おしゃべりオウムに ようこそ

寄賀あける

文字の大きさ
14 / 33

14 魔女の誘惑

しおりを挟む
「なんで花火が僕のためになるんだ?」
さっぱり訳が判らない。が、ジュライモニアには彼女なりの理由があるのだろう。

「あなた、なんだか落ち込んでるように見えたから。元気づけてあげようと思ったのよ――友だちとめていたよね? なんだったら、あの友達、いじめてあげる。わたしね、蝶々になってのぞいてたの」
「元気づけるどころか、余計に落ち込まされたんだけど? 僕の友達に手出ししちゃダメ、大事な友達なんだ。それにしても蝶々? すごい変身術……」

 アランが褒めるとニッコリ嬉しそうな顔をする。なるほど、そうやって笑むと大輪のバラみたいだ……花のような『麗しの姫ぎみ』、美しいと評判だけはあると、ぎ澄ました神経がアランに教える。

「うん、わたし、変身術が得意なの。ママよりずっと上手よ。ママは滅多にしないから、ひょっとしたら施術法を忘れてるかも。パパは変身術なんか必要ないからけど、おまえの変身術は素晴らしいって褒めてくれる」

 変化術へんげじゅつ――何かを別の何かに変える術、例えば本を椅子に変えたり――ができる魔導士は多い。だけど、自分自身を変化させる変身術は術者が少ない。変化したあとの姿のときに施術できず、元の自分に戻れなくなる危険が高いことから、えて変身術を取得しようと言う魔導士が少ない事もある。

「アランは何かに変身できる?」
「いや、僕は変化術へんげじゅつがせいぜい」
「そうなんだ? できると便利よ」
「へぇ、どんなふうに?」
「蝶々が飛んできても気にする人はあまりいないもの。不見術だと気配が駄々漏だだもれ。ま、結界を張られちゃったら、結界を破らない限り、なにをやっても無意味だけど」

「そう言えば、リスになった?」
「あぁ、あれはリスの目を借りたの。で、アランを見てきてって、お願いしたの」
「そっか、動物の使役も得意なんだね」
ジュライモニアが得意そうな顔をする。この魔女、力も強いし器用だけど、性格が丸きり子どもなんだ……アランが心の中で笑う。

「それで、僕になんの用?」
「えっ? ええ、そりゃあ、あなた」
「そりゃあ?」
揶揄からかうか、か? 少し迷って『いなす』を選択したアラン、でも僕の性格じゃあ、揶揄っちゃいそうだけど……

「言わなくっても判るでしょ?」
「言わなきゃ判らないよ? それとも覗心術を使ってもいいの?」
「まっ! そんな無礼は許せないわ」
「まだ、使ってませんよ?」
「うん……ねぇ、アラン?」
「なんだい? ジュライモニア」
「ジュリって呼んで」
「うん? では、なんでしょう、ジュリ」

「あなた、決まった人はいるの? 特に仲がよさそうな女の子は見てないけど」
校長の言う通り、目的は恋人探しみたいだな、再びアランが心の中で笑う。

「婚約者ならいないよ」
「え……婚約はしていないけど、いるって言うこと?」
「片思いならいるかな」
「まぁ!」
大げさにジュライモニアが驚く。本人は大げさなつもりはないのかな? とアランが思う。

「まだ十六歳でしょう?」
「もうすぐ十七になる」
「それで高位魔導士で、しかもこんなに綺麗な顔してて、なんで片思い?」

「おや、見た目や才能に恋するわけじゃないと思うけど?」
「そんなの詭弁きべんよ。魔導士なら一に才能、二に見た目」
「そうですか……」
笑いだしたいのを必死に抑えるアランだ。

「で、三や四はあるの?」
揶揄っちゃダメだと思いつつ、つい訊いてしまった。
「三……見合う年齢? オジさんなら北の魔女の城にもいるけど、ちょっとね」
「四は?」
「四はわたしを大事にしてくれる事、五は優しい事」
「それだと、見た目が良くて才能があれば、年取っててもいいし、大事にしてくれなくてもいいし、優しくなくてもいいってこと?」

「アラン、あなた思ったよりも馬鹿? 全部そろってなきゃダメよ」
「あぁ、なるほど……」
笑いたい、でも、ここで笑っちゃいけない。

「アラン、あなた、笑うの必死でこらえてない? ほっぺたが引きつってるわよ?」
「いやいやいや……」

 と、なにを思ったのかジュライモニアが近づく気配がある。慌てて立ちあがったアラン、距離を取ろうとして、積み上げた本に蹴躓けつまずき、本の山を倒した。アランがチッと舌打ちすると、本が別の場所に積み上げ直される。

「あら、無詠唱なのね」
「自分の部屋の中くらい、考えただけで動かせる――日常的な施術は大抵無詠唱。キミもだろう?」
「まぁね。それよりなんで、遠ざかるのよ?」
「キミはなんで近づくのさ?」

 ジュライモニアがアランをにらみ付ける。
「判らない?」
「だから、覗心術でも使わなきゃ、他人の気持ちなんか判らないよ」

「ふーーーん、アラン、あなた、割とうそきね」
、なのか? どうもジュライモニアの言う事は、アランの笑いを誘うようだ。

「魔女・魔導士は嘘を吐けない。常識だと思ったけど?」
「そうね。だけどアラン、あなたさっきから、否定してないわよ? 肯定もしてないけど。言葉の置き換えばかり」

 へぇ、間抜けかと思ったらそうでもない。アランがジュライモニアを少し見直す。

「うーーん、でも、正直判らないな。キミが僕に興味を持っているのはなんとなく判るけど」
「そこまで判ってるなら、答えはすぐそこ」
「え、答えですか? キミは僕と付き合いたい、とか?」
それはごめんだ、いろいろ面倒くさすぎる。

「違うっ!」
「違いましたか、それは失礼。だったらなんだろう?」
「もうっ!」
ジュライモニアは焦れているようだ。

「女の子から誘わせるつもり? あなた男でしょ?」
つまり、僕から誘えって言いたいのか。僕が誘うと思っているのか。コイツ、やっぱ、どこか抜けてる。てーか、笑いたい。でも、うん、ここは我慢だ。

「あー、まー、男だね、一応。我が校で、一番頼りにならない男だ」
「なにそれ?」
アランの発言はジュライモニアを面白がらせたようだ。いつもの調子で言い過ぎた、とアランが後悔する。

「えっと、なんだ。僕はいざというとき頼りにならないって、そう言う事」
「なんで?」
「なんで、って……」
チッ、言葉に詰まっちゃった。案外手ごわい。正攻法で行くか。

「どっちにしろ、僕にその気はない」
「嘘吐かないで」
「嘘は言えないって確認したばかり。そして今、僕は言葉を置き換えていない」

 くやしそうな顔でジュライモニアがアランを見詰める。そして……
「なんでみんな、わたしを虐めるのよっ!」
ジュライモニアが大声で怒鳴り、大音量で泣き出した。

 慌てて結界を張るアラン、ひょっとしたら少しは部屋の外に音が漏れたかと、ついでに軽く防聴術を掛ける。どうか、今の叫びを耳にした誰か、派手な寝言と思ってくれ。それにしても、声に拡大術を使っていないか? 耳鳴りがしそうだ。でも、耳を塞いだら拍車を掛けそうな気がする。

 アランの困惑もお構いなしにジュライモニアは手放しで泣き続ける。だからって、ここでなだめたりしたら、きっとまた無理難題を言い出すと、アランは何もできずにいる。

 それでも、つい、山積みの本を宙に消して片付け、椅子を二脚と、その椅子の間にテーブルを出してしまった。

「まぁ、お座りよ。お茶でもれようか?」
アランがそう言うより早く、椅子を見た途端、座ったジュライモニアはテーブルに突っ伏して泣き続ける。アランも椅子に腰かけて、困り顔のまま腕を組む。

(いったいいつまで泣いてるんだろう? 羨ましい体力だ。僕はそろそろ限界なのに)

 ジュライモニアの様子をうかがいながら、アランが心の中で頭を抱える。朔月しんげつを控え、アランの体力は月影となる以前にほぼ近い。

 疲労の感じ方を考えるとそろそろ限界、下手をすれば明日、寝込むかもしれない。

(そうか、朝のシャボン、それに続く花火騒動と、そのあとの反省文、そして校長の説教。ここに来て、訳の判らないお嬢さんのお相手――今日は疲れる事てんこ盛りだった。一日中、緊張していた気がする)

 月影となった今も、月の満ち欠けに影響されて僕は頼りにならないままだ――小さくアランが溜息ためいきいた。

 さて、この高慢こうまんちきで自分勝手なお嬢さんをどうやって追い出すかな、アランが真剣に考え始める。

 出て行けと言っても出て行かないだろう。かと言って捕らえて校長に引き渡すのも気が引ける。もう悪戯いたずらをしないと約束させるだけでいい。

 この我儘わがままな魔女は自分が僕たちにどれほど迷惑をかけたかなんて、きっと自覚がないはずだ。このまま帰せば、必ずまた何かしでかす――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

処理中です...