フラクタル・エバーノーツ

ログリオ

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第19話 百年河清を待つ小衣

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「…あんたを見てると、弟子を思い出すよ」

 必死に包帯を巻くレイゼを見ながら、リタヤータは話す。
 彼を手当てすることは王女の意思に反することになるのだと思っているから、彼女は手を差し出すことはしない。

「弟子?」
「そう。昔、弟子がいてね。あの子もあんたと同じような特異なものを研究してたんだ」

 徐ろにリタヤータは、彼女の瞳と同じような山吹色の帽子を被る。

「特異と言えど…ドクター・アスターが確立させた、現代魔法なんだがね」

 その言葉に、レイゼはミロウに初めて響素を見せた時を思い出す。
 “やっぱり、こんな魔法じゃ”と彼女が言っていたのは、過去に起因することだったのだろう。

「現代魔法も、このような逼塞ひっそくした時代があったんですね」
「そりゃもう凄かった。よくここまでアイノウンに定着したよ」

 そうしてしばらく話していると、またコンコンと小気味良く扉が叩かれた。

「リタ、もういいわよ。彼の処置が決まったわ」

 アネモネの声だ。

「……そうですか。それでは、失礼します」

 惜しげにレイゼを見つめる橙の瞳の中に、僅かな水面が揺れていた。
 代わるがわる入ってきたのは、アネモネと大きな山羊の角を持った銀髪の男。

「彼がマウスとして協力して下さる方ですか」
「えぇ」

 男はレイゼの前に立ち、不器用に巻かれた包帯を見る。
 その瞳に、光はほとんど映っていなかった。

「即刻処刑してしまうのも惜しいもの」

 冷ややかに告げるアネモネは、最早レイゼすら見ていない。

「…マウス?」
「"素体"はアイノウン人、しかし響素を使うことが出来る。解剖、そして解析すれば…技術を齎せます」
「解剖…?!どうして急にそんなこと…」

 男は反発するレイゼに蹴りを入れ、彼の握っていた応急薬が地面に散らばる。
 疲弊とその衝撃のせいか、レイゼの意識は飛んでしまった。

「大人しくして下さい。瀕死とおっしゃられていた筈ですが…」
「誰かが手当をしたのでしょうね。逃さないよう、持っていって頂戴」

 アネモネは手を払う動作をし、レイゼを魔法で空中に浮かせた。
 それと同時に、こつんとなにかが罅割れる音が聞こえてくる。

「…何かしら、この音」
「この地下牢は老朽化が進んでいるのでしょう。恐らく何かが欠けた音だと──」

 絶えず響く音は、彼らに苛立ちを与えた。

「──軽い修理を致します。王室に近いですし、このままでも大変でしょう」

 音のする天井へ目を向けると、どんどんその罅が大きくなっていっていることが分かる。

「また天井が…もう王宮の地下は駄目ね」
「いえ、これは…」

 きらりとその間から、何か深い青の水晶のようなものが見える。

「…人為的なものですね」

 その瞬間、レイゼが起こした爆発と同じような衝撃が地下室を襲う。
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