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終章
1 変化
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「すくすく育ってるね」
樹の芽の様子を観察していた俺は、背後から投げかけられた声に振り向いた。
そこには水の入った桶を抱えたサリアが立っている。
「おかえり、サリア」
サリアはこの間からルークに帰省していたので、会うのは久しぶりだ。
「ただいま、クルス」
サリアが水桶を置いて、俺に抱きつく。両手を広げてそれを受け止めた。
小さくて軽くて柔らかいサリアの感触が愛しい。
「ルークはどうだった?」
「お父さんもお母さんも、すごく喜んでくれたよ。一応、あの日エスーハで買う予定だったものを持って帰ったら、買い出しに何ヶ月かかるんだって笑われちゃったけど。でも、これから樹を育てて過ごすんだって言ったら、諸手を上げて送り出してくれたよ」
「よかったな」
「今度、クルスも一緒に連れて来いだって」
「え、俺?」
「そう。挨拶するだけでいいから」
「挨拶って……」
ひくりと微かに頬がひきつるのがわかった。
元リファルディア軍の将軍に挨拶?
いや、でもここは避けては通れないところだろう。
男だったら、やっぱりけじめはつけるべきだ。
「ね?」
「ああ、もちろん」
俺は覚悟を決めて頷いた。
「よかった。帰りにリファルディアに寄ったんだけれど、都市王も王女も、快復に向かってるってアスィが教えてくれたの。これで一安心だよ」
ふたりの守護者と世界中の精霊たちの力で世界を浄化したからだろう。
空気がきれいになり、濁った水は透明になり、アラカステル周辺に見られた雲もどこかに吹き飛んだ。
環境が良くなれば、自然と病も快復へと向かう。
「そういえば、目の色はやっぱり元に戻らないままなんだね」
サリアが俺の目を見上げながら言う。
「ああ、でもまあ、見え方に問題はないからな。むしろツァルがいなくなった分、視界がすっきりして快適だし。いつか本当にシュテフォーラが取りにくるかもしれないし」
「ん。わたし、前の藍色の瞳も好きだったけど、今の赤と青緑色の瞳も好きだな」
「そ、そうか? だったらよかった」
精霊の塔での一件以来、俺の瞳の色は変わってしまった。
ツァルがいたほうが赤、ヴァルヴェリアスのほうが青緑。
精霊が外に出る際の奔流が瞳に衝撃を与え、その色に染めてしまったんだろうとツァルが言っていた。
俺にしてみれば、見た目の問題よりも視界をうろつく糸くずがなくなったことのほうがよほど重要だ。
サリアはちょこんと屈みこむと、まだ小さい芽をじっと見つめている。
「うん。よしよし、元気だね」
「水をやりすぎないように気を付けろよ」
「もう、ちゃんとわかってるよ」
頬を膨らませてみせるサリアは、やっぱり十六歳には見えない。
もうすぐ十七歳になるというのに。
ペリュシェスの中心に、シュテフォーラから授けられた種を埋めたのは三ヶ月前。
場所は精霊の塔につながる神殿前の中庭なので、大きくなれば回廊のどこからもその姿を確認できるようになる。
みんなで見守りながら育てられるというのが、なかなかいいと思う。
今、ペリュシェスは復興が進んでいて、精霊たちの棲み良い環境が日々整えられている。
緑が増えたし、水を神殿のほうまで引くことにも成功した。
人が生活するのに必要な食材を作るための畑も作った。
神殿も、少しずつ修復を始めている。
三か月でなにもかもとはいかないけれど、一歩ずつ、確実に、世界は変わっていた。
樹の芽の様子を観察していた俺は、背後から投げかけられた声に振り向いた。
そこには水の入った桶を抱えたサリアが立っている。
「おかえり、サリア」
サリアはこの間からルークに帰省していたので、会うのは久しぶりだ。
「ただいま、クルス」
サリアが水桶を置いて、俺に抱きつく。両手を広げてそれを受け止めた。
小さくて軽くて柔らかいサリアの感触が愛しい。
「ルークはどうだった?」
「お父さんもお母さんも、すごく喜んでくれたよ。一応、あの日エスーハで買う予定だったものを持って帰ったら、買い出しに何ヶ月かかるんだって笑われちゃったけど。でも、これから樹を育てて過ごすんだって言ったら、諸手を上げて送り出してくれたよ」
「よかったな」
「今度、クルスも一緒に連れて来いだって」
「え、俺?」
「そう。挨拶するだけでいいから」
「挨拶って……」
ひくりと微かに頬がひきつるのがわかった。
元リファルディア軍の将軍に挨拶?
いや、でもここは避けては通れないところだろう。
男だったら、やっぱりけじめはつけるべきだ。
「ね?」
「ああ、もちろん」
俺は覚悟を決めて頷いた。
「よかった。帰りにリファルディアに寄ったんだけれど、都市王も王女も、快復に向かってるってアスィが教えてくれたの。これで一安心だよ」
ふたりの守護者と世界中の精霊たちの力で世界を浄化したからだろう。
空気がきれいになり、濁った水は透明になり、アラカステル周辺に見られた雲もどこかに吹き飛んだ。
環境が良くなれば、自然と病も快復へと向かう。
「そういえば、目の色はやっぱり元に戻らないままなんだね」
サリアが俺の目を見上げながら言う。
「ああ、でもまあ、見え方に問題はないからな。むしろツァルがいなくなった分、視界がすっきりして快適だし。いつか本当にシュテフォーラが取りにくるかもしれないし」
「ん。わたし、前の藍色の瞳も好きだったけど、今の赤と青緑色の瞳も好きだな」
「そ、そうか? だったらよかった」
精霊の塔での一件以来、俺の瞳の色は変わってしまった。
ツァルがいたほうが赤、ヴァルヴェリアスのほうが青緑。
精霊が外に出る際の奔流が瞳に衝撃を与え、その色に染めてしまったんだろうとツァルが言っていた。
俺にしてみれば、見た目の問題よりも視界をうろつく糸くずがなくなったことのほうがよほど重要だ。
サリアはちょこんと屈みこむと、まだ小さい芽をじっと見つめている。
「うん。よしよし、元気だね」
「水をやりすぎないように気を付けろよ」
「もう、ちゃんとわかってるよ」
頬を膨らませてみせるサリアは、やっぱり十六歳には見えない。
もうすぐ十七歳になるというのに。
ペリュシェスの中心に、シュテフォーラから授けられた種を埋めたのは三ヶ月前。
場所は精霊の塔につながる神殿前の中庭なので、大きくなれば回廊のどこからもその姿を確認できるようになる。
みんなで見守りながら育てられるというのが、なかなかいいと思う。
今、ペリュシェスは復興が進んでいて、精霊たちの棲み良い環境が日々整えられている。
緑が増えたし、水を神殿のほうまで引くことにも成功した。
人が生活するのに必要な食材を作るための畑も作った。
神殿も、少しずつ修復を始めている。
三か月でなにもかもとはいかないけれど、一歩ずつ、確実に、世界は変わっていた。
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