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黒い影が寝室へ迫る。
白いシンタが弱々しい光で必死に止めようとしている。
けれど影は重い。
白い光は不安定で頼りない。
押し負けそうだった。
「……悠真……」
光太は震える声で囁いた。
「俺……ガチで今日死ぬかもしんねぇ……」
悠真は光太の肩を引き寄せその背に腕を回しながら言う。
「死なせない。絶対」
「なんでそんな即答できんだよ……」
「お前が隣にいるからだよ」
光太の顔が一瞬赤くなるが今はそれどころじゃなかった。
黒い影は迷いのない動きで近づいてくる。
何かを取り返すように
何かを怒っているように
光太が耐えられず叫んだ。
「おい悠真!!これもう逃げるしかねぇだろ!!」
「逃げても追ってくるだろ」
「なんでわかるんだよ!!」
「昨日も今日もずっとそうだったじゃん」
的確すぎて何も言えない。
光太は喉を鳴らしながら呟いた。
「……じゃあ……どうするんだよ……」
悠真は目を細め、
白い“シンタ”の光を見つめた。
「……あの子は俺らを守ってくれてる」
「……ん……」
「なら……俺らもあの子を守る側になりてえ」
光太は一瞬だけ驚き次に目を丸くした。
「――マジで言ってる?」
「マジで言ってる」
悠真は静かに続けた。
「ブラックな影の方はシンタを奪われたと思って怒ってる。
でも俺らは奪ってない。
だったら間違ってるって伝えないといけないだろ」
「いやいやいやいや
そいつ言葉通じんのか無理に決まってるだろ!!!」
光太は全力で拒否したが黒い影はもう寝室の入口に立っていた。
床がバキッと音を立てる。
部屋全体が圧に押される。
悠真は光太の手を握ったまま白い光(シンタ)の前へ一歩出た。
黒い影がこちらを見ている。
無表情の目のような凹みだけがふたりを射抜く。
悠真は震えながらも声を絞った。
「……お前……シンタ……探してんだろ……?」
影が微かに動く。
肯定のようなただの揺れのような
「シンタは……ここにいる。
でも……俺たちは奪ってない。
守ってるだけだ」
影がざわりと揺らぎ空気が重く沈んだ。
光太は青ざめながら悠真の肩越しに叫んだ。
「悠真おおお!! 怒らせてどうすんだよ!!!」
けれど白い光のシンタがふっと大きく強く輝いた。
まるで〈ありがとう〉と伝えているように。
黒い影は動きを止めた。
揺れている。
怒りが少しだけ弱まったように見えた。
その瞬間ふたりの頭に映像のような断片が流れ込んだ。
血
泣き声
暗い部屋
閉ざされたドア
子どもの小さな靴
そして大人の怒号
光太は息を呑んで膝をついた。
「……虐待……?」
悠真の表情が固まる。
黒い影はゆっくりと沈んでいく。
その形はまるで怒って暴れた大人の残骸のようだった。
あの日
シンタという子どもはこの部屋で怒り狂った誰かに殺された。
黒い影はその犯人の残留思念の怒りの塊
そして白い光はここで死んだシンタ本人
光太は涙を滲ませながら呟いた。
「……じゃあ……シンタの邪魔してたの……
俺らじゃなくて……あの黒いやつ……?」
悠真は震えた声で頷く。
「白いシンタは……黒い影から誰かを守る役目をしてるんだ。
たぶん……自分がされたようなことがまた起きないように……」
黒い影はゆっくりと天井近くへ後退していく。
怒りは消えていない。
でもいまは攻撃してこない。
光太と悠真はしばらく動けなかった。
そして光太はぽつりと言った。
「悠真……」
「ん?」
「お前が……あの影に立ち向かったとき……なんか……すげぇかっこよかった……」
悠真は照れたように顔をそむける。
「なに言ってんだ……」
光太はその袖を掴んで小さく笑った。
「……ありがとな」
「……お前が守りたいって思ったのは……俺も同じだよ」
ふたりの手が触れ合いそして自然に重なった。
白い光(シンタ)はその横で静かに揺れふたりを安心させるように輝いた。
黒い影は天井で揺れながらまだ怒りの残滓を垂らしている。
過去は終わっていない。
でもふたりは初めて立ち向かう選択をした。
ここから、事故物件の本当の真相が動き始める——。
黒い影が天井へ消えていった後も部屋には重い静けさが残っていた。
光太は震える膝を抱え深く息を吐いた。
「……マジで……ギリギリ生き残ったって感じ……」
悠真は壁にもたれながら小さく苦笑した。
「俺ら、ホラー好きのかませ役のはずだったよな」
「そう! ただの賑やかし枠のはずだったんだよ!!」
光太は涙目で叫びそのまま悠真の肩に額を預ける。
「……でも、お前がいてよかった。
ひとりだったら、絶対逃げ出してた」
不意にそんな素直な言葉を言われて悠真の耳が赤くなる。
「……俺もお前が隣にいたから……怖くても立てた」
ふたりの距離は気づけば友達のそれではなくなっていた。
白い光——シンタがふたりを静かに見ていた。
嬉しそうにも安心しているようにも見える。
その後、管理会社から再びメールが届いた。
『事故履歴のシステムは依然復旧できず一部データの破損も確認されています。
ご了承下さい。』
光太は画面を見て眉をひそめる。
「……おかしくね?
こんだけシステム壊れてるとかありえんだろ」
悠真は無言で頷いた。
「意図的に見せないようにしてる。
どう考えてもそうだ」
「じゃあ……シンタの事件、本当はヤバくて隠されてるってこと……?」
光太の声が震える。
悠真は目を細めリビングの隅に置かれた古い収納箱へ視線を向けた。
「なあ光太、昨日さ……黒い影が暴れてた時……この箱の中から、音しなかった?」
「え……?」
ふたりが目を合わせると白い光(シンタ)が箱の方へすっと動いた。
その合図に従うようにふたりは古い木箱を開けた。
中には古いノートが一冊
埃を払うと表紙に小さく書かれていた。
『しんた 6さい』
光太の心臓が跳ねる。
「……これ……シンタの日記……?」
悠真は慎重にページをめくる。
子どもの丸い文字
短い言葉
でも、その行の隙間に幼い恐怖と暴力の痕跡が滲んでいた。
『きょうも おこられた
ちがでた
いたかった
でも おかあさんは こなかった』
光太は喉を詰まらせた。
「……やば……これ……」
悠真も息を呑む。
『おとうさんが こわい
にげたい
でも ひとりはさみしい』
『ぼく しなないよ
おとうさんに かてなくても
がんばる』
そのページの隅にはうっすらと涙の跡のようなにじみがあった。
光太は涙を溢しながら言った。
「……シンタ……殺されたんじゃない……助けを求めてたんだ……」
悠真は静かに呟く。
「黒い影は……シンタを追い詰めた父親の残留思念
白い光は……ここに閉じ込められたシンタの願いだ」
光太は日記を抱えるように持ちすすり泣いた。
「……守りたかったんだ……誰かを……自分みたいにされないように……だから俺らを助けてるんだ……」
白い光が光太の肩にそっと触れた。
温かい。
生きているみたいな弱くて優しい温もり。
光太は涙の中で笑った。
「……シンタ……ありがとな……」
すると突然、ノートの最後のページがひとりでにめくれた。
そこにはひとことだけ書かれていた。
『ぼくを みつけて』
光太は息を呑む。
悠真も目を見開いた。
「……これ……成仏したいってことじゃなくて……真相を見つけてくれって意味だと思う」
光太は急に背筋を伸ばした。
「だったら……!曲がりなりにも俺ら配信者だし!こういう隠された真相探すの得意だろ!?
俺らがやるしかねぇじゃん!」
悠真は小さく笑った。
「お前、泣きながら言うことじゃねぇよ」
「うるせぇ! 鼻水出てんのはしゃーねぇだろ!」
ふたりが言い合っているとシンタの白い光がぽうっと部屋を照らした。
まるでお願いとありがとうを同時に伝えているように。
その時、天井の奥からあの黒い影がゆっくり姿を現した。
昨日より濃い怒り昨日よりはっきりした形
悠真は光太の手を握り光太も握り返した。
「行くか」
「行くぞ」
逃げるんじゃない。
向き合う。
ふたりは初めてこの事故物件の真相に迫る覚悟を決めた。
白いシンタが弱々しい光で必死に止めようとしている。
けれど影は重い。
白い光は不安定で頼りない。
押し負けそうだった。
「……悠真……」
光太は震える声で囁いた。
「俺……ガチで今日死ぬかもしんねぇ……」
悠真は光太の肩を引き寄せその背に腕を回しながら言う。
「死なせない。絶対」
「なんでそんな即答できんだよ……」
「お前が隣にいるからだよ」
光太の顔が一瞬赤くなるが今はそれどころじゃなかった。
黒い影は迷いのない動きで近づいてくる。
何かを取り返すように
何かを怒っているように
光太が耐えられず叫んだ。
「おい悠真!!これもう逃げるしかねぇだろ!!」
「逃げても追ってくるだろ」
「なんでわかるんだよ!!」
「昨日も今日もずっとそうだったじゃん」
的確すぎて何も言えない。
光太は喉を鳴らしながら呟いた。
「……じゃあ……どうするんだよ……」
悠真は目を細め、
白い“シンタ”の光を見つめた。
「……あの子は俺らを守ってくれてる」
「……ん……」
「なら……俺らもあの子を守る側になりてえ」
光太は一瞬だけ驚き次に目を丸くした。
「――マジで言ってる?」
「マジで言ってる」
悠真は静かに続けた。
「ブラックな影の方はシンタを奪われたと思って怒ってる。
でも俺らは奪ってない。
だったら間違ってるって伝えないといけないだろ」
「いやいやいやいや
そいつ言葉通じんのか無理に決まってるだろ!!!」
光太は全力で拒否したが黒い影はもう寝室の入口に立っていた。
床がバキッと音を立てる。
部屋全体が圧に押される。
悠真は光太の手を握ったまま白い光(シンタ)の前へ一歩出た。
黒い影がこちらを見ている。
無表情の目のような凹みだけがふたりを射抜く。
悠真は震えながらも声を絞った。
「……お前……シンタ……探してんだろ……?」
影が微かに動く。
肯定のようなただの揺れのような
「シンタは……ここにいる。
でも……俺たちは奪ってない。
守ってるだけだ」
影がざわりと揺らぎ空気が重く沈んだ。
光太は青ざめながら悠真の肩越しに叫んだ。
「悠真おおお!! 怒らせてどうすんだよ!!!」
けれど白い光のシンタがふっと大きく強く輝いた。
まるで〈ありがとう〉と伝えているように。
黒い影は動きを止めた。
揺れている。
怒りが少しだけ弱まったように見えた。
その瞬間ふたりの頭に映像のような断片が流れ込んだ。
血
泣き声
暗い部屋
閉ざされたドア
子どもの小さな靴
そして大人の怒号
光太は息を呑んで膝をついた。
「……虐待……?」
悠真の表情が固まる。
黒い影はゆっくりと沈んでいく。
その形はまるで怒って暴れた大人の残骸のようだった。
あの日
シンタという子どもはこの部屋で怒り狂った誰かに殺された。
黒い影はその犯人の残留思念の怒りの塊
そして白い光はここで死んだシンタ本人
光太は涙を滲ませながら呟いた。
「……じゃあ……シンタの邪魔してたの……
俺らじゃなくて……あの黒いやつ……?」
悠真は震えた声で頷く。
「白いシンタは……黒い影から誰かを守る役目をしてるんだ。
たぶん……自分がされたようなことがまた起きないように……」
黒い影はゆっくりと天井近くへ後退していく。
怒りは消えていない。
でもいまは攻撃してこない。
光太と悠真はしばらく動けなかった。
そして光太はぽつりと言った。
「悠真……」
「ん?」
「お前が……あの影に立ち向かったとき……なんか……すげぇかっこよかった……」
悠真は照れたように顔をそむける。
「なに言ってんだ……」
光太はその袖を掴んで小さく笑った。
「……ありがとな」
「……お前が守りたいって思ったのは……俺も同じだよ」
ふたりの手が触れ合いそして自然に重なった。
白い光(シンタ)はその横で静かに揺れふたりを安心させるように輝いた。
黒い影は天井で揺れながらまだ怒りの残滓を垂らしている。
過去は終わっていない。
でもふたりは初めて立ち向かう選択をした。
ここから、事故物件の本当の真相が動き始める——。
黒い影が天井へ消えていった後も部屋には重い静けさが残っていた。
光太は震える膝を抱え深く息を吐いた。
「……マジで……ギリギリ生き残ったって感じ……」
悠真は壁にもたれながら小さく苦笑した。
「俺ら、ホラー好きのかませ役のはずだったよな」
「そう! ただの賑やかし枠のはずだったんだよ!!」
光太は涙目で叫びそのまま悠真の肩に額を預ける。
「……でも、お前がいてよかった。
ひとりだったら、絶対逃げ出してた」
不意にそんな素直な言葉を言われて悠真の耳が赤くなる。
「……俺もお前が隣にいたから……怖くても立てた」
ふたりの距離は気づけば友達のそれではなくなっていた。
白い光——シンタがふたりを静かに見ていた。
嬉しそうにも安心しているようにも見える。
その後、管理会社から再びメールが届いた。
『事故履歴のシステムは依然復旧できず一部データの破損も確認されています。
ご了承下さい。』
光太は画面を見て眉をひそめる。
「……おかしくね?
こんだけシステム壊れてるとかありえんだろ」
悠真は無言で頷いた。
「意図的に見せないようにしてる。
どう考えてもそうだ」
「じゃあ……シンタの事件、本当はヤバくて隠されてるってこと……?」
光太の声が震える。
悠真は目を細めリビングの隅に置かれた古い収納箱へ視線を向けた。
「なあ光太、昨日さ……黒い影が暴れてた時……この箱の中から、音しなかった?」
「え……?」
ふたりが目を合わせると白い光(シンタ)が箱の方へすっと動いた。
その合図に従うようにふたりは古い木箱を開けた。
中には古いノートが一冊
埃を払うと表紙に小さく書かれていた。
『しんた 6さい』
光太の心臓が跳ねる。
「……これ……シンタの日記……?」
悠真は慎重にページをめくる。
子どもの丸い文字
短い言葉
でも、その行の隙間に幼い恐怖と暴力の痕跡が滲んでいた。
『きょうも おこられた
ちがでた
いたかった
でも おかあさんは こなかった』
光太は喉を詰まらせた。
「……やば……これ……」
悠真も息を呑む。
『おとうさんが こわい
にげたい
でも ひとりはさみしい』
『ぼく しなないよ
おとうさんに かてなくても
がんばる』
そのページの隅にはうっすらと涙の跡のようなにじみがあった。
光太は涙を溢しながら言った。
「……シンタ……殺されたんじゃない……助けを求めてたんだ……」
悠真は静かに呟く。
「黒い影は……シンタを追い詰めた父親の残留思念
白い光は……ここに閉じ込められたシンタの願いだ」
光太は日記を抱えるように持ちすすり泣いた。
「……守りたかったんだ……誰かを……自分みたいにされないように……だから俺らを助けてるんだ……」
白い光が光太の肩にそっと触れた。
温かい。
生きているみたいな弱くて優しい温もり。
光太は涙の中で笑った。
「……シンタ……ありがとな……」
すると突然、ノートの最後のページがひとりでにめくれた。
そこにはひとことだけ書かれていた。
『ぼくを みつけて』
光太は息を呑む。
悠真も目を見開いた。
「……これ……成仏したいってことじゃなくて……真相を見つけてくれって意味だと思う」
光太は急に背筋を伸ばした。
「だったら……!曲がりなりにも俺ら配信者だし!こういう隠された真相探すの得意だろ!?
俺らがやるしかねぇじゃん!」
悠真は小さく笑った。
「お前、泣きながら言うことじゃねぇよ」
「うるせぇ! 鼻水出てんのはしゃーねぇだろ!」
ふたりが言い合っているとシンタの白い光がぽうっと部屋を照らした。
まるでお願いとありがとうを同時に伝えているように。
その時、天井の奥からあの黒い影がゆっくり姿を現した。
昨日より濃い怒り昨日よりはっきりした形
悠真は光太の手を握り光太も握り返した。
「行くか」
「行くぞ」
逃げるんじゃない。
向き合う。
ふたりは初めてこの事故物件の真相に迫る覚悟を決めた。
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