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しおりを挟む「僕は処女です!」
「嘘だろ」
はなから信じてないような態度を見て、僕は本当に頭にくる。
「本当です」
それでも癇癪を起こさなかったのは、運命の番に出会って、少しでも自分をよく見せたいからだ。徐々に薬が効いてきて、落ち着いてきたのもある。
「……」
僕は本当のことしか言ってないのに、信じてくれないなんてこの人は本当に運命の番なのだろうか。
目の奥がじわじわと熱くなり、ぐっと奥歯を噛み締める。そうしないと、涙が溢れ出てしまいそうだった。
「信じてないなら、それでも良いです。でも、僕は本当のことしか言ってません!」
何か言わなきゃと思って口を開けば、同時に涙が溢れ出てしまう。泣きたくなんてないのに、今は何故か感情の起伏が激しくて抑えられなかった。
「わ、泣くな!」
「泣いてまへんっ!」
なんか語尾が変になったが、気にしていられない。溢れた涙を拭うことに必死になっていた。
「わ、悪かった。俺が悪かったから泣き止んでくれ」
「僕は、……処女です」
「信じる!」
今度は間髪入れず、頷かれる。
「……そんなに簡単に信じて、会社経営とか出来るんですか?」
信じて貰えたのは嬉しいが、ちょっと心配になった。
「なんだと!? やっぱり嘘だったのか!」
「僕が処女なのは本当ですけど。でも凪さんは社会人で会社経営してるんですよね? 泣いた相手のことそんなに簡単に信用してると、都合の悪いことがあった時、泣いて誤魔化されたり騙されちゃうんじゃないかって心配になります」
「……仕事には仲間がいて、経営はそいつがやってる」
「そうなんですね。あ、ティッシュ見つけた」
ベッドのヘッドボードには物が置けるようになっていて、そこにティッシュペーパーが置かれていた。助かったと思いつつ、何枚か引き抜いて鼻をかむ。
「……オメガは鼻をかんだり、トイレに行かないんじゃないのか?」
「オメガも人間ですから、鼻もかむし、トイレも行きますよ。もしかして、前時代的思考の持ち主で、オメガは性欲処理の……」
「違う! オメガっていうのは、こう、庇護欲をそそって、可愛くて、守ってやりたくなるような繊細さがあって……お前……きみは見た目はそんな感じだが、ちょっと違うな」
話し方を丁寧にしようとしているが、最後の言葉で台無しだ。
「きみじゃなくて、朝日と呼んでください」
「……朝日は少し変わってると言われないか?」
「そんなこと言われたことないです。あ、でも、運命を待ってるって言ったら、友達から『寝言は寝て言え』って言われたことならあります」
「その友人は大切にした方がいい。耳に痛い助言をくれる相手は、貴重だからな」
「はい。大好きな友達です」
歯に衣着せぬ物言いをするが、それでも友達は朝日のことをとても大事にしてくれた。高校卒業後、アルファと番となって今はあんまり会えなくなったが、今日運命の番に会えたことは報告するつもりだ。
「人が入っているトイレのドアを親の仇みたいに叩いてきたり、いきなり抱きついてきたり……変わったオメガだな」
「運命の番に出会ったんですから、誰でもそれくらいやります」
あの時は場所があるトイレなんて全然考えられなかった。目の前の良い香りのするアルファのそばに行きたいと体が勝手に動いていた。
「そうか?」
「そうです!」
変わったオメガなんて思われたくない。自分たちは運命だ。惹かれ合うはずなのに、ベッドに座ってのほほんと話している今が信じられない。
「……落ち着てきたみたいだな」
「そうですね」
あの強烈な感覚は薄れてきたけれど、それでも目の前のアルファに惹かれる気持ちは続いている。
「あの、……僕はあなたをもっと知りたいです。あなたが運命を……フェロモンがわからなくても、このままあなたが去っていくのを黙って見ていることなんて出来ない」
運命がわからないと、凪さんは言っていた。でも、僕にはわかる。この人は運命の番だ。今その手を離したらもう二度と会えないような気がした。
「……朝日」
「もし、嫌だと言われたら、凪さんのストーカーになる未来が見えます!」
「やめろ!」
叫ぶように制止されて、僕はしょんぼりする。やはり犯罪はいけない。
「……わかってます。凪さんの迷惑にならないようにこっそりひっそりにしますから。あ、でも三ヶ月に一回でいいので、洗濯前のシャツを頂けませんか?」
「……聞くのが怖いが、その、預けたシャツはなんに使われるんだ?」
「僕の発情期のおかずですけど」
「やっぱり! お断りだ! いや待て、さっきストーカーはこっそりひっそりとか言ってなかったか? どちらも却下だ!」
「……ダメ、ですか」
また目の奥がチクチク痛む。僕の涙腺はどうなってしまったのだろう。いつもなら泣くことなんてなかったのに、これも運命の番だからだろうか。
「ス、ストーカーは犯罪行為だ」
「……なら、一日一回メッセージ送るのはどうでしょう?」
「良いだろう。……いや待て。一日一回? 一ヶ月に一回だ!」
「……せめて一週間、うーん、三日に一回……、でもやっぱり一日一回くらいはしたいです。十行以内にしますから!」
「十行!? 多い、三行だ!」
「せめて、七行!」
「五行だ!」
「ではそれで! 一日一回、五行までのメッセージにします! ありがとうございます、凪さん!」
一日一回、凪さんにメッセージを送って良いなんて幸せだ。しかも、五行も送って良いなんて太っ腹。
「押し切られてしまった。……う、なんでこんなことに……」
「じゃあ、アドレス交換しましょう!」
やっぱり断る! なんて言われたくなくて、僕は素早く携帯端末を取り出す。凪さんも諦めたように取り出して、僕たちは友達になった。
「これからよろしくお願いします!」
「……ああ」
疲れたように返事をする凪さんを見て、ちょっと強引すぎたかと自分の行いを少し反省する。
「あの、お仕事ありますよね。僕は大丈夫なので、行ってください」
自分からそう促した筈なのに、胸がズキンと痛む。でも、一日一回のメッセージを送れるし、仕事場の名刺だって手に入れた。今離れても縁は切れないと自分に言い聞かせる。
憧れていた運命の番に出会えたら、きっとその後は薔薇色の人生が待っていると思っていた。でもそれが全く思いもよらない展開になったから、気に入らないのだ。
自分勝手でわがままなオメガなんて思われたくなくて、僕はきゅっと唇を噛み締めて「行かないで」と言いそうになるもう一人の自分を抑えつける。
「はあ……送っていく」
「でも……」
「まだ顔色が悪い。無理やり薬で発情状態を抑えつけている状態だからな。……すまん、勝手に触れた」
僕の前に立った凪さんは、目の下を指の背で撫でてくれる。運命の番に触れられることが気持ちよくて、いつもなら勝手に自分に触れる相手には辛辣な言葉をかけるのに、もっと、と言いたくなる。
「……あ、の」
「車で送る。あ、っと……俺に家を知られたくないなら、タクシーに乗せる。そっちが……」
良ければ、と続く言葉を僕は咄嗟に遮る。
「送って欲しいです!」
もっと一緒にいたかった。タクシーに乗って一人で帰るなんて考えられない。
「あ、すみません。わがままを……言いました。タクシーに乗ります」
凪さんにとって、僕は訳の分からないことばかり言うただの、見知らぬオメガだろう。それかわかるから、僕はぎゅっと手を握りしめ俯く。
「あー……心配だから送っていく。このまま帰して何かあった方が後味が悪い」
パッと顔を上げて見つめれば、耳の先を赤くした凪さんが視線を逸らしていた。
「ありがとうございます」
嬉しくて飛び上がりそうになりながら、僕はきちんと礼を伝える。本当は凪さんに抱きたくて手のひらがむずむずしたが、抑制剤のおかげか思考力が戻ってきていた。
ゆっくりと立ち上がれば、目眩もしない。少し、体がほてっているが立てなくもない。一歩踏み出すことも出来てホッとした。
「……手を」
「え?」
「転ぶと危ない」
「……はい」
そっと手を差し出され、僕は瞬きを繰り返しながら視線を上げれば、ごまかすように苦笑いする凪さんがいた。
「好きィ」
「は?」
「はっ!? なんでもありません。さあ、行きましょう!」
思わず本音が漏れた。でも今は押すべき時じゃない。ややこしくなりそうな感情は押さえて、凪さんにとって無害な人間だと装わなければならない。
じゃないともう二度と会ってもらえない。
「車は近くの駐車場に停めているんですよね?」
「ああ。……失礼」
凪さんの携帯端末が振動し、通話するために僕から離れていく。後姿を見るだけで、胸が痛むが必死で顔に出さないようにする。三歩離れれば狭い部屋の中ではもう壁になってしまい、凪さんは立ち止まって話し出す。ちらりとこちらに視線が来たので、僕は聞いてないというようにそっと顔を背けた。
「……ああ、わかった。少し遅れる。ああ。……いや、ちょっとしたトラブルだ。問題ない」
トラブル……僕の存在は凪さんにとって問題なんだと思うと、落ち込んでしまう。
ホテルの少しくたびれた床の絨毯を見ていると、指で顎を持ち上げられた。三歩の距離を一気に詰めたのか、またすぐ近くに凪さんは立っている。
「……あとは任せる。じゃあ」
僕をじっと見つめながら、凪さんは通話を終わらせた。
「待たせてすまない」
「いえ。……あの、やっぱり僕は一人で帰ります。凪さんのお仕事の邪魔はしたくないので」
僕だって今年から社会人になり、仕事というものがどれほど大変か身に染みている。それに凪さんは今、会社が大変な時期と言っていた。迷惑だと思われたら、今繋がっているこの細くて脆い縁も切れてしまいそうだ。
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