【R-18】八年執着されましたが、幸せです

臣桜

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一つ、提案させてもらっていいだろうか?

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 ラグジュアリーホテルだからこそ、その中に抱えているレストランやカフェで出す物にも価値がつく。

 星付きレストランで修業したシェフやパティシエを雇っているのは勿論、宿泊しない一般客が〝至高のK〟だからこそ求める魅力がある。

「甘い物を食べると気持ちが安らぐから、食べて」

「い、いただきます……」

 テーブルの上にショートケーキとコーヒーカップが置かれる。
 きちんとミルクポットと砂糖もあった。

 暁人はケーキを食べず、コーヒーをブラックで飲む。

「さっきも言った通り、この部屋は私物化しているから、コーヒーの粉も好きな物を自由に置いているんだ」

「そうなんですね」

 いまだ暁人に対して、どの程度の距離感で接したらいいのか分からない。

 ひとまず「いただきます」ともう一度呟いて会釈をしてから、ミルクを入れたノンシュガーのコーヒーを飲み、恐れ多いと思いながらケーキにフォークを入れた。

 食べている間、暁人は世間話をしてくれた。
 この部屋にまつわる情報や、ケーキや一階にあるラウンジカフェについてなど。

 やがて食べ終わって、温かいコーヒーで体が温まった頃、彼が切り出した。

「どうして具合を悪くしていたのか、聞いても?」

 尋ねられ、芳乃は「とても私的な事なのですが……」と前置きして、帰国したあとに父が亡くなった事など、一連の出来事を話した。

 さすがに面接を受けた以上、〝ゴールデン・ターナー〟を失恋が原因で辞めたとは言えなかったが。

「……大変だったね。俺も投資をしているから、暴落の時期と理由は分かっている。それで、資産はどれぐらいマイナスに?」

「…………」

 自分でも青ざめる額なので、なかなか言えない。

「三百万ぐらい?」

 尋ねられた金額に、芳乃は顔を左右に振る。

「五百? 八百?」

 数字を調整してさらに尋ねる彼に、手間を掛けさせるのも申し訳ないと思い、勇気を出して口を動かした。

「……は、……八千……万……」

 目の前で暁人が無言で目を見開く。
 信じられない金額だが、現実だ。

「父が興味を持って『教えてほしい』と言われた時から、もっと慎重にリスクについて話すべきだったんです。それなのに、自分が得た知識を披露するのが気持ちよくて、一番大切なところを強調するのを忘れてしまっていました」

 芳乃は膝の上に置いた手で、ゆっくりと拳を握り震わせる。

「……どうしたらいいのか、分からないんです。私がNYに行っていた間、家族にただでさえ心配させていたというのに、私のせいで父が借金を作ってしまって……。母はもっとパートを増やすと言っていますが、がむしゃらに働いて体を壊したら元も子もありません。弟は都内で働いていて、結婚を考えている彼女がいます。ですが家に借金があると知れば、いくら愛していても避けられるかもしれません。……どうして、何もかも失う前に時間が戻ってくれないんだろうって……」

 話しているうちに、感情の収拾が付かなくなってポロポロと涙が零れる。

「……すみません……。こんな女、雇いたくないですよね……。諦めますから……っ」

 化粧をしていたのも忘れて泣いてしまったので、マスカラが滲んでしまっているかもしれない。

(こんな格好いい人の前で、情けない姿を晒したくなかった)

 誰よりも自分に失望しているのは、芳乃自身だ。

 自分は何をやらせても、人並み以上にできるという驕りがあった。
 人生はすべてうまくいくなど思い込んでいた自分が、恥ずかしくて堪らない。

 ――情けない。

 新たな涙が手に滴った時、立ち上がった暁人が蒔絵のティッシュボックスを持ってきた。

「まず、涙を拭いて」

 言われて、頷くとティッシュをもらって涙を拭き、鼻をかんだ。

「一つ、提案させてもらっていいだろうか?」

「はい」

 彼がどう感じたか分からないが、ここまで立ち入った事を話してしまった以上、彼にも何かしら言う権利がある。

 ――きっと、軽蔑されたに違いない。

 覚悟していた時、彼が尋ねてくる。

「君の元々の売却前の資産は?」

「……八百万ほどです」

「じゃあ、俺が二億出す」

「えっ!?」

 彼の言っている事が理解できず、思わず声が出た。
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