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家族だという実感
しおりを挟む泣きながら気を失った私は、その後熱が上がり、また朦朧とした日々を送った。
もうシモンさんの泣いてる声は聞こえないが、私の名前を何度も呼んでいた事は覚えている。
熱が下がったのはあれから3日も経っていた。
あまり鎮痛剤を打たれるとすぐに眠ってしまうが、目が覚めると誰かが必ず居てくれていた。
少しずつ皆さんの事を教えてもらった。
私のお父様の名前はモーリス・マルティノ。
侯爵家当主で元騎士団の団長をしていたそうだ。
見た目はスッとしていて、団長さんだったとは見えないが、とても凛々しいお姿をしている。
今は怪我で団長を退いて、ネイサンという名前の私のお兄様が近衞騎士になったのだそうだ。
お父様もお兄様も、私の頭を撫でながら、子供の時は私と剣の鍛錬をしたんだよと笑いながら教えてくれた。
普通に頭を撫でられ、笑ってくれるから私まで笑顔になる。
きっと今までも、こうやって何度も頭を撫でてくれていたのだろう。
だからこの人達は本当に私の父と兄で、私を娘として、妹として愛してくれていたんだという事がストンと胸に落ちた。
お兄様の奥様、アンナさんは私とは同い年で幼馴染と教えてくれた。
ずっと私とアンナさんとシモンさんは一緒だったけど、シモンさんは私の事が好きでアンナさんにまで嫉妬して鬱陶しかったと言う顔が面白くて笑ってしまった。
シモンさんの御両親のマシュー様とクラリス様は、私が嫁いできた事をとても喜んでいて、「お姑さんだけど嫌わないでーー!怖くないから!だって大好きなんだものーー!」と泣き、
「私もシャルが嫁いでくるのをすっごくすっごく楽しみにしていたんだよ。
良かったら“お義父様”とまた呼んで欲しい…。
無理は、無理はしなくていいからね、気が向いたらで構わないから!」と焦る姿が可笑しくて笑ってしまった。
私が笑ったら、泣いていたクラリス様は顔を上げ、
「シャル…気を遣うなと言っても遣ってしまうと思うけど、私もこの人もシャルの事を娘のように思ってるの。
不安な事がたくさんあると思うけど、私達にでもシモンにでもいいから、不安な事、知りたい事を話してね。
絶対無理はしないでね、約束よ。」と私の手を握り、涙の跡が残るけど綺麗な顔で微笑むクラリス様と優しく微笑むマシュー様は、きっとここに嫁いできた私を大事にしてくれていた事が分かった。
それが分かってとても嬉しかった。
ハンスさんやメリルさん達、お屋敷で働いているたくさんの人が、「目が覚めて良かったです」と言ってくれた。
そしてシモンさんとロビンくん。
シモンさんは毎日お仕事の合間に顔を出してくれている。
ロビンくんを抱いてくる時もあれば、一人の時もある。
ロビンくんを可愛がっている姿を微笑ましく見ている。
ロビンくんの可愛い仕草や寝顔を見ると、不安な気持ちが落ち着く。
可愛いロビンくん…私が生んだらしい息子…。
実感はないが、愛おしいと思うのは赤ちゃんだからなのか、記憶の奥底にある我が子への愛情からなのかは分からない。
でも可愛いし、愛おしいと思えるならば、息子として向き合えると思う。
右腕が使えないから抱っこも出来ない事が悔しいけど…。
皆さん、とても優しく、私が気を使わないようにと明るく接してくれている。
でも“家族”という実感がないので、このお屋敷でお世話になっているお客様のようで落ち着かない。
それに利き腕が使えないのが何より辛い。
少しでも自分の事は自分でやりたいが、着替えも食事もお風呂、お手洗いすら一人でいけない。
元々侯爵家の娘だったからなのか、お世話される事には慣れているのか、お世話されるのは苦ではないようだが、知らない人ばかりに囲まれて、何もかもをしてもらうのは気が引ける。
それにシモンさんが率先して私の世話をしようとするから恥ずかしい・・・。
いくら旦那様と言っても、今の私にとってはつい最近会ったばかりの人だ。
それも見惚れてしまうほどの美形に、至近距離で食事の世話をされたり、お風呂に入れようとしたりするので、毎回のやりとりで疲れきってしまうし、体力がないのですぐ眠ってしまい、ロビンくんになかなか会えなかったりする。
そして今はお風呂で身体を洗う、洗わないでシモンさんと揉めている最中だ。
「俺がしてあげる!」
「は、恥ずかしいので…結構です…メリルさん達にお願いしますから!」
「どうして?俺はシャルの旦那さんだよ?
奥さんのお世話をするのは旦那の務めだと思う!」
「お、お風呂は、シモンさん一人では無理です!右足も右腕もお湯にはつかれないので、お湯をかけてくれる人とか身体を洗ってくれる人とか、申し訳ないほど大人数の方々に面倒をかけてるんです!
それに、は、裸は、ちょっと・・まだ・・見られたくないというか・・・恥ずかしいので・・。」
「そっか・・・じゃあ夕食は俺が食べさせても良い?」
「ひ、ひ、左手で食べる練習をしたいので、だ、大丈夫、です!」
「シャル、他人みたいで敬語は嫌だな…俺達は恋愛結婚だったんだよ、相思相愛だったんだよ、なんだかシャルが他人のように話すのが悲しいんだ・・・」と今にも泣きそうな顔で言うから、「善処します…」と言うと、
パァっと笑う顔が眩しくて、思わず手を翳してしまった。
「ん?眩しいの?カーテン閉める?」
「いえ、シモンさんの美しい笑顔が眩し過ぎて思わず…」
「そうなの?シャルは俺の顔が好きなんだね、良かった~見た目で嫌われたらどうしようもなかったけど、こんな顔嫌いだったけど初めて良かったって思った。
あ、ねえシャル、そろそろトイレ行きたいんじゃない?俺、抱っこしていくよ、「それだけは絶対嫌!」
と毎日こんな感じのやり取りをシモンさんだけでなく家族全員としている。
最初は知らない人ばかりで、自分の事も分からないし、どうしたらいいのかも分からなくて、不安で怖くてたまらなかったけど、誰一人私を憐れんだり、思い出してと悲しんだりする人がいなかったからか、緊張も無くなり、自然とここに居ても良いのだと思えるようになった。
だから皆んなにお礼がしたくて、私に何か出来る事があるかメリルさんに聞いてみた。
「シャルーナ様、私に“さん”はいりません、メ・リ・ル、メリルって呼んで下さい!
それに次、敬語で喋ったらシモン様にお風呂の介助、頼んじゃいますよ!」
「イヤイヤイヤ、それだけは嫌!分かりました…メリル。」
「シャルーナ様、敬語!」
「あ!いや、その、シモンさんにお風呂の介助は頼まないで、お願いメリル…」
凄く良い笑顔で「はい!」と返事をするメリル。
「シャルーナ様、お礼ならば左手の練習がてら皆さんにお手紙を書いてはどうでしょう。
シモン様なんて額に入れて飾る程喜ぶと思いますよ。」
額には飾られるのは止めるとして、その日からこっそり皆んなへの手紙を書き始めた。
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