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その後、項垂れた彼は離縁届を手に取ると──なんと、それを破った。
破り捨てたのである。
「何を……!!」
「きみは酷い女だな。俺に好きな女を断罪させておいて、自分も俺の前から消えるのか?」
「最初から、そういうお話でしたよね?」
「お前は、俺からマリアを奪った」
「マリアさんが私に毒を盛ったことが発覚して、憲兵に連れていかれたのでしたね」
「お前が来たから、マリアはおかしくなったんだ!!」
「……お話はこれで終わりですか?」
それならこれで、と席を立とうとすると、アルベルト様が怒鳴った。
「俺は認めない。絶対署名なんかしないからな!!」
「それなら結構です。代理人として、お義父様……もう他人になりますけれど。伯爵にサインをいただきます」
「ハ!正当な理由がなければ、代理人のサインは認められない!」
「ですから、正当な理由を作り上げるんですのよ。……旦那様。私は契約を履行していただきたいのです。あなたと交わした契約書を然るべき場所に提出しても構いませんが、そうなると公爵家の恥になります。ですから可能ならその手は取りたくありません」
あの日に交した契約書は、今も有効だ。
それを伝えると、今度はアルベルト様の顔が青くなった。
もうどうにも出来ないと悟ったからだろう。
「……代理人のサインが認められる正当な理由。たとえば、本人の腕が使い物にならなくなった……とか。十分適用範囲内ですわよね?」
私の言葉に、今度は先程とは違う理由でアルベルト様の顔が青くなる。
私はにっこり笑って言った。
「腕、大事ですわよね。次期伯爵様」
「エリーゼ……きみはそんな人だったのか」
つぶやく彼に私は何を今更、と思う。
【そんな人】じゃなければ、そもそも離縁なんて承諾しない。
私は父に似て、効率重視なところがある。つまり、今の言葉はただのハッタリではない。
私は続けて言った。
「ちなみに先程、あなたが破り捨てた離縁届けですが、念の為予備を用意しています。今度こそ、サインいただけますね?」
私の問いに、アルベルト様は答えなかった。
そうこうしているうちに、公爵家の馬車が到着した。
ここまで来ると、アルベルト様も諦めざるを得なかったのだろう。
公爵家の侍女と侍従、そして騎士に氷のように冷たい目で見られ……いやもはや射抜かれながら、サインする羽目になった。
(だから早くにサインしておけばよかったのに……)
お父様の怒りは凄まじかった。
まあ、それもそうだろう。
頼み込まれたから許可したというのに、実は息子に愛人がいて、期限付きの結婚でした~なんてバカにしているとしか思えない。
今後、伯爵家は公爵家に頭が上がらないだろうなぁと思いながら、私は離縁届けを受け取った。
それから、ふと思い出す。
「そういえば……私はあの日、あなたに言いましたわね」
不思議そうにアルベルト様が顔を上げる。
「真実の愛なら、乗り越えられますわよね?と……。つまり、こうなった以上、あなた方の愛は真実ではなかったのですね」
私の言葉に、アルベルト様は絶句した。
半年前、マリアさんが私に毒を盛るまで、彼らは口癖のように言っていたのだ。
真実の愛はここにある、と。
マリアさんが捕まってからは聞かなくなった言葉なので忘れていたが……契約書の話をしたことで、あの日交わした会話を思い出したのだ。
アルベルト様は青を通り越し、白い顔で震えていた。
破り捨てたのである。
「何を……!!」
「きみは酷い女だな。俺に好きな女を断罪させておいて、自分も俺の前から消えるのか?」
「最初から、そういうお話でしたよね?」
「お前は、俺からマリアを奪った」
「マリアさんが私に毒を盛ったことが発覚して、憲兵に連れていかれたのでしたね」
「お前が来たから、マリアはおかしくなったんだ!!」
「……お話はこれで終わりですか?」
それならこれで、と席を立とうとすると、アルベルト様が怒鳴った。
「俺は認めない。絶対署名なんかしないからな!!」
「それなら結構です。代理人として、お義父様……もう他人になりますけれど。伯爵にサインをいただきます」
「ハ!正当な理由がなければ、代理人のサインは認められない!」
「ですから、正当な理由を作り上げるんですのよ。……旦那様。私は契約を履行していただきたいのです。あなたと交わした契約書を然るべき場所に提出しても構いませんが、そうなると公爵家の恥になります。ですから可能ならその手は取りたくありません」
あの日に交した契約書は、今も有効だ。
それを伝えると、今度はアルベルト様の顔が青くなった。
もうどうにも出来ないと悟ったからだろう。
「……代理人のサインが認められる正当な理由。たとえば、本人の腕が使い物にならなくなった……とか。十分適用範囲内ですわよね?」
私の言葉に、今度は先程とは違う理由でアルベルト様の顔が青くなる。
私はにっこり笑って言った。
「腕、大事ですわよね。次期伯爵様」
「エリーゼ……きみはそんな人だったのか」
つぶやく彼に私は何を今更、と思う。
【そんな人】じゃなければ、そもそも離縁なんて承諾しない。
私は父に似て、効率重視なところがある。つまり、今の言葉はただのハッタリではない。
私は続けて言った。
「ちなみに先程、あなたが破り捨てた離縁届けですが、念の為予備を用意しています。今度こそ、サインいただけますね?」
私の問いに、アルベルト様は答えなかった。
そうこうしているうちに、公爵家の馬車が到着した。
ここまで来ると、アルベルト様も諦めざるを得なかったのだろう。
公爵家の侍女と侍従、そして騎士に氷のように冷たい目で見られ……いやもはや射抜かれながら、サインする羽目になった。
(だから早くにサインしておけばよかったのに……)
お父様の怒りは凄まじかった。
まあ、それもそうだろう。
頼み込まれたから許可したというのに、実は息子に愛人がいて、期限付きの結婚でした~なんてバカにしているとしか思えない。
今後、伯爵家は公爵家に頭が上がらないだろうなぁと思いながら、私は離縁届けを受け取った。
それから、ふと思い出す。
「そういえば……私はあの日、あなたに言いましたわね」
不思議そうにアルベルト様が顔を上げる。
「真実の愛なら、乗り越えられますわよね?と……。つまり、こうなった以上、あなた方の愛は真実ではなかったのですね」
私の言葉に、アルベルト様は絶句した。
半年前、マリアさんが私に毒を盛るまで、彼らは口癖のように言っていたのだ。
真実の愛はここにある、と。
マリアさんが捕まってからは聞かなくなった言葉なので忘れていたが……契約書の話をしたことで、あの日交わした会話を思い出したのだ。
アルベルト様は青を通り越し、白い顔で震えていた。
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