略奪の残火(ざんか) 〜異世界転移で得た最強の力は、俺を焼き尽くす毒だった〜

みきもと

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第14話 空隙の盾、略奪の剣

 降りしきる雨が、ヴァルガスの掲げた聖剣の熱量で蒸発し、白い霧となって周囲を包んでいた。
 カイトはリィネを背負ったまま、激しく地面を蹴って横へと飛んだ。

 直後、彼がいた場所を純白の閃光が貫き、岩盤を溶岩のようにドロドロに溶かし去る。

「ほう。泥棒猫の分際で、勘だけは良いらしい」

 ヴァルガスの声には、強者特有の退屈さと、冷徹な蔑みが混ざっていた。
 彼は剣を振るうことさえせず、ただ指先を向けるだけで、常人なら一生をかけて習得するレベルの極大魔法を無造作に連射してくる。

 カイトの右腕は、限界に近い悲鳴を上げていた。
 先ほど国境の門を破壊するために使いすぎたエネルギーの残滓が、皮膚の下で暴れ回り、血管を内側から引き裂こうとしている。

(……クソ。近づけない……!)

 カイトの「略奪」は、対象に触れることで初めて真価を発揮する。
 しかしヴァルガスは、カイトの力を熟知しているかのように、常に一定の距離を保ち、圧倒的な魔力の質量で一方的に押し潰そうとしていた。

「どうした、鼠。その不浄な手で我が魔力を喰らってみせぬのか? ……もっとも、触れる前に貴様の肉体が光の塵と化すのが先だろうがな」

 再び放たれる光の奔流。
 カイトは逃げ切れないと直感した。

 死の白光が視界を埋め尽くそうとしたその時、背中のリィネが、カイトの肩を強く叩いた。

「カイトさん、逃げないで! ……私が、道を造ります!」

 リィネがカイトの背から身を乗り出し、その細い両手を前方に突き出した。
 何の意味もない、魔力を持たぬ少女の抵抗。

 ヴァルガスが嘲笑を浮かべようとした瞬間、不可解な現象が起きた。
 カイトに向かって放たれた絶大な光の魔法が、リィネが広げた「見えない壁」に触れた途端、まるで最初から存在しなかったかのように、音もなく消失したのだ。

「――なっ!? 私の術式が、消滅しただと!?」

 ヴァルガスの驚愕を、カイトは見逃さなかった。
 リィネの体質。

 注いでも溜まらない「空っぽの器」は、向かってくる魔法というエネルギーさえも、その虚無の中に飲み込んで無効化してしまったのだ。

「……リィネ!」

「今です、カイトさん!」

 リィネの顔からは血気が失われ、その白い肌を黒い紋様がより深く蝕んでいく。
 無理やり魔法を飲み込んだ代償は、彼女の肉体を確実に壊そうとしていた。

 カイトは奥歯が砕けるほど噛み締め、爆発的な踏み込みを見せた。
 リィネが切り開いた一瞬の「無魔の空白」。

 カイトはそこを最短距離で駆け抜け、驚愕に目を見開くヴァルガスの懐へと飛び込む。

「不浄が……増長するな!!」

 ヴァルガスが反射的に聖剣を振り下ろす。
 カイトは避けない。

 左肩で剣撃を受け止め、肉が断たれる衝撃を無視して、その右手をヴァルガスの胸部――心臓がある位置へと叩きつけた。

「――奪え!!」

 カイトの右腕の紋様が、かつてないほど真っ赤に激昂した。
 ヴァルガスの体内に蓄積されていた、教国最強を支える至高の魔力。

 それが巨大な滝が逆流するように、カイトの手のひらへと吸い込まれていく。

「が、はっ……あ、あああああああ!!」

 ヴァルガスの端正な顔が、恐怖で歪んだ。
 自分が積み上げてきたすべて、魂の根源とも言える魔力が、底知れぬ深淵へと引きずり込まれていく感覚。

 カイトの体には、ヴァルガスの膨大な魔力が濁流となって流れ込む。器が壊れる。意識が白濁する。
 だが、その瞬間。

「……あ、ぐ……っ、大丈夫、です……流して……私に……!」

 カイトの首筋に触れているリィネの指先から、溢れんばかりの「猛毒」が彼女の方へと吸い出されていく。
 カイトが奪い、リィネが受け止める。

 二人の肉体を繋ぐように魔力が循環し、かつてない規模のエネルギーが二人の間で渦を巻いた。
 光と闇が混ざり合った衝撃が爆発し、国境の検問所を吹き飛ばした。

 爆煙が晴れた後、そこには膝をつき、生気を失って呆然とするヴァルガスの姿があった。
 教国最強の騎士は、もはや指一本動かす魔力さえ残されていなかった。

 カイトは血に汚れた手でリィネを抱き上げ、よろめきながらも崩壊した門の先へと歩み出す。
 背負った彼女の体は驚くほど重く、そして熱い。

「……リィネ、よくやった。……もう、大丈夫だ」

 カイトの視線の先。
 雨雲が切れ、そこには大陸の狭間に横たわる、静まり返った「中央海域」が広がっていた。
 
 自分たちは、一線を越えた。
 もう、後戻りはできない。

 二人は傷だらけのまま、未知なる深淵へと足を踏み入れた。

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