夏雲 女子高生売春強要事件

あめの みかな

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スピンオフ 二代目花房ルリヲ「イモウトパラレル」

The 5th day ①

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 妹がこちら側にやってきて5日目の今日、今日もぼくは妹と大学に出かけた。 

 講義の前に妹を部室に送り届けドアを開けると、後輩の山羊琴弓が、かわいらしい代官山メガネの奥に泣き腫らした目をしていた。 

 部室には彼女しかいなかった。 


「どうしたの? 何かあったの?」 

「がどうざぁぁぁん」 


 ぼくは山羊琴弓に向かって、何があったか知らないが俺の胸に飛び込んでこいとばかりに両手を広げたが、飛び込んではきてもらえなかった。 


「わたしの彼、ハゲてきちゃって思い悩んでて、頭になんかおかしなもの塗るようになったんです!」 


 山羊琴弓の彼とは、部の先輩の富嶽サトシ先輩だ。 

 ぼくは彼女を席に促し、その向かいの席に腰をおろして彼女の話をじっくり聞くことにした。 

 始業ベルが鳴り響いていたが、ぼくは出席を諦めることにした。 

 サトシ先輩が禿げてきた頭に一体何を塗り始めたのか、それはぼくの頭頂部付近まで後退したM2型の額にも効果があるものなのか、じっくり話を聞いて見定めなければいけなかった。 

 ぼくは机の上の、部内の連絡事項などを記すノートを一枚やぶると、ボールペンを片手に彼女の話に耳を傾けることにした。 

「一昨日彼に会ったとき、彼、ものすごくいやな臭いがしたんです」 

 その臭いは頭からしていたそうだ。 

「だからわたし聞いたんです。頭に何かつけてるの? って。
 そしたら彼、インターネットで見つけたハゲ防止の方法だって」 

 その方法とは以下のようなものだそうだ。 



① 焼酎とオレンジを用意する。 

② オレンジを果物ナイフで一口サイズに小さく切る。 

③ 切ったオレンジを焼酎に漬ける。 

④ 出来上がったオレンジを漬けた焼酎を頭に塗る。 


 そんなハゲ防止の方法があったとは、ぼくは驚きを隠せなかった。 

 はたしてその効果のほどはいかほどのものなのか。 

 焼酎とオレンジでハゲが治る、そんなことが本当にありえるのだろうか? 

 これはじっくり彼女の話に耳を傾ける必要がある、ぼくはメガネを指で押し上げながら、彼女に話を続けるよう促した。 


「でもでも、絶対そんなにおいじゃなかったんです!
 彼の頭からしてたのはもっといやなにおいだったんです!」 


 だから彼女はサトシ先輩が頭に一体何を塗ったのか激しく問いつめたのだそうだ。 


「そしたら彼、焼酎もオレンジもなかったから、ウィスキーとグレープフルーツで代用したって」 


 代用できるわけがない。 


「わたし、本当にそのにおいがいやで気持ち悪くなっちゃって。二度とつけてこないでって言ったんです」 


 だけど、昨晩、11時頃いつものように彼女がサトシ先輩に電話をかけると、いつもなら5コール以内に出てくれるはずの彼がなかなか電話にでてくれなかったという。 

 もう寝ちゃったのかな、さびしいな、彼女がそんなことを考えながら、20回ほどコールした頃、 


「なんだよ」 

 サトシ先輩が電話に出たそうだ。 

 いつも優しい先輩がそのときは何故かぶっきらぼうで、彼に身も心も捧げてしまった彼女はそんな普段見せない 彼の一面にさえキュンときてしまったらしい。

 そんなのろけ話はどうでもいい、とぼくは思った。 


「あのねあのね」 

 山羊琴弓はいつものように先輩に、自分がどれだけ彼のことが好きかを彼に話しはじめたという。 

 だが、いつも優しくうなづいて彼女の話を聞いてくれる彼が、昨晩はどこかそっけない。 

 彼女の話を聞いているようで聞いていないような、何か作業をしているようだったという。 

 耳をすませば、カッポン、カッポンと何やら音がしていたという。 


「ねぇ、何かしてるの?」 


 山羊琴弓は尋ねてみることにした。 


「何してるの?」 


 すると、 

「怒られるから言わない」 

 とサトシ先輩は言って、またカッポンカッポンと音が聞こえたのだという。 


 山羊琴弓はもしやと思い、おそるおそる彼に尋ねてみることにした。 


「ひょっとして、焼酎にオレンジ浸けてるわけじゃないよね?」 


 先輩とは先日そのことで、彼の頭の臭いのことで、喧嘩をしたばかりだった。 


「怒られるから言わない」 


 先輩から返ってきたのは先ほどと同じ台詞で、彼女は悲しい気持ちになったという。 


「もうしないでってお願いしたのに、もうしないって約束したのに、ねえ嘘でしょ?
 サトシさん。焼酎にオレンジ浸けてるなんて嘘でしょ? 嘘だと言って!」 


 しかし彼女のそんな懇願もむなしく、 

「うるせえな!」 

 彼を怒らせる結果となってしまったのだという。 


「そうだよ! ウィスキーにグレープフルーツ浸けてんだよ!」 


 ぼくは彼女の肩を両手でぐいとつかみ、揺さぶった。 



「だからそれじゃだめだって! サトシ!!」 





 山羊琴弓の話を聞くために講義を休んだぼくは、その後部室に顔を出した空気の読めない男どもと格闘ゲームの勝ち抜き戦を始めていた。

 負けた者は 交代し、勝った者は引き続きプレイするというオーソドックスな勝ち抜き戦をぼくたちはときどき行っていた。

 10連勝した者は昼食を他の者から奢ってもらえるというルールが設けられており、ぼくたちは常に必死だ。

 ゲームは「カプコンVS.SNK2 ミリオネアファイティング2001」である。 

 ぼくはひとりっこで友達も少なかったから、対コンピューター戦ではそこそこ強く難易度を最大にしてもノーコンテニューでラスボスまでいけるが、 対戦となると後輩たちにはまるで歯が立たない。

 ぼくの番が回ってきても、一試合ですぐに後輩たちにコントローラーを譲ることになる。 

 順番が回ってくるまでの間、ぼくは妹とおしゃべりをして過ごした。 


「この間から気になってたんだけど、お兄ちゃん、髪長いよね。何ヶ月美容院行ってないの?」 

 そういえば、随分と髪を切っていない。最後に髪を切ったのはいつだったろうか。 



 みなさんはウィングプラザパディーをご存知だろうか。 

 ぼくの実家のある町にある大型スーパーマーケットで、1階にヤマナカ、2階にヨシヅヤという、この地方ローカルの二大スーパーがひとつの建物に入った複合施設である。

 できたのは20年ほど前のことで、そのせいで駅前の商店街や駅裏の弥富銀座は廃れ、次々と潰れていった。

 しかしその大型スーパーマーケットも10年ほど前に進出してきたイオンに押され気味で、商店街や銀座と同じ末路を辿りそうにある。 


 その1階、フラワーショップはなぞのの隣に、ぱ~ま屋さんという恥ずかしい名前の美容室がある。 

 カットだけなら2000円を切る、いわゆる田舎の奥様御用達のファミリー美容、そこがぼくの行きつけの美容室であった。 

 ぼくは大体「短めでお願いします」とか「思いっきり短くしてください」とだけ言って、あとは美容師におまかせなのだが、この美容室の美容師は毎回必ず「カリアゲちゃっていいですか?」と聞いてくる。

 いつも若い女性の美容師なのだがバリカン片手に必ず聞いてくる。

 ときどきオカマっぽい中肉中背の男性なのだがバリカン片手に聞いてくる。

 それがおもしろくて通っていた。 



 ぼくは部内の男どもほどではないけれど髪型やファッションには疎い方であったから、19歳の大学生をつかまえてカリアゲても良いか否かを聞くことの是非についていつも悩まされるのだ。 

 イケメン髪型大図鑑を片手に入店したときもやっぱり聞かれた。 


 カリアゲと聞いて思い出すのは、小学校の同級生だ。 

 ちあきちゃんという女の子がカリアゲてたので、あだ名が6年間ずっと「カリアゲ」だった。 

 少女漫画が大好きな恋に恋する女の子が6年間もカリアゲと呼ばれて続けていた。 


 こどもというやつは実に残酷だ。 

 そのせいかカリアゲたらいじめられるような気がして、ぼくは毎回首を何度も横に振ってこう言うのである。 


「い、い、イマドキの若者みたいな感じで、お、お、お願いします」 


 七三分けにされたことがある。 


 美容師の中には「カリアゲちゃっていいですか?」と聞いてこない者もいるにはいるのだが、美容室というお洒落空間においてお洒落とはかけ離れた巨漢の女性であった。

 だがカリアゲてもいいかどうか聞かないということはカリアゲなくてもちゃんとカットできる自信のあるということなのだろうと、この人 なら安心だ、安心して任せられる、ぼくはそう思い、髪の悩みを相談することにしたのだった。 

 ぼくの頭は所謂M字ハゲというやつで、M字ハゲにも二通りのM字ハゲがある。 


① M1型 

生え際のラインの両端がやや後退した状態。若い人に多い型である。 


② M2型 

M1型がさらに後退した状態で、頭頂部付近までラインが後退したもの。 



 ぼくやドラゴンボールのベジータはM2型に該当する。 

 ちなみにこのM2型を自毛植毛によって治療しようと思うと、840,000円かかる。いつだったかインターネットで調べたことがあった。 

 ぼくは前髪をかきあげて美容師さんにラインの後退具合を見せた。 

 美容師がごくりと生唾を飲み込む音が聞こた。 


「これをうまくごまかしてほしいんです。よろしくお願いします」 

「えぇ…なんとかしてみせるわ…おばさんにまかせておいて…」 


 ぼくは美容師さんにすべてゆだねることにして、目をつぶり完成を待つことにした。 


 すると、そのとき、 


 ヴイイイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!!! 

 ヴイイイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!!! 


 突然鳴り響いた轟音にぼくは驚き目を開けた。 

 するとどうだろう! 

 鏡に映るぼくの後ろにはバリカンを片手に微笑む巨漢の美容師さんの姿があったのである。 


 美容師さん、あんたもか! 


 ぼくはそう思わざるをえなかった。 


「な、何をする気ですか?」 

 思わず尋ねたぼくに、美容師は、 


「無理だから。それ、ごまかすの無理だから。考えてみたけど無理だから。無理だから。無理だから」 

 美容師は呪詛のことばのように「無理だから」と繰り返しながら、ぼくの額にそっとバリカンをあてがったのである。 


「この真ん中のとんがってるところ剃っちゃいましょう。それで楽になりましょう」 


 ヴイイイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!!! 


「美容師さん!」 


 ヴイイイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!!! 


「美容師さん!!」 


 ヴイイイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!!! 


 以来、ぼくはこの美容室に通わなくなったのである。 

 あれからもう半年か、とぼくはひとり微笑み、またあの美容室に顔を出してみようか、とそんなことを考えていた矢先の出来事だった。 



 ヴイイイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!!! 


 突然鳴り響いた轟音にぼくは驚き振り返った。 

 するとどうだろう! 

 そこにはどこから持ってきたのかバリカンを片手に微笑む妹の姿があったのである。

 ぼくは叫んだ。 


「おまえもか!」 





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