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第始話 雪に積る少しの眠気
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──魅了されてしまった。銀をも透過するその蒼さに。
屋根に連なった氷柱の一つが日に照らされ、反射の瞬きに一人の少年は目を開ける。
パリンと氷柱が割れ落ちる乾いた音に、今日は特段寒いのかと思いながらむくりと顔を起こした。
机に伏すようにうたた寝をしていた少年は、そのせいかくしゃくしゃになってしまった書きかけの記録に眉をひそめる。
「いつの間に寝てたんだ…まずい、時間がない…!」
そんなことを呟きながら、少年は徐ろに机にある黒い瓶を取った。それは不透明な陶器の瓶で、中に入っているものは見えない。
軽く傾けて中身を出すと、異様に青い液体が彼の手のひらに広がった。波打つたびに水色の蛍光に光る、不思議な液体だ。
ジュッと皮膚が熱される音がして、その痛みに少年の眠気は全く消え去った。音の主は、その液体による手のひらの火傷だったようだ。空気に触れると強い酸性を帯びるそれは、未だ一般的に詳細が明かされていない物質である。ならば、何故この少年は当然かのように扱っているのか──
冬の寒波はこの地に大雪をもたらし、標高が一層高い少年の家には、メートル単位での積雪が訪れていた。積雪という心躍るイベントに子供心が些か逡巡するが、しかしこうしてはいられないと、再度ペンを握り直して紙を見る。
痛みを目覚ましにした少年は、しわができた記録用紙にペンを走らせ、焦っているのか火傷の治療もしないまま、一心不乱に何かの記録を書いていた。
そうしてしばらくすると、ふと外から誰かの足音が聞こえてきた。
しかし、高い丘にある少年の家への来客は滅多に無い。であれば…と文字を書くスピードを上げながら、頭の隅で少年は考える。
やがて玄関の前で足音が止まったかと思うと、未だちらちらと降り続ける粉雪を纏い、その人物は顔を出してきた。
「レイゼ、おはよー!アップルパイを焼いてきたから、お裾分けに来たよ!」
ノックもせずに玄関の扉を勢いよく開けた少女は、レイゼと呼ばれた少年のところへと駆け寄る。
思いもよらぬ来客に少年──レイゼは驚いてペン先を滑らし、その軌道は罫線を外れて大きく曲線を描いてしまった。
そのせいか集中が途切れた彼は、冷たくなった手を息で温め、少女──ミロウが差し出したカゴを受け取る。服に着いた雪を払ってやり、ストーブが点いた椅子の前へ案内する。
「おはよう、ミロウ。お菓子ありがとう。えっと…鍵掛けてなかったっけ、僕…」
「ばっちり開いてたよ!半分入口見えるぐらい!雪は入り込んでないけど」
「うっかり忘れてた…入って来た人がミロウでよかった…」
「こんな高い丘にわざわざ来る人なんて、そうそういないからねー…それにしても、レイゼに会うの久しぶり!」
「そうだね。最近はずっとどっちも忙しいし…って、それよりも」
彼ら二人は幼馴染であり、時折こうして互いの家に集まって雑談をしている。今回はしばらく会っておらず、2ヶ月ぶりの再開となる。
しかしいつもどちらも気まぐれで訪れるため、相手のタイミングなど考慮していない。
「提出期限が迫ってる研究記録を書かないとだから、今ちょっと取り込んでるんだ。あんまり話せないけど、ゆっくりしてて」
「記録…大変だねぇ」
鍵を掛けてきたレイゼは、記録を書き直すために何故かインク瓶に右手を翳す。
片方の手には機械めいたものを持ちながら、不思議そうに覗くミロウを横目にこう呟く。
『──ビルド』
途端、その機械から不可解な図形の文字列が出現する。
それは煌々と真っ青に光っており、絶えず形を切り替えていた。時には長い文字列に。時には一つの図形に、と。
「わぁ、何それ?」
「ちょっと待っててね。今はこの線を消したいから…」
機械から出た図形を指でなぞり、しかしすり抜け空を切った指を、線の引かれた紙に静かに置いた。
『インストール』
そう言うと、図形は一つずつが細い糸となり、不透明なゴムを思わせる材質はファイバーのようにガラスを象った。それはあらゆる光を取り巻いてきらきらとさせながら、その紙めがけて溶けるように消えていく。
ふっと息を吐き、レイゼは必要な線までも消えてしまったまっさらな記録用紙に顔を寄せた。
隣を見ると、目を輝かせたミロウの好奇心の滾った様子が。
「きれい!何それ?レイゼの魔法?」
魔法使いの一端であるミロウは、レイゼが用いた魔法とは違う不可解な現象に興味を持った。
透明な粉が紙の付近を未だ漂う様子は、静かながらに金属同士がぶつかり合った後の火花のようだ。
「ううん。これはね…」
そう言ってレイゼは棚から一冊の本──手帳を取り出すと、あるページを指差してミロウに見せる。
「"響素"っていうものを使ったんだ」
屋根に連なった氷柱の一つが日に照らされ、反射の瞬きに一人の少年は目を開ける。
パリンと氷柱が割れ落ちる乾いた音に、今日は特段寒いのかと思いながらむくりと顔を起こした。
机に伏すようにうたた寝をしていた少年は、そのせいかくしゃくしゃになってしまった書きかけの記録に眉をひそめる。
「いつの間に寝てたんだ…まずい、時間がない…!」
そんなことを呟きながら、少年は徐ろに机にある黒い瓶を取った。それは不透明な陶器の瓶で、中に入っているものは見えない。
軽く傾けて中身を出すと、異様に青い液体が彼の手のひらに広がった。波打つたびに水色の蛍光に光る、不思議な液体だ。
ジュッと皮膚が熱される音がして、その痛みに少年の眠気は全く消え去った。音の主は、その液体による手のひらの火傷だったようだ。空気に触れると強い酸性を帯びるそれは、未だ一般的に詳細が明かされていない物質である。ならば、何故この少年は当然かのように扱っているのか──
冬の寒波はこの地に大雪をもたらし、標高が一層高い少年の家には、メートル単位での積雪が訪れていた。積雪という心躍るイベントに子供心が些か逡巡するが、しかしこうしてはいられないと、再度ペンを握り直して紙を見る。
痛みを目覚ましにした少年は、しわができた記録用紙にペンを走らせ、焦っているのか火傷の治療もしないまま、一心不乱に何かの記録を書いていた。
そうしてしばらくすると、ふと外から誰かの足音が聞こえてきた。
しかし、高い丘にある少年の家への来客は滅多に無い。であれば…と文字を書くスピードを上げながら、頭の隅で少年は考える。
やがて玄関の前で足音が止まったかと思うと、未だちらちらと降り続ける粉雪を纏い、その人物は顔を出してきた。
「レイゼ、おはよー!アップルパイを焼いてきたから、お裾分けに来たよ!」
ノックもせずに玄関の扉を勢いよく開けた少女は、レイゼと呼ばれた少年のところへと駆け寄る。
思いもよらぬ来客に少年──レイゼは驚いてペン先を滑らし、その軌道は罫線を外れて大きく曲線を描いてしまった。
そのせいか集中が途切れた彼は、冷たくなった手を息で温め、少女──ミロウが差し出したカゴを受け取る。服に着いた雪を払ってやり、ストーブが点いた椅子の前へ案内する。
「おはよう、ミロウ。お菓子ありがとう。えっと…鍵掛けてなかったっけ、僕…」
「ばっちり開いてたよ!半分入口見えるぐらい!雪は入り込んでないけど」
「うっかり忘れてた…入って来た人がミロウでよかった…」
「こんな高い丘にわざわざ来る人なんて、そうそういないからねー…それにしても、レイゼに会うの久しぶり!」
「そうだね。最近はずっとどっちも忙しいし…って、それよりも」
彼ら二人は幼馴染であり、時折こうして互いの家に集まって雑談をしている。今回はしばらく会っておらず、2ヶ月ぶりの再開となる。
しかしいつもどちらも気まぐれで訪れるため、相手のタイミングなど考慮していない。
「提出期限が迫ってる研究記録を書かないとだから、今ちょっと取り込んでるんだ。あんまり話せないけど、ゆっくりしてて」
「記録…大変だねぇ」
鍵を掛けてきたレイゼは、記録を書き直すために何故かインク瓶に右手を翳す。
片方の手には機械めいたものを持ちながら、不思議そうに覗くミロウを横目にこう呟く。
『──ビルド』
途端、その機械から不可解な図形の文字列が出現する。
それは煌々と真っ青に光っており、絶えず形を切り替えていた。時には長い文字列に。時には一つの図形に、と。
「わぁ、何それ?」
「ちょっと待っててね。今はこの線を消したいから…」
機械から出た図形を指でなぞり、しかしすり抜け空を切った指を、線の引かれた紙に静かに置いた。
『インストール』
そう言うと、図形は一つずつが細い糸となり、不透明なゴムを思わせる材質はファイバーのようにガラスを象った。それはあらゆる光を取り巻いてきらきらとさせながら、その紙めがけて溶けるように消えていく。
ふっと息を吐き、レイゼは必要な線までも消えてしまったまっさらな記録用紙に顔を寄せた。
隣を見ると、目を輝かせたミロウの好奇心の滾った様子が。
「きれい!何それ?レイゼの魔法?」
魔法使いの一端であるミロウは、レイゼが用いた魔法とは違う不可解な現象に興味を持った。
透明な粉が紙の付近を未だ漂う様子は、静かながらに金属同士がぶつかり合った後の火花のようだ。
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そう言ってレイゼは棚から一冊の本──手帳を取り出すと、あるページを指差してミロウに見せる。
「"響素"っていうものを使ったんだ」
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