怪しい高額バイトをしていたら、運命のつがいに出会いました

雪宮凛

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番外編

オカルトじみた集まりの謎2/光志視点

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 スケジュール調整をしてくれたマネージャーや、バンドメンバー達の顔が、ふと頭の中を過った。
 久々に出来たまとまった休日を、あいつらは一体どう過ごしているんだろう。
 なんて、柄にもなく考えてしまう程、自分は暇を持て余しているのかもしれない。
 そんな現実を認識した光志は、ベッドから降りると、部屋の隅に置きっぱなしにしていた荷物へ近づく。そして、その中から持参したタオルや着替え一式を取り出していく。

(とりあえず、シャワーでも浴びて頭の中切り替えるか)

 ベッドの上に放り投げたままの資料には目もくれず、そのまま必要な物を手に取ると足早にバスルームへ向かった。


 シャワーを浴びてスッキリし、着替えを済ませた彼はすぐに洗面台の前に立つ。
 そのまま、光志はダークブラウンに染めた髪をヘアワックスで無造作にスタイリングし始めた。
 数分もすれば、鏡の中にあわられるのはロックシンガー藤沢光志だ。
 だけど、その瞳に光は宿っていない。
 観客を前に、仲間と共に作った歌に想いを乗せて奏でる時の熱量も、バンドメンバー達とバカ話をしている時の楽しさも無い。
 光志の心に巣くうのは、一種の虚無感。

「……はあ」

 自分以外誰も居ない部屋のはずなのに、いつ誰が尋ねてくるかわからないと思うと、心から安らげない。
 その想いが、いつも自宅を出る直前に押すスイッチを押させた。
 ヘアワックスを使ったスタイリングは、光志にとって意識の切り替え作業だ。
 ただの藤沢光志から、ロックシンガー藤沢光志へ。彼は毎日意識を切り替えている。

 昔から人付き合いが苦手で、そんな自分の周りに集まってきた物好きな男達とバンドを組んだ。
 元々音楽は好きだったし、歌うことも自分の中に溜まったフラストレーションを発散させるには最適で、気づけばバンド活動にのめり込んでいった。
 しばらくして、物は試しだとライブハウスで観客を前に自分達で作った歌を披露した。すると、ファンと言ってくれる奴らが出来た。
 そのことが、純粋に嬉しかった。胸が熱くなった、感動したと言ってもらうと、聞いているこっちまで感情が昂りそうになった。
 観客を前に歌う快感を知った光志たちをスカウトしたのは、今の所属事務所。
 音楽以外何のとりえもない男共を拾ってくれた恩と、自由に曲作りをさせてくれる事への感謝。
 そして、不器用な自分のそばに居続けてくれる仲間たちのため、ブロシャの歌が好きだと言ってくれるファンのため、光志はこれまで歌い続けてきた。

 そんな彼のもとに届いた政府からの手紙。それが、この集まりへの招待だった。
 光志にとって、招待状を貰うのは今回が初めてじゃない。
 今までに四回、同じ内容の招待状を受け取ったことがある。そして彼は、ことごとくそれを無視し続けてきた。
 そして、五回目の手紙を受け取った時、マネージャーからこんな一言を言われたのだ。

『その手紙、また来たの!? 光志君……もうこの際、一回くらい参加してみたら? ほら、一度参加しちゃえば、もう招待状も来なくなるかもよ』

 前任のマネージャーから数年前に仕事を受け継いだ現在のマネージャーは、割と温和な人間で良い意味合い込みでメンバー達に時々からかわれおもちゃにされている。
 本人もそれを良しとしているし、仕事はこれでもかというくらい出来る男なので、光志も文句を言ったことは無かった。
 今回、一週間休みを取ったのも、彼の助言があってこそだ。

 一度参加すれば、もう招待状は来ない。マネージャーも自分も、そう思い込んでいた。
 それなのに――。

『以前は、二回連続で参加者に選ばれた人もいましたね』

「また招待状が来るんじゃねえかっ!」

 どこかきな臭ささえ感じる晴れやかな笑みを浮かべ、参加者へ概要を説明していた男。
 その胡散臭い笑顔を思い出した瞬間、光志の右ストレートが鏡の真横の壁を殴りつける。
 政府の施設ということをすっかり忘れた彼は、拳から全身の神経を伝って脳へ届いた痛みに思わず呻き声をあげそうになった。
 そして、口から飛び出しそうになる声を寸前で堪え、ジンジンと痛む拳を左手で庇いながら、ズルズルと洗面台に凭れるように床の上へ座りこむ。
 シャワーを浴びてスッキリしたはずの心に、またモヤモヤとした嫌な感情がうごめき始めたと気づいたのは、右手の痛みがようやく引き始めた頃。





 これから一週間、必要な時以外はこの部屋から出ない。そう光志が決断するまで、時間はかからなかった。
 ここへ来るまでの間、帽子とサングラスで変装してきたおかげか、今自分の正体を知っているのはバスで隣に座った男と、政府の連中くらいだ。

 これ以上素性がバレて、騒がれるのは御免だ。
 どうせ暇になるのなら、新曲用の作詞でもしていた方がいい。

 他の参加者達が、あの説明を受けてどう立ち振る舞うか一切興味のない光志は、引きこもりを続行した。
 荷物の中から取り出した新品のノートに、今回の摩訶不思議な集まりに対する不満をぶちまけ、そこからインスピレーションでも湧けばいい。
 そう思い、ガムシャラにペンを走らせる。
 そして時間は過ぎていき、壁掛け時計が時間を刻む音も、ペンがノートの上をすべる音も、いつの間にか彼の耳には届かなくなっていた。
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