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第16話 静寂の海と、漂流する記憶
番小屋を出た二人の前に広がっていたのは、想像していた「荒ぶる海」とは正反対の光景だった。
中央海域。
そこは、波一つ立たない鏡のような海面が、水平線の彼方まで続く「死した海」だった。
潮の香りは希薄で、魚が跳ねる音も、カモメの鳴き声すらもしない。
ただ、どこか遠くから、低く重い「唸り」のような地鳴りだけが、足の裏を伝って微かに響いてくる。
「……何もない。海なのに、命の気配が全くしないな」
カイトは海岸線に立ち、黒ずんだ水面に右手をかざした。
すると、水面がピクリと反応し、カイトの指先に向かって小さな渦を巻いた。
この海そのものが、微弱な魔力の集合体であり、カイトの「略奪」の力に共鳴しているのだ。
「カイトさん……あそこを見てください」
リィネが指差した先。
波打ち際の流木に混じって、この世界の工芸品とは明らかに異なる「異物」が打ち上げられていた。
カイトは目を見開いた。
それは、塩水で錆びつき、半分砂に埋もれた「金属製の看板」だった。
表面の塗装は剥げ落ちているが、そこには見覚えのある、そしてこの世界にあるはずのない文字が刻まれていた。
『――立入禁止 東京湾岸管理局』
(……バカな。なぜ、日本のものがここに?)
心臓が早鐘を打つ。
自分は異世界に「転移」してきたのだと思っていた。
だが、もしこの世界そのものが、自分のいた世界と何らかの形で繋がっているのだとしたら。
カイトが看板を拾い上げようとした時、背後の岩陰から、低くしわがれた声が響いた。
「それは、この海の『忘れ物』だ。手出ししない方が身のためだぞ」
現れたのは、全身をボロ布のようなマントで覆った老人だった。
その顔は深い皺に刻まれ、片手には奇妙な「六角形のコンパス」を握っている。
老人は、カイトが持つ看板を悲しげな瞳で見つめた後、視線をリィネへと移した。
「……ほう。吸い取り続ける者と、溜まり続ける器か。そんな歪な二人が、この凪の海を渡ろうというのか」
「……あんた、誰だ。なぜ俺たちのことが分かる」
カイトはリィネを背後に隠し、右腕を構えた。
だが、老人は戦う意志を見せず、ただ中央の黒い渦が巻く空を指差した。
「わしはただの渡し守だ。……この海はな、世界の『ゴミ捨て場』なのだよ。消え去った文明、使い果たされた魔力、そして……別の世界から零れ落ちた記憶。すべてはあの中心、神の穿孔へと吸い込まれ、分解される」
老人の言葉に、カイトは息を呑んだ。
ゴミ捨て場。
あの学者が言った「排泄口」という言葉が、より生々しい意味を持って迫ってくる。
「あんたの船で、あの中央まで行けるのか」
「行けるかどうかは、お前さんたち次第だ。……あの渦の先に何があるか、わしも知らん。ある者は『神の都』があると言い、ある者は『地獄の底』だと言う。だがな……」
老人はカイトに一歩近づき、その右腕を指差した。
「お前さんのその力は、あの穴から漏れ出した『欠片』そのものだ。故郷へ帰りたいと、その腕が泣いているのが聞こえるぞ」
カイトは自分の右腕を見つめた。
確かに、中央に近づくにつれ、紋様の疼きは「痛み」から「渇望」へと変わっていた。
吸い取るのではない。融合したいと願うような、抗い難い引力。
「……カイトさん。私、行きたいです」
リィネが、カイトのシャツを強く握った。
彼女の目には、迷いはなかった。
自分を拒絶し、鎖に繋いだこの世界。
その正体が何であれ、彼女はカイトと共にその真実を見届けたいと願っていた。
「……わかった。じいさん、俺たちを連れて行ってくれ。対価なら、この『力』を好きなだけ持っていけ」
「……ふん。わしにはそんな毒、扱えんよ。対価は、お前さんたちがその目で見た『答え』を、いつか誰かに語り継ぐことだ」
老人は岩陰に隠してあった、木製と金属が複雑に組み合わさった小舟を押し出した。
帆はなく、オールもない。
ただ、中心に魔力を流し込むための「核」だけが鎮座している。
カイトとリィネは、迷わずその舟に乗り込んだ。
カイトが核に右手を触れる。
彼から溢れ出した黒い魔力が、舟の底を脈打つように駆け巡り、静かな海面を滑り出すように押し進めた。
背後のエリュシオン大陸が遠ざかり、霧の中に消えていく。
目の前には、空を覆い尽くさんとする巨大な黒い積乱雲――神の穿孔が作り出す、永遠の渦が待ち構えていた。
そこが街なのか、それとも無なのか。
二人の運命を乗せた小舟は、世界の中心へと吸い込まれていった。
中央海域。
そこは、波一つ立たない鏡のような海面が、水平線の彼方まで続く「死した海」だった。
潮の香りは希薄で、魚が跳ねる音も、カモメの鳴き声すらもしない。
ただ、どこか遠くから、低く重い「唸り」のような地鳴りだけが、足の裏を伝って微かに響いてくる。
「……何もない。海なのに、命の気配が全くしないな」
カイトは海岸線に立ち、黒ずんだ水面に右手をかざした。
すると、水面がピクリと反応し、カイトの指先に向かって小さな渦を巻いた。
この海そのものが、微弱な魔力の集合体であり、カイトの「略奪」の力に共鳴しているのだ。
「カイトさん……あそこを見てください」
リィネが指差した先。
波打ち際の流木に混じって、この世界の工芸品とは明らかに異なる「異物」が打ち上げられていた。
カイトは目を見開いた。
それは、塩水で錆びつき、半分砂に埋もれた「金属製の看板」だった。
表面の塗装は剥げ落ちているが、そこには見覚えのある、そしてこの世界にあるはずのない文字が刻まれていた。
『――立入禁止 東京湾岸管理局』
(……バカな。なぜ、日本のものがここに?)
心臓が早鐘を打つ。
自分は異世界に「転移」してきたのだと思っていた。
だが、もしこの世界そのものが、自分のいた世界と何らかの形で繋がっているのだとしたら。
カイトが看板を拾い上げようとした時、背後の岩陰から、低くしわがれた声が響いた。
「それは、この海の『忘れ物』だ。手出ししない方が身のためだぞ」
現れたのは、全身をボロ布のようなマントで覆った老人だった。
その顔は深い皺に刻まれ、片手には奇妙な「六角形のコンパス」を握っている。
老人は、カイトが持つ看板を悲しげな瞳で見つめた後、視線をリィネへと移した。
「……ほう。吸い取り続ける者と、溜まり続ける器か。そんな歪な二人が、この凪の海を渡ろうというのか」
「……あんた、誰だ。なぜ俺たちのことが分かる」
カイトはリィネを背後に隠し、右腕を構えた。
だが、老人は戦う意志を見せず、ただ中央の黒い渦が巻く空を指差した。
「わしはただの渡し守だ。……この海はな、世界の『ゴミ捨て場』なのだよ。消え去った文明、使い果たされた魔力、そして……別の世界から零れ落ちた記憶。すべてはあの中心、神の穿孔へと吸い込まれ、分解される」
老人の言葉に、カイトは息を呑んだ。
ゴミ捨て場。
あの学者が言った「排泄口」という言葉が、より生々しい意味を持って迫ってくる。
「あんたの船で、あの中央まで行けるのか」
「行けるかどうかは、お前さんたち次第だ。……あの渦の先に何があるか、わしも知らん。ある者は『神の都』があると言い、ある者は『地獄の底』だと言う。だがな……」
老人はカイトに一歩近づき、その右腕を指差した。
「お前さんのその力は、あの穴から漏れ出した『欠片』そのものだ。故郷へ帰りたいと、その腕が泣いているのが聞こえるぞ」
カイトは自分の右腕を見つめた。
確かに、中央に近づくにつれ、紋様の疼きは「痛み」から「渇望」へと変わっていた。
吸い取るのではない。融合したいと願うような、抗い難い引力。
「……カイトさん。私、行きたいです」
リィネが、カイトのシャツを強く握った。
彼女の目には、迷いはなかった。
自分を拒絶し、鎖に繋いだこの世界。
その正体が何であれ、彼女はカイトと共にその真実を見届けたいと願っていた。
「……わかった。じいさん、俺たちを連れて行ってくれ。対価なら、この『力』を好きなだけ持っていけ」
「……ふん。わしにはそんな毒、扱えんよ。対価は、お前さんたちがその目で見た『答え』を、いつか誰かに語り継ぐことだ」
老人は岩陰に隠してあった、木製と金属が複雑に組み合わさった小舟を押し出した。
帆はなく、オールもない。
ただ、中心に魔力を流し込むための「核」だけが鎮座している。
カイトとリィネは、迷わずその舟に乗り込んだ。
カイトが核に右手を触れる。
彼から溢れ出した黒い魔力が、舟の底を脈打つように駆け巡り、静かな海面を滑り出すように押し進めた。
背後のエリュシオン大陸が遠ざかり、霧の中に消えていく。
目の前には、空を覆い尽くさんとする巨大な黒い積乱雲――神の穿孔が作り出す、永遠の渦が待ち構えていた。
そこが街なのか、それとも無なのか。
二人の運命を乗せた小舟は、世界の中心へと吸い込まれていった。
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