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1 愛を囁くのはインコ
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王家の森魔導士学校・喫茶室パロットの、窓辺の高椅子に腰を掛けた若者が、物憂げに溜息を吐く。それを、この喫茶室の名物、置かれた鉢植えの枝や天井の剥き出しにされた梁に留まった色とりどりのインコたちが『ハァ……』と真似をした。若者は一瞬、キョトンとしたが、すぐに苦笑に変わった。
鳴き真似インコたちに覚えられるほど、僕はここで溜息を吐いているんだ……悩んだってどうにもならない、だから悩みなどしない。なのにこうして溜息を吐いているのはなぜだろう。若者は高低差に注意して、高椅子から降りる。そろそろ一限目の授業が終わる。誰か来るかもしれない。
いつものテーブルに向かいながら、
「冷たい紅茶を」
と声に出して言う。記憶している植木鉢の場所を確認しながら、ぶつからないように進む。その集中を、飛んできた一羽のインコが邪魔をする。『アイシテルヨ』と邪魔をする。
「そのセリフはもう、覚えなくっていいんだよ」
肩に乗り、若者の頬に頭を擦りつけ、甘えるインコに若者がそっと囁く。指先でインコの頬を撫でてあげるとインコは満足したようで、羽ばたいて天井の梁に戻っていった。
無事に目的のテーブルにつき、椅子に座った。グラスがゆらゆらと近寄る気配を察知して、若者が片手をあげる。持ちやすいように若者の手にグラスが触れる。若者はグラスを受け取ると、注意してテーブルに置いた。
若者の名はアラネルトレーネ、通り名はアラン。緑色の美しい瞳が光りを全く感知しなくなってから、そろそろ半年が経つ。今日、長らく中断されていた『おしゃべりオウムの会』を再開させる。主催者のアランは、誰よりも早くこの喫茶室に来て、サロンメンバーを待っていた。恐る恐るでなければ、テーブル間の移動もできない。そんな姿を仲間たちに見られたくなかった。
校長ビルセゼルトは目に代わる力を取得するようにと言った。この半年で、なんとなくコツはつかめてきたが、集中力を要するそれは疲労が半端なかった。
魔導術を使って動物や鳥類を含む他者の目を通して見る事も出来たのに、視力を失ってからは幾ら試してもその術は成功しなかった。術そのものは成立しているのを感じていたから、やはり『目で見る』ことはできないのだと、却って打ちのめされた。
アランの失明は神秘契約によるものだと、ビルセゼルトは断定した。失われた、もしくは失われると確定していた命を取り戻すため結ばれたその契約は、契約が成就されれば、あるいはアランの目も再び光を取り戻すかもしれないとビルセゼルトは言った。
「癒術魔導博士、医術魔導博士、その双方がアラン、おまえの目の機能は失われていない、と言っている。神秘術の作用によって見えないのだ」
ビルセゼルトはそう言いながらも、
「だが、契約の内容が判らない。それに契約が成就されるまで、見えなくてもいいわけではない」
だから、目に代わるものを取得できるようアランを指導した。
感覚を研ぎ澄ませ、脳裏に絵を浮かべろ……レッスン室まで用意してくれ、時間ができれば自ら指導に来てくれる。しかしそれは、ビルセゼルトでさえ取得しているわけではないし、そもそもそんな術は聞いた事もない。今までなかった術を自ら開発して、実用化しようとしているのだ。知恵を絞り、試行錯誤するしかない。
それでも半年が過ぎた今、自分の周囲の様子はうすぼんやりとであっても認識できるようになってきている。もともと感知能力に優れていたアランならではだった。
(誰か来る……あれは、グリンとカトリス)
喫茶室の入り口に近づく気配をアランが察知する。すぐにドアに取り付けられたドアベルがチリンと音を立てた。
「やぁ、カトリス、グリン、一番乗りだね」
アランの声に鳴き真似インコたちが『イチバン! イチバン!』と一斉に囃したて、静まった途端、『ノリのりぃ!』と一羽のインコが叫んだ。
「おい、アラン、おまえ、ここの鳴き真似インコちゃんたちの指導を引き受けてるんだろう? もっとキチンと指導しろよ」
インコの歓待に吹きだしながらカトリス、正式にはカトリスマシコ、黄金寮の寮長がアランに苦情を言う。
「一番乗りはアランじゃないか」
もっともなことを言ったのはグリン、正式にはグリンバゼルト、同じく黄金寮、今年度の進級時、飛び級を許されて、卒業年次に編入されている。そしてアランと並んで主席と目されている。
主席が二人、と言うのもヘンだが、魔導士学校在学中に高位魔導士の地位を取得しているアランを無視することも、ずば抜けた成績を修めているグリンを認めない訳にも行かず、苦肉の策で主席が二人となった。
そしてアランも黄金寮、カトリス・グリンともども卒業年次にあたる。
「デリスも同じ講義に出てたんじゃなかったっけ?」
アランが問うと、
「あぁ、ヤツはまたやっちまった」
とカトリスが笑う。
「変化術の実演で、カエデの葉っぱを全部散らせってお題だったのに、根っこから引き抜いちまった」
「今、カエデに回復術を掛けて植え直してる」
やはり笑いながらグリンが補足する。
「カエデって、講義棟の前の?」
「デリスが引き抜いたカエデはそれだな。課題に出されたのは植木鉢、一人一つずつ宛がわれてた」
「ハッシパブロフの慌てる顔が見ものだったよ」
ハッシパブロフは変化術の教授だ。
「あのカエデを引き抜くって、相変わらずデリスは馬鹿力だな」
アランが呆れかえる。
「しかも相変わらず不器用だ。なんで目の前の鉢植えを通り越して、庭の大木に術を掛けちゃうんだろう?」
「シャーンが言うには、デリスは上がり症なんだってさ」
グリンが妹から聞いた話を披露する。シャーン、正式にはシャインルリハギ、グリンバゼルトの妹で白金寮の一年だ。おしゃべりオウムの会のメンバーでもある。二限目に授業がなければ、もうすぐ顔を出すだろう。
と、ここでアランが首を傾げる。
「誰かが走ってくる。なんか、随分と焦っているね、あれは……サウズだ」
アランが言い終わるや否や、いささか乱暴にドアが開いてサウズ――白金寮の寮長で、やはり卒業年次のサウザネーテルラム――が喫茶室に飛び込んでくる。
「アラン、今日のサロンは中止だ」
「何かあった?」
「赤金寮から白金寮にかけての植栽が全部枯れている。魔導術によるものだ」
「え?」
アラン、カトリス、グリンが一斉に顔色を変える。
「校長がえらくご立腹で、学生全員を食堂に召集した。いくぞ」
言うなり早くサウズの姿が消え、あとの三人もすぐさま移動術で姿を消した。
残されたインコたちが『サロンハチュウシ』と声を揃えて鳴く中に、一羽だけ『アランハチュウイ』と叫ぶインコがいた――
鳴き真似インコたちに覚えられるほど、僕はここで溜息を吐いているんだ……悩んだってどうにもならない、だから悩みなどしない。なのにこうして溜息を吐いているのはなぜだろう。若者は高低差に注意して、高椅子から降りる。そろそろ一限目の授業が終わる。誰か来るかもしれない。
いつものテーブルに向かいながら、
「冷たい紅茶を」
と声に出して言う。記憶している植木鉢の場所を確認しながら、ぶつからないように進む。その集中を、飛んできた一羽のインコが邪魔をする。『アイシテルヨ』と邪魔をする。
「そのセリフはもう、覚えなくっていいんだよ」
肩に乗り、若者の頬に頭を擦りつけ、甘えるインコに若者がそっと囁く。指先でインコの頬を撫でてあげるとインコは満足したようで、羽ばたいて天井の梁に戻っていった。
無事に目的のテーブルにつき、椅子に座った。グラスがゆらゆらと近寄る気配を察知して、若者が片手をあげる。持ちやすいように若者の手にグラスが触れる。若者はグラスを受け取ると、注意してテーブルに置いた。
若者の名はアラネルトレーネ、通り名はアラン。緑色の美しい瞳が光りを全く感知しなくなってから、そろそろ半年が経つ。今日、長らく中断されていた『おしゃべりオウムの会』を再開させる。主催者のアランは、誰よりも早くこの喫茶室に来て、サロンメンバーを待っていた。恐る恐るでなければ、テーブル間の移動もできない。そんな姿を仲間たちに見られたくなかった。
校長ビルセゼルトは目に代わる力を取得するようにと言った。この半年で、なんとなくコツはつかめてきたが、集中力を要するそれは疲労が半端なかった。
魔導術を使って動物や鳥類を含む他者の目を通して見る事も出来たのに、視力を失ってからは幾ら試してもその術は成功しなかった。術そのものは成立しているのを感じていたから、やはり『目で見る』ことはできないのだと、却って打ちのめされた。
アランの失明は神秘契約によるものだと、ビルセゼルトは断定した。失われた、もしくは失われると確定していた命を取り戻すため結ばれたその契約は、契約が成就されれば、あるいはアランの目も再び光を取り戻すかもしれないとビルセゼルトは言った。
「癒術魔導博士、医術魔導博士、その双方がアラン、おまえの目の機能は失われていない、と言っている。神秘術の作用によって見えないのだ」
ビルセゼルトはそう言いながらも、
「だが、契約の内容が判らない。それに契約が成就されるまで、見えなくてもいいわけではない」
だから、目に代わるものを取得できるようアランを指導した。
感覚を研ぎ澄ませ、脳裏に絵を浮かべろ……レッスン室まで用意してくれ、時間ができれば自ら指導に来てくれる。しかしそれは、ビルセゼルトでさえ取得しているわけではないし、そもそもそんな術は聞いた事もない。今までなかった術を自ら開発して、実用化しようとしているのだ。知恵を絞り、試行錯誤するしかない。
それでも半年が過ぎた今、自分の周囲の様子はうすぼんやりとであっても認識できるようになってきている。もともと感知能力に優れていたアランならではだった。
(誰か来る……あれは、グリンとカトリス)
喫茶室の入り口に近づく気配をアランが察知する。すぐにドアに取り付けられたドアベルがチリンと音を立てた。
「やぁ、カトリス、グリン、一番乗りだね」
アランの声に鳴き真似インコたちが『イチバン! イチバン!』と一斉に囃したて、静まった途端、『ノリのりぃ!』と一羽のインコが叫んだ。
「おい、アラン、おまえ、ここの鳴き真似インコちゃんたちの指導を引き受けてるんだろう? もっとキチンと指導しろよ」
インコの歓待に吹きだしながらカトリス、正式にはカトリスマシコ、黄金寮の寮長がアランに苦情を言う。
「一番乗りはアランじゃないか」
もっともなことを言ったのはグリン、正式にはグリンバゼルト、同じく黄金寮、今年度の進級時、飛び級を許されて、卒業年次に編入されている。そしてアランと並んで主席と目されている。
主席が二人、と言うのもヘンだが、魔導士学校在学中に高位魔導士の地位を取得しているアランを無視することも、ずば抜けた成績を修めているグリンを認めない訳にも行かず、苦肉の策で主席が二人となった。
そしてアランも黄金寮、カトリス・グリンともども卒業年次にあたる。
「デリスも同じ講義に出てたんじゃなかったっけ?」
アランが問うと、
「あぁ、ヤツはまたやっちまった」
とカトリスが笑う。
「変化術の実演で、カエデの葉っぱを全部散らせってお題だったのに、根っこから引き抜いちまった」
「今、カエデに回復術を掛けて植え直してる」
やはり笑いながらグリンが補足する。
「カエデって、講義棟の前の?」
「デリスが引き抜いたカエデはそれだな。課題に出されたのは植木鉢、一人一つずつ宛がわれてた」
「ハッシパブロフの慌てる顔が見ものだったよ」
ハッシパブロフは変化術の教授だ。
「あのカエデを引き抜くって、相変わらずデリスは馬鹿力だな」
アランが呆れかえる。
「しかも相変わらず不器用だ。なんで目の前の鉢植えを通り越して、庭の大木に術を掛けちゃうんだろう?」
「シャーンが言うには、デリスは上がり症なんだってさ」
グリンが妹から聞いた話を披露する。シャーン、正式にはシャインルリハギ、グリンバゼルトの妹で白金寮の一年だ。おしゃべりオウムの会のメンバーでもある。二限目に授業がなければ、もうすぐ顔を出すだろう。
と、ここでアランが首を傾げる。
「誰かが走ってくる。なんか、随分と焦っているね、あれは……サウズだ」
アランが言い終わるや否や、いささか乱暴にドアが開いてサウズ――白金寮の寮長で、やはり卒業年次のサウザネーテルラム――が喫茶室に飛び込んでくる。
「アラン、今日のサロンは中止だ」
「何かあった?」
「赤金寮から白金寮にかけての植栽が全部枯れている。魔導術によるものだ」
「え?」
アラン、カトリス、グリンが一斉に顔色を変える。
「校長がえらくご立腹で、学生全員を食堂に召集した。いくぞ」
言うなり早くサウズの姿が消え、あとの三人もすぐさま移動術で姿を消した。
残されたインコたちが『サロンハチュウシ』と声を揃えて鳴く中に、一羽だけ『アランハチュウイ』と叫ぶインコがいた――
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