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54話
しおりを挟む「ルーファスを悪役令息にしたのはこの僕だ! 僕が頼んで演技をして貰った。それまでのルーファスはみんなが知ってる通り、公平で優秀で、非の打ち所がない貴族令息だったはずだ。優しいルーファスは僕の願いを聞いただけだ。全部、僕の所為だ。全部、僕が悪い!」
「サッシャ君、言っちゃった……」
「あーあ、ルーファスに罪を着せて知らんぷりも出来たのに、不器用な子だなあ」
「それより、サッシャ君を攫ったのは隣国の人間だと。それについて、釈明をいただきたい」
タルベットが逃げ道を塞ぐように前に出ると、ナライジェラードはゆっくりと壇上を下り、僕の近くにやってくる。
「ローラントとルーファスの婚約は破棄した方がきみに都合が良かったんじゃないの?」
足元に紙片が落ちるとナライジェラードはそう話しかけてきた。
「ああ、大丈夫。半径一メートル以内しか話し声は聞こえないからね。内緒話をするにはぴったりの魔術だろう?」
王子と幼なじみたちも壇上を降りて、ルーファスを守るように優位に立つ。
「あんた本当に魔術師?」
先に準備しておかないと使えない紙片で使う魔術はどこか歪に思えた。まるで魔術を使えない人間のために作り出されたようだ。
「魔術師ではないかな。僕は魔力がないからね。でもこうやって紙片を使えばなんとかなる」
「ふーん。それで王子とルーファスの婚約だけど、別にいいよそのままで。ルーファスの名前に傷がつくくらいなら、このまんまでもいい。僕はこれ以上ルーファスを傷つけたくない」
悪役令息なんて噂が広まり、どれだけルーファスに迷惑をかけただろう。これ以上ルーファスの名前に傷なんてつけたくない。それに好きだと言ってもらえた。それだけで僕は満足だ。
恋が、できたのだから。
「あんたさ、王子が好きなら、そう言うだけで良かったんだ。僕も同じ、恋がしたかったなら、実際に出会って誰かを好きになれば良かったんだ。絶対に両思いになれるゲームの中の王子じゃなくて、現実の相手を自分で見つけるべきだった」
「婚約者のいる相手に好きだと告げるなんて、そんな不誠実なことが出来るとでも? 出来損ないとはいえ、俺は隣国の王族だ」
「出来損ないだろうが、王族だろうが、好きになった相手に好きって言うくらい、神様は許してくれるよ。変な魔術使って人の気持ち操ったり、ライバルを攫うよりよっぽど平和だし、ロマンティックだろ」
「ロマンティック?」
「うん。だってさあ、誰かに好きって言ってもらえるのものすごく嬉しいよ。僕初めて言われた。嬉しくてたまらない。幸せでたまらない。少し、ほんのすこーし欲が出て、この人のこと全部欲しいなって思うけど、そんなの好きって言われた嬉しさで押さえつけて我慢する。僕を好きって言ってくれたルーファスが一番幸せになってほしい。そこに僕がいなくても、幸せに生きて欲しい」
僕はいつだって不幸せだと思っていた。病弱で学校も通えず、家族も友だちもいない。それでも少しの間だけでも生きていられたのは、病院の先生や看護師さんたちがいてくれたからだ。仕事だったとしても家庭教師の先生も親身になってくれた。
生まれ変わった今、健康な体を手に入れて、学校にも通える。
恋だって出来た。好きな人に好きだと言ってもらえる幸運なんてそう滅多にないはずだ。
これが幸せというものだろう。ルーファスが他の人を好きになっても、他の人と結婚したとしても、この今の幸せを僕は決して忘れない。
「じゃあ、好きだと伝えても返して貰えない時はどうすればいい?」
奪うしかないのではないかと、その眼差しは言っていたけれど、僕は首を横に振る。
「それはとても辛いし、悲しいことだ。でも、想いを返して貰えることなんて滅多にない奇跡みたいなものだから、返されない思いはたくさんあると思う。でもさ、だからって好きな人を脅すの? 好きになれって? そんなの、好きになって貰えるわけないじゃん」
国力の違う隣国とニーラサでは、戦争になればあっという間に我が国は蹂躙されて終わるだろう。魔術を駆使して戦う隣国に対抗する術はこの国にはない。
学術に特化して港があるから交易の要となる国だけれど、大国から見れば小さな小国だ。
「わたしはナライジェラード殿下の求婚を受け、ルーファスとの婚約を解消する」
「え? な、なんで……」
「わたしの結婚は国の為なんだよ。そこに愛は必要ない。わたしはルーファスとの婚約は解消したい。あなたからの求婚は議会や貴族たちを黙らせるのにちょうどいいんです。あなたもそれがわかっているから、わたしに教えているのでしょう? この場を、この断罪劇を納めるにはそうするしかないとわたしが思いつくように」
「それは……」
「でもわたしはあなたを好きにはならない。この結婚に愛は必要ないから。ああ、ただ一つだけ。浮気して他に子供が出来たらすぐに教えてください。その方を迎え入れる準備をいたしますから」
「王子、なんでそんなこと……っ」
「ごめんね、サッシャ君。きみの……、きみの新しい身分はタルベットかリースかアンドリューの弟になる」
「は?」
新しい身分と言われてわけがわからない。
「えっと、それは……」
「ルーファスと結婚するためには、最低限貴族位が必要なんだ。どこかに養子に入って貰わないといけない。今、その先を選定しているんだ」
「えっと?」
「恋した相手と結ばれる二人を、わたしに見せてくれないか?」
「え、いや、え? む、結ばれる?」
僕はそんなこと考えていなかった。ただ、この学園にいる間は、ルーファスと共に過ごせればそれで十分だったのだ。なんでそれが養子先の話になるのだろう。
「きみにはこの先、少し不自由にさせるかもしれない。それでもきっとルーファスが守ってくれる。さっきみたいに、きみがルーファスを守っていくのかもしれない。そんな二人が見たいとわたしは思ってるんだ」
「えーっと、僕たち結婚することになるの?」
ルーファスを見上げれば、プロポーズはもう少し先にする予定だと囁かれた。
「するんだ。僕、結婚、しちゃうんだ」
おめでとさん! となんだかエッケザックスが言ってるな気がした。そして僕が僕の生まれを知るのはもう少し先になる。
「でも、その前に!」
「おや、俺に何か用か? 幸せの絶頂じゃないのか」
「そうだね。僕はとーっても幸せだ。でも、一つだけやり残したことがある。歯ぁ、食いしばれっ!」
僕は渾身の力で、ナライジェラードの腹に拳を叩きつけた。ヘナチョコパンチだけど、僕だってやる時はやる。
「……っ! 歯を食いしばれと言われたら、顔に来ると思うだろう、普通」
「なら、次は腹筋に力を入れておけ」
腹を押さえていたナライジェラードの顔を、ルーファスの拳が殴りつける。
吹っ飛んでいく体が床をバウンドして止まった。
「あ、王子……外交問題とかにならない?」
「自分で転んだことにしよう。見ていたのはわたしたちだけだ」
落ちている紙片を拾えば、シュッと視界は開けたようになる。
「衛兵、隣国の第一王子殿下が自身で転ばれた。部屋に運ぶように」
「はっ」
どう見ても殴られた跡のある顔を見ないようにしながら、衛兵がナライジェラードを運んで行った。
こうして断罪式は無事終わり、ルーファスと王子の婚約は解消され、新たに隣国の王子との婚約が結ばれたのだった。
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