フラクタル・エバーノーツ

ログリオ

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第27話 刹那の邯鄲、相穿つ

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──ミロウ視点。

 一つ問う毎に、彼は一歩ずつ近づいてくる。
 最早彼をレイゼだと思うことは出来なくなっていた。
 喉を掻っ切るのかと問われた時、わたしは込める魔力を思わず弱めてしまった。

「いいよ。それが似合うぐらい、ぼくは君を騙して来たんだから」

 彼がレイゼで無くなったと感じた時、彼の瞳の濁りは全く消え去っていた。
 以前の"レイゼ"は誰に対しても敵意に満ちていて、幼馴染のわたしにすらも警戒心があった。
 今の彼はひどく優しい。これまでとは考えられないぐらい。

「君が望むレイゼを演じてきたつもりだ。君と"初めて"会った時、微笑んでくれたお礼にね」

 誰だ、と問い続けるのは野暮だ。結局、言われても分からないのだから。
 ぎゅっと杖を握って前を向くと、彼はわたしの眼前まで来ていた。突きつけていた刃は消えている。

「…ごめんね、レイゼ。お前は彼女を愛していたのに」

 誰に言うでもなくぽつりと呟いたその言葉は、しかしわたしに聞かせているようだった。

「あ、愛…?」

 思わず聞き返してしまう。でっち上げだとしても、けれど聞き逃すには惜しい言葉だ。
 彼は俯いた顔を上げ、徐ろに懐から一冊の本を出す。

「もしぼくを裂くのなら、この手帳だけ受け取って欲しい」

 恭しく渡して来たのは、分厚い古ぼけた日記だ。
 さっきの言葉といい、彼は何を言っているのだろうと日記を捲ってみる。
 彼が"愛していた"と言っていたのは本当のようで、ページにはわたしに対して無数の言葉が書かれていた。

「……レイゼが魔法を好きなように、ぼくも魔法に憧れてた」

 わたしがへどもどしていると、彼はわたしの杖の柄を握った。
 そして取り上げ、ぶんと一振りする。

「初級も初級の魔法しか使えなかったレイゼは、君をもはや神だと崇めていたよ」
「……」
「ぼくが"もう一度"死んでしまえば、レイゼは戻ってくるのかな?」

 そう言って杖をまたわたしの手に握らせる。
 やりきれなくなって、わたしはどうしてか彼の頬をわずかに切った。
 血が垂れる。けれど彼は笑ったままだ。

「レイゼを奪って、ごめん。あの刃でぼくを切って欲しい」

 杖の宝石を、彼は自身で首元に翳す。
 彼は魔法を使えない筈なのに、宝石は魔力を帯びていく。

「…っ待って!」

 杖を勢いよく引くと、それを握っていた彼は盛大にコケてしまう。

「どうしたの?」
「たとえ貴方がレイゼじゃなかったとしても…体はレイゼだもの。殺すことなんて出来っこないよ…!」
「…レイゼを奪ったぼくが、憎くはないの?」

 憎い、というよりも、得体の知れない者がレイゼになっているという恐怖の方が強い。
 そして──言ってはいけないのかもしれないが──元のレイゼよりも優しい彼に、少しばかり興味を持ってしまっていた。

「…貴方が何者なのか、自分の口で言ってくれたら…」

 あれだけ猜疑を抱いていたのに、わたしは彼を許してしまうのか──
 レイゼはわたしを好いてくれていた。けれど彼はどうなのだろうか。

「わたしをどう思ってるのか、言ってくれたら…そしたら…許して、あげる」

 自分でも何を言っているのか分からない。
 けれど、今はただ、何故かわたしは、レイゼを失うのが怖かった。
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