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第五部 消夏(ショウカ)
第17話
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梨沙も何者かから知らされ、すでに知っていたように、雨野孝道は警視庁から捜査協力の依頼を受けるほどの凄腕のハッカーであり、この村で起きた璧隣家の一家殺人事件の、県警をも巻き込んだ村ぐるみの隠蔽についての真相を暴きにきた。
彼は同時に、この村の成り立ちや歴史に関する資料が、なぜ戦時中に失われたのかについても調査するよう依頼を受けていた。
彼の依頼主の、確か「一条さん」という名前の公安の刑事は、村の成り立ちや歴史がなぜ失われてしまったのかを解き明かすことが、村ぐるみの事件隠蔽の真相に繋がると言ったという。
梨沙はおそらく、彼が「シャーマンもどき」と呼ぶ何者かから、自分が邪馬台国の女王の血筋を引くものだと知らされていたのだろう。
そして、彼女が思い出そうとすると霧がかかってしまったようになり思い出せなくなることを、すでに彼はある程度突き止めていると、わたしは彼女に話した。
戦時中、旧日本軍は天皇を現人神としてまつりあげ、戦争の理由や目的としていた。
天皇が現人神であるのは、初代天皇である神武天皇が2600年以上前に、神の国である高天原からこの地に降り立ち国を作ったという神話が根拠となっていた。
けれど、実際には1800年前の弥生時代にこの国を治めていたのは邪馬台国であり、天皇をトップとする大和朝廷や、その前身であるヤマト王権が誕生したのはその後の古墳時代や飛鳥時代になる。
当時の日本軍にとって、邪馬台国の存在は、神話の時代から昭和天皇へと繋がる神の歴史を覆しかねないものだった。
幸いなことに、邪馬台国の存在を公式に記した書物は、中国にあった魏という国の魏志倭人伝にしかなかった。
魏志倭人伝に記された邪馬台国の場所は、記述が間違っているのか太平洋の真ん中の何もない海だった。
この国には邪馬台国が存在したことを示す書物は何一つなかった。
邪馬台国の滅亡後、その存在を知る者が誰もいなかったために書物に記されなかったのか、書物は存在していたが大和朝廷がその存在をなかったことにするために処分したのかはわからない。
しかし、邪馬台国の滅亡後も、その女王や民の子孫はこの土地に集落を作り、やがて村となり、外部との関わりを一切絶ち、その血を絶やさないように子孫を残し続けてきた。
そして、この村には、村の成り立ちから当時に至るまでの歴史といった資料が存在していた。
軍にとって、それらの資料は存在してはならないものであったため、この村から奪われ、失われてしまった。
だから村には、戦後の歴史が記された書物しかなかった。
軍は邪馬台国やその女王や民の子孫の存在を否定しながらも、同時に女王の血を引き、シャーマンの力を持つ返璧家の者を利用しようとした。
返璧とは、魂返し。
魂返しとは、反魂の儀。
反魂の儀とは、黄泉の国から死者の魂を呼び戻す儀式。
軍は、核兵器と細菌兵器、そして死者の軍隊という、軍独自の三種の神器を作ろうとしていた。
黄泉の国には無数の死者の魂が存在する。
その数は数億どころではなく、数十億、数百億になるだろう。
この国には八百万(やおよろず)の神が存在すると言われている。
八百万とは、800万という数字ではなく、無限を意味する。
人は死ねば神になるとされていた。
死者の魂の数もまた八百万存在した。
死者の魂は、死体にしか定着させることができないが、それによって作り出された死者の兵士は、痛みや恐怖を感じることもない。
生きている人の脳が無意識下で肉体にかけているリミッターも存在しない。
それだけで生きた兵士とは比べ物にならない力を持つ。
さらに、生きた兵士ならば戦闘不能や死に至るほど肉体が損傷したとしても、死者の兵士は戦闘を続行できる。
肉体がバラバラになったとしても、その手に銃や刀が握られていれば、ちぎれとんだ腕だけになっても戦い続けることができる。
戦場には無数の死体が存在し、肉体が使い物にならなくなれば、シャーマンの力で別の死体に魂を定着させればよかった。
たとえそれが敵兵の死体であったとしても。
それは狂ってはいるが、日本人独自の考え方であったと言えるものかもしれなかった。
チェスでは死んだ駒が再び盤面に登場することはない。
しかし、将棋はチェスに似ているけれど、殺した敵の駒を自分の兵として盤面に出すことができるのだ。
軍は最強の死者の軍隊を作るために、大量の死体を必要としていた。
そこで、大量の死体を用意すると同時に、黄泉の国から死者の魂を呼び出し死体に定着させるため、南京大虐殺を行った。
けれど、この国は戦争に負けた。
それは、大虐殺と表現されるほどの大勢の罪もない人の命を奪い、死者の魂までも冒涜してまで作ろうとした死者の軍隊を生み出すことができなかったということだった。
戦時中に失われたこの村の成り立ちや歴史の資料は、万が一のときに備えて写本が残されていた。
この村は上空から見ると、日本神話の二柱の神が行ったとされる天地開闢の絵になっていた。
そのように村が作り直されたのは戦後のことであり、村がこの国やGHQに対して絶対の忠誠を誓う証であった。
しかし、それはあくまでそのように思わせるためのものに過ぎず、二柱の神が持つ天地開闢の要であったアメノウボコという矛の先は、写本の在処を示していた。
「それが、この家だった」
そう言ったのは、わたしではなかった。
もちろん梨沙でもなく、孝道だった。
梨沙が消されてしまった記憶を取り戻すためのプログラムが完成したのだろう。
梨沙が誰に記憶を消されたのかが判明すれば、それがたとえいくらでも使い捨てが利き、いくらでも替わりが用意できるような下っ端の「歩」ですらない駒に過ぎないような者であったとしても、孝道ならば、シノバズならば、その背後にいる黒幕にきっとたどりつけるはずだった。
「だけど、今のこの国にとって、邪馬台国が存在したことは、小学生でも授業で習うことだ。
その女王や民の子孫が現在も存在していることや、戦時中にこの村から失われた資料の写本が存在していたとしても、もはやどうでもいいことのはずなんだ」
孝道の言う通りだった。
けれど、寝入は、璧隣家の4人は殺されてしまった。
「璧隣家の4人が殺されたのは、その写本に南京大虐殺の真相までが書き加えられていたことが原因だろうね。
それだけはどうしても、この国の人々だけではなく、近隣諸国や世界各国に知られてはいけないことだったから」
彼はそう言った。
「南京大虐殺についてのこの国のスタンスは、従軍慰安婦問題と同じ。
向こうの国はあったと言ってるけれど、実際にあったかどうかについては、自国の民にすらうやむやにして教えず、国家としては、長年調べてはいるが未だよくわからない、という姿勢を貫くというものだ。
戦後、60年以上もの間ずっと、この国はそのスタンスでなんとかやってきた。
真依ちゃん、梨沙ちゃん、ぼくたち日本人もね、近隣諸国の歪んだ歴史教育のことを悪く言えないような、歪んだ歴史教育を受けてきているんだよ」
※ 二回目になりますが、この物語はあくまでフィクションです。
彼は同時に、この村の成り立ちや歴史に関する資料が、なぜ戦時中に失われたのかについても調査するよう依頼を受けていた。
彼の依頼主の、確か「一条さん」という名前の公安の刑事は、村の成り立ちや歴史がなぜ失われてしまったのかを解き明かすことが、村ぐるみの事件隠蔽の真相に繋がると言ったという。
梨沙はおそらく、彼が「シャーマンもどき」と呼ぶ何者かから、自分が邪馬台国の女王の血筋を引くものだと知らされていたのだろう。
そして、彼女が思い出そうとすると霧がかかってしまったようになり思い出せなくなることを、すでに彼はある程度突き止めていると、わたしは彼女に話した。
戦時中、旧日本軍は天皇を現人神としてまつりあげ、戦争の理由や目的としていた。
天皇が現人神であるのは、初代天皇である神武天皇が2600年以上前に、神の国である高天原からこの地に降り立ち国を作ったという神話が根拠となっていた。
けれど、実際には1800年前の弥生時代にこの国を治めていたのは邪馬台国であり、天皇をトップとする大和朝廷や、その前身であるヤマト王権が誕生したのはその後の古墳時代や飛鳥時代になる。
当時の日本軍にとって、邪馬台国の存在は、神話の時代から昭和天皇へと繋がる神の歴史を覆しかねないものだった。
幸いなことに、邪馬台国の存在を公式に記した書物は、中国にあった魏という国の魏志倭人伝にしかなかった。
魏志倭人伝に記された邪馬台国の場所は、記述が間違っているのか太平洋の真ん中の何もない海だった。
この国には邪馬台国が存在したことを示す書物は何一つなかった。
邪馬台国の滅亡後、その存在を知る者が誰もいなかったために書物に記されなかったのか、書物は存在していたが大和朝廷がその存在をなかったことにするために処分したのかはわからない。
しかし、邪馬台国の滅亡後も、その女王や民の子孫はこの土地に集落を作り、やがて村となり、外部との関わりを一切絶ち、その血を絶やさないように子孫を残し続けてきた。
そして、この村には、村の成り立ちから当時に至るまでの歴史といった資料が存在していた。
軍にとって、それらの資料は存在してはならないものであったため、この村から奪われ、失われてしまった。
だから村には、戦後の歴史が記された書物しかなかった。
軍は邪馬台国やその女王や民の子孫の存在を否定しながらも、同時に女王の血を引き、シャーマンの力を持つ返璧家の者を利用しようとした。
返璧とは、魂返し。
魂返しとは、反魂の儀。
反魂の儀とは、黄泉の国から死者の魂を呼び戻す儀式。
軍は、核兵器と細菌兵器、そして死者の軍隊という、軍独自の三種の神器を作ろうとしていた。
黄泉の国には無数の死者の魂が存在する。
その数は数億どころではなく、数十億、数百億になるだろう。
この国には八百万(やおよろず)の神が存在すると言われている。
八百万とは、800万という数字ではなく、無限を意味する。
人は死ねば神になるとされていた。
死者の魂の数もまた八百万存在した。
死者の魂は、死体にしか定着させることができないが、それによって作り出された死者の兵士は、痛みや恐怖を感じることもない。
生きている人の脳が無意識下で肉体にかけているリミッターも存在しない。
それだけで生きた兵士とは比べ物にならない力を持つ。
さらに、生きた兵士ならば戦闘不能や死に至るほど肉体が損傷したとしても、死者の兵士は戦闘を続行できる。
肉体がバラバラになったとしても、その手に銃や刀が握られていれば、ちぎれとんだ腕だけになっても戦い続けることができる。
戦場には無数の死体が存在し、肉体が使い物にならなくなれば、シャーマンの力で別の死体に魂を定着させればよかった。
たとえそれが敵兵の死体であったとしても。
それは狂ってはいるが、日本人独自の考え方であったと言えるものかもしれなかった。
チェスでは死んだ駒が再び盤面に登場することはない。
しかし、将棋はチェスに似ているけれど、殺した敵の駒を自分の兵として盤面に出すことができるのだ。
軍は最強の死者の軍隊を作るために、大量の死体を必要としていた。
そこで、大量の死体を用意すると同時に、黄泉の国から死者の魂を呼び出し死体に定着させるため、南京大虐殺を行った。
けれど、この国は戦争に負けた。
それは、大虐殺と表現されるほどの大勢の罪もない人の命を奪い、死者の魂までも冒涜してまで作ろうとした死者の軍隊を生み出すことができなかったということだった。
戦時中に失われたこの村の成り立ちや歴史の資料は、万が一のときに備えて写本が残されていた。
この村は上空から見ると、日本神話の二柱の神が行ったとされる天地開闢の絵になっていた。
そのように村が作り直されたのは戦後のことであり、村がこの国やGHQに対して絶対の忠誠を誓う証であった。
しかし、それはあくまでそのように思わせるためのものに過ぎず、二柱の神が持つ天地開闢の要であったアメノウボコという矛の先は、写本の在処を示していた。
「それが、この家だった」
そう言ったのは、わたしではなかった。
もちろん梨沙でもなく、孝道だった。
梨沙が消されてしまった記憶を取り戻すためのプログラムが完成したのだろう。
梨沙が誰に記憶を消されたのかが判明すれば、それがたとえいくらでも使い捨てが利き、いくらでも替わりが用意できるような下っ端の「歩」ですらない駒に過ぎないような者であったとしても、孝道ならば、シノバズならば、その背後にいる黒幕にきっとたどりつけるはずだった。
「だけど、今のこの国にとって、邪馬台国が存在したことは、小学生でも授業で習うことだ。
その女王や民の子孫が現在も存在していることや、戦時中にこの村から失われた資料の写本が存在していたとしても、もはやどうでもいいことのはずなんだ」
孝道の言う通りだった。
けれど、寝入は、璧隣家の4人は殺されてしまった。
「璧隣家の4人が殺されたのは、その写本に南京大虐殺の真相までが書き加えられていたことが原因だろうね。
それだけはどうしても、この国の人々だけではなく、近隣諸国や世界各国に知られてはいけないことだったから」
彼はそう言った。
「南京大虐殺についてのこの国のスタンスは、従軍慰安婦問題と同じ。
向こうの国はあったと言ってるけれど、実際にあったかどうかについては、自国の民にすらうやむやにして教えず、国家としては、長年調べてはいるが未だよくわからない、という姿勢を貫くというものだ。
戦後、60年以上もの間ずっと、この国はそのスタンスでなんとかやってきた。
真依ちゃん、梨沙ちゃん、ぼくたち日本人もね、近隣諸国の歪んだ歴史教育のことを悪く言えないような、歪んだ歴史教育を受けてきているんだよ」
※ 二回目になりますが、この物語はあくまでフィクションです。
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