キョウちゃんに愛されるのは僕だけでいい

さんごさん

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キョウちゃんに愛されるのは僕だけでいい

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「……嘘だ」

 キョウちゃんが青ざめている。
 それだけ、僕が犯人であるという事が信じられないのだろう。

 放心して、ナイフを取り落としてしまい、カランカランと音を立てる。
 約束していないから罪にはならないと思うけれど、比奈ちゃんには謝らなければならないかもしれない。

 キョウちゃんは今、不幸の真っ最中にいるようだったから。
 不幸にしないでと頼まれたけれど、キョウちゃんはすでに不幸に陥ってしまったようだったから。

 僕のせいで。

「嘘じゃないよ。僕が、比奈ちゃんを殺した」

 僕はキョウちゃんの落としたナイフを拾う。
「嘘だ」と呟き続けるキョウちゃんだったけれど、僕はちょっと疑問に思った。

「キョウちゃんだって、本当は気付いてたんじゃないの?」

 僕が犯人だという事に。

「……分からない」

 キョウちゃんは否定するけれど、多分、僕が犯人だと確信していなかったにしろ、考えてはいただろう。

「キョウちゃんが分からないはずが無いよ。キョウちゃんは第一発見者だし、馬鹿じゃないでしょ?」

 成績は僕よりも悪くとも、学校全体で見たら悪いほうでは無い。
 成績が良くて馬鹿な僕よりも、成績が僕に劣っていたって馬鹿じゃないキョウちゃんの方が賢いのは当たり前だ。

 それならば、キョウちゃんだって、推測ぐらいは立てていただろう。
 犯人は、僕じゃないかと。

「比奈ちゃんが殺されてたのは、寝室にもしている自室だったんだよ? それだったら、当然顔見知りの犯行だよね? 争った痕跡も無かったんだから、比奈ちゃんが自分から招き入れるくらいに親しい間柄じゃなくちゃありえない。警察もそうやって調べてるはずだよ。キョウちゃんなら、そのくらいの推理はしてたでしょ?」

 だから、姫乃ちゃんには最初から無理な犯行だ。
 いくら姫乃ちゃんがストーカーで、家まで乗り込んできた経験があったからって、そんな相手を争いもしないで比奈ちゃんが自室まで招きいれるとは思えない。

「……だが、比奈と親しい人間はお前だけじゃない」

「それでも――それでもだよ。キョウちゃんは、僕が犯人じゃないかと想像したはずだよ。比奈ちゃんを『殺しそう』な人間は誰かって。そんなの、第一候補に僕を挙げて当然でしょ?」

 前に、女の子を死に追いやった経験を持つ僕。
 女の子を死に追いやっておいて、のうのうと生きている僕。
 顔色一つ変えずに、殆ど皆勤賞に近い形で中学を卒業した僕。

 これほど、殺人犯として思い浮かべやすい人間は居ない。
 全く反省していないのは、全く後悔もしていないのは、キョウちゃんだって知っているのだから。

「…俺は……」

「どうして、聞かなかったの?」

「…………」

「どうして、『お前が犯人か?』って聞かなかったの?」

「それは……お前が犯人だなんて――」

「知ってたからでしょ? 考えてたからでしょ? 僕が犯人じゃないかって、最初の時から感じてたんでしょ?」

「違う!」

「違わないよ」

「違う!」

「違わないよ」

「違う!」

「違わないでしょ?」

 キョウちゃんは、グッと拳を握り締める。
 その拳が血で汚れているのは、姫乃ちゃんを殴ったからか、その前の二十人くらいの不良との戦いのせいか。

「キョウちゃん。僕は、比奈ちゃんを殺した犯人を殺すのを手伝うって言ったよね? だから、はい」

 僕は持っているナイフを、柄のほうをキョウちゃんに向けて差し出す。

「目の前に犯人が居るよ。殺して、良いよ。キョウちゃんには、その資格と権利がある」

 握り締めた拳が震え出す。
 キョウちゃんはその拳をゆっくりと開いて、僕の差し出したナイフに手を伸ばす。
 しっかりと握り、僕にナイフを突きつける。

 ナイフが腕ごと震えていたけれど、それはまあ、ご愛嬌。
 可愛い可愛いキョウちゃんだ。

「……どうして、だ? どうして、殺した?」

「愛のため、かな?」

「……愛?」

「臭いけどね、蓋をしたくなるくらいに」

 それこそ死臭でも漂ってきそうな言葉だけれど、僕が比奈ちゃんを殺したのは、愛のため。
 多くの人が求め、こっぱずかしくて言葉にも出来ないもの。

 比奈ちゃんが言っていたように、僕は比奈ちゃんを殺すことで余計に不幸になった。
 僕は比奈ちゃんの事が大好きだったのだから、最初から分かっていたことだけれど。

 それでも僕が比奈ちゃんを殺したのは、愛のため。
 幸せはいらないけれど、愛が欲しい。
 愛して欲しいし、愛してる。

「愛してたなら、どうして殺した!」

「違うよ、キョウちゃん。僕が愛してるのは、比奈ちゃんじゃなくてキョウちゃんだ」

「……俺、を?」

「僕は欲張りだからね、キョウちゃんの愛を、独り占めしたい。キョウちゃんに愛されるのは、僕だけでいい。比奈ちゃんの事は大好きだったけれど、愛してるのはキョウちゃんだけだ。けど、キョウちゃんが愛してたのは僕だけじゃない。キョウちゃんは、比奈ちゃんの事も愛してた」

 だから、殺した。
 独り占めするために。

 キョウちゃんの愛を。
 いや、愛だけじゃない。

 恨みも、憎しみも、全て、僕のものだ。
 キョウちゃんが抱くあらゆる感情は、僕に向けられるべきものだ。

「これが、いかれてる感情なのは分かってるよ。一般から逸脱し過ぎてるのも分かってる。脱線して銀河鉄道を走るくらいに異常な事は分かってるけど、それでも、僕はキョウちゃんが欲しい。僕だけのキョウちゃんで居て欲しい」

 要は、姫乃ちゃんと僕は同類なのだ。
 キョウちゃんが好きで好きで、愛していて、堪らないのだ。
 ただ、僕のが少し、行き過ぎているだけで。

「ねえ、キョウちゃん。だから、その憎しみを僕にぶつけてよ。僕は、姫乃ちゃんみたいに甘くない。キョウちゃんに刺されるなら、殺される事も愛と受け取れるから」

 姫乃ちゃんは、キョウちゃんに殺されそうになって慌てていた。
 死にたくなくて、真実を言った。
 けれど僕は、殺されるためにでも真実を言えるから。

 僕は一歩、足を踏み出す。
 突きつけられていたナイフに触れそうになるけれど、キョウちゃんが腕を引いてそれを避ける。

 僕はもう一歩、足を踏み出す。
 更にキョウちゃんは、腕を引っ込めた。

 更に一歩。
 すでに、キョウちゃんに触れそうな位置まで来ている。
 キョウちゃんは腕を引いたまま、その手はまだ震えていた。

「どうしたの? キョウちゃん。僕を、殺さないの?」

 少し突き出すだけで、その刃は僕に刺さるだろう。
 それで、キョウちゃんの敵討ちは終わる。

 比奈ちゃんを殺した僕を、簡単に殺すことが出来る。
 けれど、キョウちゃんの腕からナイフが転がり落ちた。

 意識して離したのか、意図せずに離れてしまったのかは分からなかったけれど、キョウちゃんは離してしまったナイフを拾おうともしない。

 そして、僕を抱きしめる。

「……キョウちゃん?」

「……お前は」

 キョウちゃんの声が震えている。
 抱きしめられているから顔は見えないけれど、泣いているのかもしれない。

「お前は、俺がお前を殺せないことを知ってるんだろ?」

「……うん。確証は無いけど、確信してた」

「……ずるいぞ」

「でも、どうして殺さないの?」

「分からないのか?」

「分からないよ」

 キョウちゃんはズズズと洟を啜る。
 やはり、泣いているようだった。

「お前を殺したら、俺は誰を愛せば良い?」

「誰も愛さないでよ。僕だけを、愛していてよ」

「……愛してる。だから、殺せない」

 キョウちゃんが、僕を放す。
 その瞳は、涙で濡れていた。

 僕は満面に笑んで、「愛してるよ」と言う。

 キョウちゃんが、僕にキスをした。

 僕は、好きな人としかキスをしない主義だ。
 だから、好きな人からされるキスは特別だった。

 嬉しかった。
 ましてや、世界で唯一愛している人間からのキスだ。
 嬉しくないはずが無い。

「僕を、許すの?」

 聞いてみる。

「許さない」

「どんな風に償えば良いかな?」

「一生、愛されてろ」

「それは、凄い罰ゲームだね」

「嫌気が差しても、許してやらねえよ」

 それから僕たちは、家に帰った。
 帰ったと言っても、僕はキョウちゃんの家に行ったのだけれど、そこで一応の治療はした。

 病院に行くべきだったのだろうけれど、ナイフで刺された傷なんてどんな詮索がされるかも分からないから、病院には行かなかった。

 もしこれで僕の左足が壊死しても、それはそれで、悪くは無い。
 キョウちゃんに一生、介護してもらうのだ。

 左足と右肩の傷は、やはり痛かった。

 それが収まるのに数日掛かったのだけれど、せっかく愛を確かめ合ったというのに、そのせいでセックスは出来なかった。

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