51 / 69
番外編
オカルトじみた集まりの謎2/光志視点
しおりを挟む
スケジュール調整をしてくれたマネージャーや、バンドメンバー達の顔が、ふと頭の中を過った。
久々に出来たまとまった休日を、あいつらは一体どう過ごしているんだろう。
なんて、柄にもなく考えてしまう程、自分は暇を持て余しているのかもしれない。
そんな現実を認識した光志は、ベッドから降りると、部屋の隅に置きっぱなしにしていた荷物へ近づく。そして、その中から持参したタオルや着替え一式を取り出していく。
(とりあえず、シャワーでも浴びて頭の中切り替えるか)
ベッドの上に放り投げたままの資料には目もくれず、そのまま必要な物を手に取ると足早にバスルームへ向かった。
シャワーを浴びてスッキリし、着替えを済ませた彼はすぐに洗面台の前に立つ。
そのまま、光志はダークブラウンに染めた髪をヘアワックスで無造作にスタイリングし始めた。
数分もすれば、鏡の中にあわられるのはロックシンガー藤沢光志だ。
だけど、その瞳に光は宿っていない。
観客を前に、仲間と共に作った歌に想いを乗せて奏でる時の熱量も、バンドメンバー達とバカ話をしている時の楽しさも無い。
光志の心に巣くうのは、一種の虚無感。
「……はあ」
自分以外誰も居ない部屋のはずなのに、いつ誰が尋ねてくるかわからないと思うと、心から安らげない。
その想いが、いつも自宅を出る直前に押すスイッチを押させた。
ヘアワックスを使ったスタイリングは、光志にとって意識の切り替え作業だ。
ただの藤沢光志から、ロックシンガー藤沢光志へ。彼は毎日意識を切り替えている。
昔から人付き合いが苦手で、そんな自分の周りに集まってきた物好きな男達とバンドを組んだ。
元々音楽は好きだったし、歌うことも自分の中に溜まったフラストレーションを発散させるには最適で、気づけばバンド活動にのめり込んでいった。
しばらくして、物は試しだとライブハウスで観客を前に自分達で作った歌を披露した。すると、ファンと言ってくれる奴らが出来た。
そのことが、純粋に嬉しかった。胸が熱くなった、感動したと言ってもらうと、聞いているこっちまで感情が昂りそうになった。
観客を前に歌う快感を知った光志たちをスカウトしたのは、今の所属事務所。
音楽以外何のとりえもない男共を拾ってくれた恩と、自由に曲作りをさせてくれる事への感謝。
そして、不器用な自分のそばに居続けてくれる仲間たちのため、ブロシャの歌が好きだと言ってくれるファンのため、光志はこれまで歌い続けてきた。
そんな彼のもとに届いた政府からの手紙。それが、この集まりへの招待だった。
光志にとって、招待状を貰うのは今回が初めてじゃない。
今までに四回、同じ内容の招待状を受け取ったことがある。そして彼は、ことごとくそれを無視し続けてきた。
そして、五回目の手紙を受け取った時、マネージャーからこんな一言を言われたのだ。
『その手紙、また来たの!? 光志君……もうこの際、一回くらい参加してみたら? ほら、一度参加しちゃえば、もう招待状も来なくなるかもよ』
前任のマネージャーから数年前に仕事を受け継いだ現在のマネージャーは、割と温和な人間で良い意味合い込みでメンバー達に時々からかわれおもちゃにされている。
本人もそれを良しとしているし、仕事はこれでもかというくらい出来る男なので、光志も文句を言ったことは無かった。
今回、一週間休みを取ったのも、彼の助言があってこそだ。
一度参加すれば、もう招待状は来ない。マネージャーも自分も、そう思い込んでいた。
それなのに――。
『以前は、二回連続で参加者に選ばれた人もいましたね』
「また招待状が来るんじゃねえかっ!」
どこかきな臭ささえ感じる晴れやかな笑みを浮かべ、参加者へ概要を説明していた男。
その胡散臭い笑顔を思い出した瞬間、光志の右ストレートが鏡の真横の壁を殴りつける。
政府の施設ということをすっかり忘れた彼は、拳から全身の神経を伝って脳へ届いた痛みに思わず呻き声をあげそうになった。
そして、口から飛び出しそうになる声を寸前で堪え、ジンジンと痛む拳を左手で庇いながら、ズルズルと洗面台に凭れるように床の上へ座りこむ。
シャワーを浴びてスッキリしたはずの心に、またモヤモヤとした嫌な感情がうごめき始めたと気づいたのは、右手の痛みがようやく引き始めた頃。
これから一週間、必要な時以外はこの部屋から出ない。そう光志が決断するまで、時間はかからなかった。
ここへ来るまでの間、帽子とサングラスで変装してきたおかげか、今自分の正体を知っているのはバスで隣に座った男と、政府の連中くらいだ。
これ以上素性がバレて、騒がれるのは御免だ。
どうせ暇になるのなら、新曲用の作詞でもしていた方がいい。
他の参加者達が、あの説明を受けてどう立ち振る舞うか一切興味のない光志は、引きこもりを続行した。
荷物の中から取り出した新品のノートに、今回の摩訶不思議な集まりに対する不満をぶちまけ、そこからインスピレーションでも湧けばいい。
そう思い、ガムシャラにペンを走らせる。
そして時間は過ぎていき、壁掛け時計が時間を刻む音も、ペンがノートの上をすべる音も、いつの間にか彼の耳には届かなくなっていた。
久々に出来たまとまった休日を、あいつらは一体どう過ごしているんだろう。
なんて、柄にもなく考えてしまう程、自分は暇を持て余しているのかもしれない。
そんな現実を認識した光志は、ベッドから降りると、部屋の隅に置きっぱなしにしていた荷物へ近づく。そして、その中から持参したタオルや着替え一式を取り出していく。
(とりあえず、シャワーでも浴びて頭の中切り替えるか)
ベッドの上に放り投げたままの資料には目もくれず、そのまま必要な物を手に取ると足早にバスルームへ向かった。
シャワーを浴びてスッキリし、着替えを済ませた彼はすぐに洗面台の前に立つ。
そのまま、光志はダークブラウンに染めた髪をヘアワックスで無造作にスタイリングし始めた。
数分もすれば、鏡の中にあわられるのはロックシンガー藤沢光志だ。
だけど、その瞳に光は宿っていない。
観客を前に、仲間と共に作った歌に想いを乗せて奏でる時の熱量も、バンドメンバー達とバカ話をしている時の楽しさも無い。
光志の心に巣くうのは、一種の虚無感。
「……はあ」
自分以外誰も居ない部屋のはずなのに、いつ誰が尋ねてくるかわからないと思うと、心から安らげない。
その想いが、いつも自宅を出る直前に押すスイッチを押させた。
ヘアワックスを使ったスタイリングは、光志にとって意識の切り替え作業だ。
ただの藤沢光志から、ロックシンガー藤沢光志へ。彼は毎日意識を切り替えている。
昔から人付き合いが苦手で、そんな自分の周りに集まってきた物好きな男達とバンドを組んだ。
元々音楽は好きだったし、歌うことも自分の中に溜まったフラストレーションを発散させるには最適で、気づけばバンド活動にのめり込んでいった。
しばらくして、物は試しだとライブハウスで観客を前に自分達で作った歌を披露した。すると、ファンと言ってくれる奴らが出来た。
そのことが、純粋に嬉しかった。胸が熱くなった、感動したと言ってもらうと、聞いているこっちまで感情が昂りそうになった。
観客を前に歌う快感を知った光志たちをスカウトしたのは、今の所属事務所。
音楽以外何のとりえもない男共を拾ってくれた恩と、自由に曲作りをさせてくれる事への感謝。
そして、不器用な自分のそばに居続けてくれる仲間たちのため、ブロシャの歌が好きだと言ってくれるファンのため、光志はこれまで歌い続けてきた。
そんな彼のもとに届いた政府からの手紙。それが、この集まりへの招待だった。
光志にとって、招待状を貰うのは今回が初めてじゃない。
今までに四回、同じ内容の招待状を受け取ったことがある。そして彼は、ことごとくそれを無視し続けてきた。
そして、五回目の手紙を受け取った時、マネージャーからこんな一言を言われたのだ。
『その手紙、また来たの!? 光志君……もうこの際、一回くらい参加してみたら? ほら、一度参加しちゃえば、もう招待状も来なくなるかもよ』
前任のマネージャーから数年前に仕事を受け継いだ現在のマネージャーは、割と温和な人間で良い意味合い込みでメンバー達に時々からかわれおもちゃにされている。
本人もそれを良しとしているし、仕事はこれでもかというくらい出来る男なので、光志も文句を言ったことは無かった。
今回、一週間休みを取ったのも、彼の助言があってこそだ。
一度参加すれば、もう招待状は来ない。マネージャーも自分も、そう思い込んでいた。
それなのに――。
『以前は、二回連続で参加者に選ばれた人もいましたね』
「また招待状が来るんじゃねえかっ!」
どこかきな臭ささえ感じる晴れやかな笑みを浮かべ、参加者へ概要を説明していた男。
その胡散臭い笑顔を思い出した瞬間、光志の右ストレートが鏡の真横の壁を殴りつける。
政府の施設ということをすっかり忘れた彼は、拳から全身の神経を伝って脳へ届いた痛みに思わず呻き声をあげそうになった。
そして、口から飛び出しそうになる声を寸前で堪え、ジンジンと痛む拳を左手で庇いながら、ズルズルと洗面台に凭れるように床の上へ座りこむ。
シャワーを浴びてスッキリしたはずの心に、またモヤモヤとした嫌な感情がうごめき始めたと気づいたのは、右手の痛みがようやく引き始めた頃。
これから一週間、必要な時以外はこの部屋から出ない。そう光志が決断するまで、時間はかからなかった。
ここへ来るまでの間、帽子とサングラスで変装してきたおかげか、今自分の正体を知っているのはバスで隣に座った男と、政府の連中くらいだ。
これ以上素性がバレて、騒がれるのは御免だ。
どうせ暇になるのなら、新曲用の作詞でもしていた方がいい。
他の参加者達が、あの説明を受けてどう立ち振る舞うか一切興味のない光志は、引きこもりを続行した。
荷物の中から取り出した新品のノートに、今回の摩訶不思議な集まりに対する不満をぶちまけ、そこからインスピレーションでも湧けばいい。
そう思い、ガムシャラにペンを走らせる。
そして時間は過ぎていき、壁掛け時計が時間を刻む音も、ペンがノートの上をすべる音も、いつの間にか彼の耳には届かなくなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる