幽霊になっても、俺は娘に逢いにゆく

星 陽月

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【第58話】

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「おじさん」

 高木がしようとしていることを知って、康太郎が声をかけた。

「いいんだ。なにも言うな」

 高木はゆかりを背後から抱きかかえるようにして腕を回した。
 だが、それは虚しい行為だった。
 どんなに抱きしめようとしてみても、高木の腕はゆかりの身体をすり抜けてしまう。
 それが無駄なことだとわかっていても、それでも高木は、なんどもなんども、愛しい娘を抱きしめようとした。
 いじらしいまでのその姿に、康太郎は胸がいっぱいになって、もう何も口にすることはできなかった。
 高木は諦めようとしない。
 けれど、どれだけあがこうとも無理なものはどうあっても無理であった。
 高木は悲しくなった。
 会いたかった娘がここにいるというのに、抱くことも触れることさえもできないのだ。
 そうなることはわかっていたことだが、現実はやはり残酷だった。

 どうしてだ。どうして俺は死んじまったんだ……。

 またもそんなことを思う。
 そう思ったところでどうなるわけでもないというのに。

 一度でいいんだ……。
 たった一度だけ、この腕でゆかりを抱くことができれば、それで……。

 切実なその想いは胸を締めつけた。
 悔しくてならなかった。
 高木は悲痛に瞼を閉じた。

「おじさん、行こう」

 康太郎がまたも声をかけた。
 べつに急かしたわけではない。
 ただもうそれ以上、無駄だと知りながらもくり返す高木の行為を見たくはなかった。
 悲しいその行為は、康太郎をも悲しくさせる。

「そうだな……」

 ようやく諦めがついたのか、高木はゆかりから離れようとした。
 そのときだった。
 手を引いたほんの一瞬、指先がゆかりの髪に触れた。

「いまの見たか」

 思わず高木は、康太郎に訊いた。
 康太郎はわけがわからずきょとんとしている。

「指が触れただろ? いま、ゆかりの髪によ」

 と言われても、それは一瞬のことだったのでわからない。
 康太郎は見てないよというように首をふった。

「ったく、なんだよ。だったら、ちゃんと見てろよ」

 高木はもう一度、ゆかりの髪に指を伸ばした。
 だが、ためらうかのように伸ばした指先は、それまでとなんら変わらず、ただすり抜けてしまうだけだった。

 いま、確かに触れたじゃねえかよ……。
 自分の手のひらをかざすように見る。
 当然のことだが、高木の手のひらは透けていた。

 クソッ、なんでだよ……。
 悔しさよりも落胆のほうが大きかった。
 肉体もないのに、全身から力が抜けていくような気がした。
 と、そのとき、

 そうだよ……。

 ふいに、あることを思い出した。

 俺はこの透けた手で、秀夫の首を絞めたじゃねえか……。


 そう、確かに高木は秀夫の首を絞めた。
 それも二度。
 それは、まぎれもない事実だ。
 どうしてそんなことができたのかはわからない。
 ただ、そのときはつい頭に血がのぼって、気づくと感情の赴くままに秀夫の首を絞めていた。
 それでもそれは長くつづかず、その手は意思とは裏腹にすり抜けてしまったが、首を絞めたその感触が残っている。

 だったらよ……。

 高木はもう一度、透けた手のひらを見つめた。
 秀夫の首を絞めることができたのならば、ゆかりを抱くことだってできるはずではないか。
 その思いに気持ちが昂った。
 すると、どうだろう。
 心の高揚とともに、なにやら胸のあたりが暖かくなってくるのを感じた。
 それはかすかながらにゆっくりと広がっていくようだった。

 なんだ、なにが起きてる……。

 そう思った一瞬、なぜか熱はすぐに消えてしまった。
 だが、ここで焦ってはいけない。
 高木は細く息を吐き、精神を集中させた。
 一切の雑念をとり払って。
 するとまた、胸の奥から暖かいものが螺旋を描きながら広がり始めた。
 その熱は全身へと広がっていくようだった。

「おじさん、どうなってるの?」

 高木に起きていることが、康太郎にも見えるらしい。

「俺にも、わからねえよ」

 高木の身体は、光の薄いベールのようなものに包まれていた。
 それを消してはならないと、高木は精神を集中させつづけた。
 そうすると、まるで肉体があるかのような感覚が甦ってきた。
 そっと、ゆかりを抱きしめてみる。
 指先が触れた。
 感触があった。
 その腕は、しっかりとゆかりを抱きしめていた。
 このうえない歓びに、高木は打ち震えた。
 と、

「パパ……」

 ゆかりが呼んだ。
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