おしゃべりオウムに ようこそ

寄賀あける

文字の大きさ
4 / 33

4  消えた魔導樹

しおりを挟む
 マグノリアの木の下に全員が姿を現すと、アランがすかさず結界を張った。気配を部外者に検知されないためだ。校長不在でも、副校長レギリンスや、他の教授が校内に目を光らせている可能性がある。むしろそう考えたほうが正解だ。が、校長以外、アランの結界を見破れる魔導士はいないとアランは踏んでいた。

 集まったのは、黄金こがね寮はアランを中心に、カトリスとグリン、エンディーの四人、白金しろがね寮は寮長のサウズ、一年生でグリンの妹シャーン、赤金あかがね寮は寮長のカーラ、アランの親友のデリス――正式にはデリトーネデシルジブ――の二人、合計八人の『おしゃべりオウムの会』の正式メンバーだ。

 卒業年次生以外はシャーンしか呼ばれていない。ほかに三年次生が五人、二年次生が三人、一年次生がシャーンと別に三人いるが、その全員を集められるほど、マグノリアの下のベンチのエリアは広くなかった。
「デリス、ダガンネジブ様から何か指示は?」
アランが親友に問う。

 アランとデリスは寮こそ違ったが、魔導士学校入学当初からなぜか気があった。打ち合わせをしたわけでもないのに、同じ講義を取っていたり、何しろ顔を合わせる事が多かった。更に正反対ともいえる二人の性格が、互いに相手を引き寄せた。

「それが、『ビルセゼルトの縄張りに立ち入れるか馬鹿者』と言われた」
デリスが苦笑する。ダガンネジブは元南の魔女で前東の魔女ソラテシラの夫でデリスの伯父にあたる。

 年の離れた弟の忘れ形見デリスを我が子のように可愛がっているダガンネジブは、デリスの母親も他界したのちに、デリスを自分の継承子と定めていた。ダガンネジブにはソラテシラとの間にできた娘ジョゼシラしかおらず、ジョゼシラはソラテシラを継承すると見越しての事だ。ジョゼシラはビルセゼルトの妻だ。

「ビルセゼルトの縄張りねぇ」
アランが失笑する。自分たち学生が校長の持ち物のように言われた気がしたのだ。
「まぁ、そうは言ってもいざとなれば、ビルセゼルトを無視するのがダガンネジブ様だ」
と、グリンはニヤリと笑った。

「あのビルセゼルトでさえも、ダガンネジブ様には頭が上がらない。少なくとも表面上はね」
「表面上? ビルセゼルトは妖幻の魔導士ダガンネジブに逆らおうって思っている?」
「いや、逆らう気はないだろう。従えない時は従わないってことだ」

 グリンの言葉に、
「それを『逆らう』って言うんじゃなかった?」
とデリスが笑い、グリンがフンとデリスから顔を背ける。
「そんな細かい事で揉めるな」
アランが二人をたしなめる。他のメンバーが見て見ぬふりをする中、シャーンだけはグリンの腕にそっと手を置いてなだめている。

 グリンとデリスは仲が悪い。特に、ダガンネジブがビルセゼルトに、デリスの配偶者にシャーンを寄越せと言い出してから、グリンはあからさまにデリスを敵視している。もともと折り合いが悪い上に、ダガンネジブの威光を笠に配偶者を手に入れようというデリスが気に食わないグリンだ。しかもその相手が自分の妹となればなおさらだ。そして妹が返答を迷っているのも面白くない。妹を、忖度しなくてはならない状況に追いやった。グリンが憤るのも無理ない話だ。

 が、デリスとしても、自分が望んだわけではない、と自分に怒りを向けるグリンが面白くない。伯父で後見のダガンネジブの勝手な企みも面白くない。そしてそんなグリンが自分の親友であるアランと仲がいいのも気に入らない。もっともそれはグリンとて同じだったが。

 グリンとデリスの争いを、さらりと無視したのがカーラだ。
「ダガンネジブ様の指示がないのなら、今回は我々の出る幕もないのでは?」
と、アランに言う。
「親愛なるサザナミインコちゃん。我らが首謀ダガンネジブ様は以前からこうおっしゃっている。学生たちよ、己の信念を貫け」
「いいからアラン、普通に話せ」
サウズが苦情を口にする。エンディーがサウズに『アランの楽しみを取っちゃダメ』と、そっと耳打ちした。

 フン、と面白くなさそうな顔をしたアランだが、すぐに気を取り直す。
「問題は『犯人は学外』ってことだ。学生の悪戯なら、僕たちにできる事はない」
「学外ってことになると、学校に対しての攻撃なのか、教職員に対してか、あるいは学生かって事になる」

「グリン、考えすぎじゃないか? 植栽を枯らしただけだろう? 攻撃って程じゃないんじゃ?」
「そうだね、ここに大カエデを引き抜いたのもいるしね」
「やめろ、グリン。デリスもいい加減にしろ」
今度はカトリスが怒って声を大きくする。グリンとデリスが互いにソッポを向いた。

 アランがそれらを無視して話を続ける。
「それで、実際、植栽が枯れたって、どんな様子なんだい?」
「あぁ……それがね。枯れたって言うのとはちょっと違うのよね」
シャーンがサウズと頷きあった。

 発見したのは赤金あかがね寮の一年生だった。寮の周囲の植木が高木も低木も消えている。
「抜かれた?」
アランの質問に、
「抜かれたって言うより『消えた』だね。抜いたなら根っこの跡の穴がある」
答えたのは赤金寮のカーラだ。

「で、その一年生が談話室に戻ってきて、話を聞いた僕とデリスが見に行った。すると、木だけじゃなく、雑草すらない状態になってた」
「土がならされてるって感じだね」
カーラをデリスが補足する。

白金しろがね寮も似たようなもんだったわ」
そう言ったのはシャーンだった。
「ジェネイラとカラネルが顔色変えて談話室に戻ってきたの。木が一本もないって」

 談話室で報告を聞いたサウズが、そんな事はないだろう、と言い、ならば自分の目で確かめたら、とカラネルに言われる。ジェネイラとカラネルは白金寮の二年生だ。

 そこでその時、談話室にいた全員で見に行ったところ、確かに木は消えていて、それどころか、見る見るうちに生えていた草が片っ端から土の中に引き込まれて消えたという。

 どちらの寮も、すぐに校長を呼んだ。が、校長が来る頃には、辺り一面の花畑になっていたらしい。

 ここまでの話を聞いて、ついクスッと笑ったのはアランだ。経緯を聞いていると、たちの悪い悪戯にしか思えない。
「笑い事じゃないぞ、アラン」
「そうだね、グリン。消えた木は見つかってないんだろう? 特に白金寮付近には魔導樹が多く植えられていた」
「うん、ヘンなところに植え替えられてたら大騒ぎになるわね」
と心配顔はシャーンだ。アランがほんの少し笑みを見せる。それをグリンとデリスは見逃していない。だが、ここでそれを追及するのは拙い。外野が多すぎる。

「それでさ、なんでビルセゼルトは実行犯が『鳥』だと断定したんだい? 記憶の巻き戻しって校内で使えたっけ?」
アランが赤金寮と白金寮の寮生に尋ねる。記憶の巻き戻し――この場合は大地の記憶の巻き戻し術を言っている。術が成功すれば、過去に起こったことが幻として再生される。

「ビルセゼルトは土をてのひらすくっていたわ」
そう言ったのはシャーンだ。
「掌の掬った土をじっくり見ていたわね」

「こっちでは新しく生えてきた草を摘んだよ」
これはカーラだ。
「そしたら見る見る蕾がついて花を咲かせた。で、その花の匂いを嗅いでいた」
「魔導術のかかった花の匂いを嗅いだ? 危険じゃないの?」
母親が植物学者のシャーンが心配する。
「ビルセゼルトの毒耐性は完璧だ。だいたい毒性を確認してからじゃなきゃ摘まないはずだ」
と、言ったのはグリンだ。

「それでそのお花畑、今はどうなってる?」
アランの問いに答えたのはサウズだ。
「放ってある。そのまま。片付けましょう、って言ったのに、校長、そのままでいいって」
少し不満そうだ。
「こっちも同じだ。この後どうなるか見物みものだ、って笑ってたよ」
カーラが言うと
「ビルセゼルトが笑ってるってことは、やっぱりそんなに心配ないんじゃないの?」
と、エンディーが言う。

 すると、
「そうか、判った。ターゲットはビルセゼルトか、そのほかの教職員。あるいは僕」
とアランが言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

処理中です...