
俺はサリアを強く抱きしめた。
外で戦ってくれているトルダたち親衛隊士、駆けつけてくれたマーサンたち、それに世界中の人と精霊のためにも、世界を滅ぼすわけにはいかない。
運命のときは、もうすぐそこに迫っていた。
俺とサリアの足音が反響し、それがいやに大きく聞こえる。
空気はしんとして冷たく、自然と気持ちが引き締まる。
壁が崩れ落ちている箇所も多いけれど、他の建築物よりもいくらかしっかりと作られているようで、中は思ったよりもきれいなままだった。
高い天井と太い円柱。
丁寧に積み上げられた石の壁と、緻密な彫刻の数々。
そこに描かれているのはこれまでに見たこともない不思議な生き物の姿だった。
「これは大精霊の世界の絵なのか?」
『そうともいえるし、そうじゃないとも言える』
「どっちだよ」
ツァルの曖昧な答えに、思わず突っ込む。
『簡単に描き表せるようなものではないということですよ』
アスィがいつもの冷静な口調で答える。
画力にも限界があるってことか。
通路を道なりに進むと、中庭に出た。
その中心に更に建物がある。
円柱が等間隔に並ぶ回廊がぐるりと外側を囲んでいるらしい。
『あの建物の後方から、塔に上れます』
「すごいね……」
さっきから言葉少なに歩いていたサリアがぽつりと呟く。
「ああ、すごいな」
「わたし、こんなところまで付いてきても良かったのかな? なんだか、場違いなんじゃないかって気がしてきちゃった」
俺は足を止めて、俯きがちなサリアを見た。
視線は床に落ち、艶やかな白金色の髪がその顔を隠している。
「サリア?」
『そんなことはありません。都市王陛下とナルシーア様が病の床に臥されている今、サリア様はリファルディア王家の代表としてここにいるのですから』
「わたしはそんな大層な人じゃないもの。クルスの手伝いができたらいいなって思ってここまで来たけど、ここから先はもう、わたしの手助けなんて必要ないよね」
『要るさ』
ツァルが即答した。
「え?」
『サリアの存在は必要だって言ってるんだ。ふたつの王家の血と、俺とアスィが揃ってる。900年前のやり直しができるかもしれない』
『わたしも、その可能性は考えていました』
「どういうことだ?」
900という数字には聞き覚えがあった。ヴァヴァロナ王室の歴史がもうすぐ900年だ。
即ち、ヴァルヴェリアスとリフシャティーヌが守護者として世界を守ることを誓った日から900年。
『焦らなくても、もうすぐわかる』
「ここまで来てもまだ言えないって言うのか?」
『どうせすぐその目で見ることになるんだ。それに、結果がどうなるのかはやってみないとわからない』
『そうですね。全ては我々の手の届かない場所におられる方々にかかっています。ただ言えるのはサリア様の悩みは全くの杞憂だということです。さあ、一緒に精霊の塔の最上階まで行きましょう』
アスィに促され、サリアはこくりと小さく頷いた。
「大丈夫だ。俺も一緒にいる。たとえ何かが起こっても、きっと俺が守る」
細い両肩にそっと手を置くと、白金色の髪を揺らしてサリアが顔を上げた。
「クルス……」
「一緒に行くって、約束しただろ?」
気持ちを和ませるように笑いかけると、サリアがくすりと笑った。
「うん。したね」
「だから、最後まで一緒に行こう」
「うん、わかった」
応えるなり、サリアが俺の胸に飛び込んできた。
俺の背中に細い手をまわして、きゅっと少しだけ力を入れる。
きっと強くなりすぎないように力加減をしているんだろうなと考えるとなんだかおかしくて、思わず笑みがこぼれる。
もし世界が滅びたら、腕の中にいるこの少女も失われてしまう。
俺はサリアを強く抱きしめた。
外で戦ってくれているトルダたち親衛隊士、駆けつけてくれたマーサンたち、それに世界中の人と精霊のためにも、世界を滅ぼすわけにはいかない。
運命のときは、もうすぐそこに迫っていた。
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