Till Death Do Us Part ~死がふたりを分かつまで~

九十九 百一

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第一章 キングスレイヤー King Slayer

第一章 キングスレイヤー King Slayer

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 若く美しく聡明な王が死んだ。
「王弟殿下! 殺すのは王だけの約束のはず! 王弟殿下!」
 血刀を下げた近衛隊長が追いすがる。片眼鏡の王弟は、もはや誰はばかることもなく隻眼の近衛隊長をかき抱いた。腰に腕を回し、髪をかきあげ、口づけを迫る。
「殺すのは王だけの約束だったはずだ。王弟殿下」
「これで私が王だ。王の愛人に返り咲いた気分はどうだ?」
 思わず身体をのけぞらせて近衛隊長が拒む。
 王弟は鼻を鳴らし、近衛隊長の頬についた血の雫に舌を這わせた。
 近衛隊長が接吻を拒んだ理由を気にするような男ではない。彼はもう王なのだ。
 むしろ拒まれれば燃えるほうですらある。どうして拒まれたかわからないし、わかる必要性を感じたことなどない。近衛隊長が握りしめていた王冠をひったくるようにもぎとる。
「ふっ、狂王の血などいらぬ。兄の血は根絶やしにしろ」
「王弟殿下!」
 指先で王冠の血をぬぐう。指先の血を舐めて鼻を鳴らした。
 自ら王冠をかぶる。
「余が王である。先王をたぶらかし、狂わせた王子を探し出して殺せ。兵を走らせよ」
「王弟殿下!」
 兵たちが動き始めた。近衛隊長は、走り出した。血刀を下げる近衛隊長をさえぎるものなどいるわけがない。
「兄のものを弟が欲しがるのが世の常とは言え、これはやりすぎだ」
 近衛隊長が額の汗をぬぐった。
 王子の部屋の前で副長が青い顔で待っていた。
「王子は?!」
「中から鍵が。まだ誰も部屋には入っていません」
「どけ。おまえらは来るな。王殺しの罪をかぶるのは俺だけでいい。引き剥がせ」
「隊長殿……」
 重い外開きの扉だ。蹴破れる厚さではない。近衛兵たちがヒンジを斧で壊し、鎖をかけて引き倒した。
 王子の控えの間は、子供から少年へ変わろうとしていた。
 遊具やぬいぐるみは、木剣や少年のサイズの軽い甲冑、武具へおきかえられつつあった。成長とともに次々新しいサイズが隣に並び、段々と背が高くなっていくさまは、微笑ましかった。昨日までは。
 家具の扉を開け、テーブルの下をのぞき、誰も隠れていないか確かめる。
 寝室の扉を蹴破る。内側に仕込まれていた蝶つがい代わりの剣が折れ飛んだ。
 とっさに身をかわした頬先を2本の角矢がかすめる。かつての戦場で王をかばい、矢を受けなくした右目がうずく。よければ、後の王に当たる。あの日、覚悟を決めて甘んじて矢を受けたのだ。王は三日三晩、右目をなくした彼を看病した。彼のイニシャルを眼帯の刺繍は、王手ずから施したものだ。うずくのは忠誠心か、後悔か。
 ベッドの上に2連装の弩が仕掛けられていた。まだあるはずだ。
 そう仕込んだのは、近衛隊長彼自身だ。
 控えの間の家具を担いできて、寝室の絨毯の上に投げ込んだ。
 暗い部屋に爆竹のように絨毯が弾けた。絨毯の下の床は、歯輪石と火薬と弾丸を仕込んだ筒だらけだ。知らずに踏めば、足か股間を撃ち抜かれていただろう。
 蜂の巣になった家具の上を歩きベッドに足をかける。マットレスの中は、裏側から突き刺したナイフとアイスピックだらけのはずだ。飛び乗れば、足を切り刻まれる。
 ベッドの下に、うさぎやクマのぬいぐるみでできた最後の城壁があった。軽い抜身のスティレットが突き出している。隙間からのぞくおびえた青い目に、近衛隊長は安堵の吐息をもらした。まだ生きている。
「誰もいない。王子が逃げたぞ! 探せ! まだ遠くへは行っていないはずだ! 王宮の外へ兵を走らせろ」
 近衛隊長の号令一下、兵士たちが走り出した。王子の部屋から出てきた近衛隊長は、だが、突然苦しみ始めた。筋肉が膨れ上がり、記章がはじけ飛ぶ。
「隊長?!」
「来るなぁぁぁ!」
 近づこうとする副長を静止する手は、太い鉤爪がのび、異様に毛深かった。
 口からは血の泡を突き破り、牙をむく。唸り声はもはや、人ならず。
「隊長! 誰か、隊長が! 医者を、医者をはやく」
「王を守ると誓いを破り、王を殺したキングスレイヤーの末路だ。見ろ、王の呪いだ」
 冷ややかに見つめていた王弟が医者を呼びに行こうとした副長を止める。
 新国王となった王弟を囲む新しい近衛部隊が武器を構えた。
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