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第七話
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大きな真っ白い、良い匂いのするバスタオルにくるまれた。鼻で匂いを嗅いでみると、私の匂いが変わっている。なんだろう、とにかく良い匂いがする。こんなに柔らかくてふわふわとした布があること自体も不思議だ。
「ちょうどいい服がなかったので、こんなものしかないのですが」
手渡された洋服を頭からかぶるようにして着た。
鏡の前に立つ自分を、しばらく見つめていた。目の前にいるのが本当に自分なのか、どうしても信じられなかった。真っ白なネグリジェはひらひらとしていて、首まわりがきつい。襟も袖も、いたるところがひらひらとしている。胸元には小さな銀糸の刺繍が散りばめられ、裾が動くたび、雪の結晶のように微かにきらめく。
袖口には薄く透けるレース、背中には結わえたリボンがひとつ。体にはちょうどいいけれど、肉がついていないせいでぶかぶかとしている。
「まあ、素敵ですよ。お嬢様」
まるで誰かの夢をそのまま着せられたみたいだった。何より、窮屈で動きづらい。こんな状態で過ごすなんて冗談じゃない。人形みたいじゃないか。それでも今の私には、笑顔を繕うことしかできない。ヘマをしたらどうなるかわからない。殺されはしないだろうか。
「薬も塗りましょうか」
髪の毛を後ろへ流され、たんこぶのところへ真っ白な薬を塗られた。なんだか少ししみる。
「お食事の用意ができていますよ」
使用人たちに囲まれて連れていかれた食堂は、高い天井に信じられないほど長いテーブル、天井から下がるぎらぎらと輝くシャンデリア。そこにアルベルトとアンナが、待ちわびていたように座っていた。その背後には騎士が立ち、執事が控え、口角がぎこちなく上がっている。
場違いだ。こんなところにいたくない。堅苦しくて息もまともに吸えない。もっと雑で、粗悪な場所にいたい。気を張らなくていいところへ行きたい。情報量が多すぎて、頭で考えなければならないことも山ほどある。
足元がふらつき、目の前がぐらりと揺れる。思わず足に力が入らなくなり、その場に座り込んだ。私も驚いたし、そこにいた全員も驚いた。鼻の下を何かが流れた気がして手で触ると、血がついていた。鼻血だ。つかつかと、ヒールの音が響いた。
「まあまあ、鼻血が出てるわ。すぐに寝かせてやらないと」
アンナは本当に心配そうに、神経質なほど私を見つめている。アルベルトは、少し遅れて私のほうへ近づいてき
た。なんだろう、この違和感は。両親というものは、こういうものなのだろうか。
鼻に布を押し付けられ、腕を両方から持ち上げられて、立ち上がった。片方の腕はアンナが抱えている。
そうやって豪華な城の中を歩き、階段を上ってたどり着いたのは、天蓋の付いた豪勢なベッドだった。ふかふかの枕、布団――今まで寝たこともないようなもの。
ベッドに横たわると、布団を胸までかけられた。体が沈み込み、布団はかけただけなのに暖かい。枕は柔らかいのに弾力があり、頭を包み込んでくれる。それにどこもかしこも清潔で、良い匂いがする。
「今、はちみつを入れたホットミルクを持ってきてあげるからね。きっとそれなら体に入るわ」
「ありがとう」
ホットミルクが運ばれてくるまで、ずっと私のそばには使用人が見張るように立っていた。確かにホットミルクはおいしかった。温かくて、甘くて、何杯でも飲めそうだった。
「おやすみなさい。しっかり体を休めてね。大丈夫、あなたはもうどこにもやらないから」
「おやすみなさい」
頬にキスをされ、アンナは出て行った。使用人も明かりを消して出て行った。その瞬間、私は飛び起きて部屋中を観察し、窓から外を見た。飛び降りても、うまく着地できれば大けがはしない高さだ。
部屋の中をあら探しして布を引っ張り出し、ベッドのそばに置かれていたソファに寝転がった。
あんなベッドで寝られるわけない。ジョン、あいつどこへ行った。あいつが出世しようが、殴られようが、路頭に迷おうが知ったことか。
絶対こんなところ抜け出してやる。これじゃ、あそこにいた時と大して変わらないじゃないか。徹底的に管理されて、私の感情なんて存在しないようなもの。あの男の野望も、アルベルトも、アンナも知ったことか。私だって、私のために生きたいんだ。
ここにある金品を奪って、徹底的に屋敷を調べて、逃げ出してやる。逃げられないはずがない。なにせ本物のレイラは六歳でここから抜け出したんだから。私が抜け出せないわけがない。ただ、あの両親のことだ。過保護に私を監視し、徹底的に行動を管理する可能性がある。だからこそ、「外の世界が怖いから逃げない」と印象づける必要がある。
それに騙されれば、きっと気が緩むだろう。でも、それには時間がかかる。せっかくここに来たんだから、大金になる小さいものでも探し出して逃げ出してやる。きっと信じられないくらい価値のある指輪やネックレスがあるはずだ。それならかさばらないし、この豪勢なドレスのまま質に出せば、大金で取引できるはず。
私だって、他人のことなんて気にしていられない。
「ちょうどいい服がなかったので、こんなものしかないのですが」
手渡された洋服を頭からかぶるようにして着た。
鏡の前に立つ自分を、しばらく見つめていた。目の前にいるのが本当に自分なのか、どうしても信じられなかった。真っ白なネグリジェはひらひらとしていて、首まわりがきつい。襟も袖も、いたるところがひらひらとしている。胸元には小さな銀糸の刺繍が散りばめられ、裾が動くたび、雪の結晶のように微かにきらめく。
袖口には薄く透けるレース、背中には結わえたリボンがひとつ。体にはちょうどいいけれど、肉がついていないせいでぶかぶかとしている。
「まあ、素敵ですよ。お嬢様」
まるで誰かの夢をそのまま着せられたみたいだった。何より、窮屈で動きづらい。こんな状態で過ごすなんて冗談じゃない。人形みたいじゃないか。それでも今の私には、笑顔を繕うことしかできない。ヘマをしたらどうなるかわからない。殺されはしないだろうか。
「薬も塗りましょうか」
髪の毛を後ろへ流され、たんこぶのところへ真っ白な薬を塗られた。なんだか少ししみる。
「お食事の用意ができていますよ」
使用人たちに囲まれて連れていかれた食堂は、高い天井に信じられないほど長いテーブル、天井から下がるぎらぎらと輝くシャンデリア。そこにアルベルトとアンナが、待ちわびていたように座っていた。その背後には騎士が立ち、執事が控え、口角がぎこちなく上がっている。
場違いだ。こんなところにいたくない。堅苦しくて息もまともに吸えない。もっと雑で、粗悪な場所にいたい。気を張らなくていいところへ行きたい。情報量が多すぎて、頭で考えなければならないことも山ほどある。
足元がふらつき、目の前がぐらりと揺れる。思わず足に力が入らなくなり、その場に座り込んだ。私も驚いたし、そこにいた全員も驚いた。鼻の下を何かが流れた気がして手で触ると、血がついていた。鼻血だ。つかつかと、ヒールの音が響いた。
「まあまあ、鼻血が出てるわ。すぐに寝かせてやらないと」
アンナは本当に心配そうに、神経質なほど私を見つめている。アルベルトは、少し遅れて私のほうへ近づいてき
た。なんだろう、この違和感は。両親というものは、こういうものなのだろうか。
鼻に布を押し付けられ、腕を両方から持ち上げられて、立ち上がった。片方の腕はアンナが抱えている。
そうやって豪華な城の中を歩き、階段を上ってたどり着いたのは、天蓋の付いた豪勢なベッドだった。ふかふかの枕、布団――今まで寝たこともないようなもの。
ベッドに横たわると、布団を胸までかけられた。体が沈み込み、布団はかけただけなのに暖かい。枕は柔らかいのに弾力があり、頭を包み込んでくれる。それにどこもかしこも清潔で、良い匂いがする。
「今、はちみつを入れたホットミルクを持ってきてあげるからね。きっとそれなら体に入るわ」
「ありがとう」
ホットミルクが運ばれてくるまで、ずっと私のそばには使用人が見張るように立っていた。確かにホットミルクはおいしかった。温かくて、甘くて、何杯でも飲めそうだった。
「おやすみなさい。しっかり体を休めてね。大丈夫、あなたはもうどこにもやらないから」
「おやすみなさい」
頬にキスをされ、アンナは出て行った。使用人も明かりを消して出て行った。その瞬間、私は飛び起きて部屋中を観察し、窓から外を見た。飛び降りても、うまく着地できれば大けがはしない高さだ。
部屋の中をあら探しして布を引っ張り出し、ベッドのそばに置かれていたソファに寝転がった。
あんなベッドで寝られるわけない。ジョン、あいつどこへ行った。あいつが出世しようが、殴られようが、路頭に迷おうが知ったことか。
絶対こんなところ抜け出してやる。これじゃ、あそこにいた時と大して変わらないじゃないか。徹底的に管理されて、私の感情なんて存在しないようなもの。あの男の野望も、アルベルトも、アンナも知ったことか。私だって、私のために生きたいんだ。
ここにある金品を奪って、徹底的に屋敷を調べて、逃げ出してやる。逃げられないはずがない。なにせ本物のレイラは六歳でここから抜け出したんだから。私が抜け出せないわけがない。ただ、あの両親のことだ。過保護に私を監視し、徹底的に行動を管理する可能性がある。だからこそ、「外の世界が怖いから逃げない」と印象づける必要がある。
それに騙されれば、きっと気が緩むだろう。でも、それには時間がかかる。せっかくここに来たんだから、大金になる小さいものでも探し出して逃げ出してやる。きっと信じられないくらい価値のある指輪やネックレスがあるはずだ。それならかさばらないし、この豪勢なドレスのまま質に出せば、大金で取引できるはず。
私だって、他人のことなんて気にしていられない。
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