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第終話 フラクタル・エバーノーツ
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見渡すと、そこは見知らぬ景色だった。
やけに機械的な、現代的な風景だった。
後ろから、どうしてか瓦礫が瓦解する音が聞こえる。
僕──ぼくは、その恐怖に駆られて逃げだそうとする。
しかしそれは間に合わず、その瓦礫に飲まれてしまった。
「うぐ…」
瓦礫の大きな破片が後頭部を殴る。
さっきまでぼんやりと覚えていたことが、その瓦解のせいですっかり忘れてしまった。
何か術を掛けられたように、思い出のいくつかが思い出せない。
きっと忘れてはいけないものだろう。心の空虚があまりにも大きい。
他に忘れているものはないだろうかと、記憶を思い起こしてみる。
ぼくの目的は、ログフラクタで響素を学ぶこと。
そのために、旅をしていた。二人で──誰と?
あぁ、これか。空虚を生み出している記憶の空白は。
いくつもの瓦礫のせいで、ぼくの呼吸は弱くなっていく。
しかしふと、積み上がった瓦礫の前に誰かが立ち止まる気配がする。
恐怖と困惑で、弱い呼吸は過呼吸になる。
『響素コード "セグエラー"』
聞きなれぬ呪文が聞こえたかと思うと、ぼくの視界は一気に広くなる。
誰かが助けてくれたのだろうか。
そう思い、その人物を見上げる──
──それは、ずっと焦がれて来た人だった。
「…見る限り、アイノウン軍ではなさそうだ。お前…何故ここにいるんだ?」
銀髪に金色の瞳。
「貴方は、フロウリーグラムさんですか」
「……あぁ、そう…だな。前リネットが言っていた、連絡をくれた方か…」
ずっと焦がれていた人だ。
けれど、どうしてこんな都合良く会えたのだろう。
「でも…失礼ですが、貴方は女性だとお伺いしておりました、が…」
「…それは、そうだったんだが、その…詮索しないでくれ。とにかくここは危険だ。安全な場所へ案内しよう」
彼はひどく疲れている表情だった。
ぼくを瓦礫から引っ張り出すと、服に付いている血に驚愕する。
「…その血、どうしたんだ?怪我でも…」
「え…?いえ、ぼくは怪我なんてしてないです…何だろう、これ…」
思い出そうとするも、空虚な部分に突っかかって何も分からない。
知らぬうちに誰かを…いや、ぼくにそんな度胸は無い。なら、どうして?
「これから避難場所に案内するが…もしお前がアイノウン軍の傘下だとしたら、俺はお前を容赦無く殺す。いいな?」
「アイノウン軍…?もう戦争が始まっているんですか?」
「……知らないのか…?まぁいい。手を取れ」
そう言ってフロウリーグラムさんはぼくに手を差し出してくる。
右手を出そうと思って腕を上げると、痛覚が引き裂かれんほどの痛みが襲ってきた。
「……っ?!?!」
聞こえてはいけない音が右手から聞こえる。
こんな惨事になっていたとは。
「おい、大丈夫か?…って」
腕をぶらりとさせて痛みに悶えていると、フロウリーグラムさんもぼくの惨事に気が付いたようだ。
「お前は…恐らくアイノウン人だよな?」
「えぇ、そうです…一応」
彼は不意に後ろを向き、焦ったようにぼくの体を担ぐ。
よく見ると、彼も大きな怪我まみれだった。
「…まぁいい…逃げるぞ」
その腕にやけに安心感を覚えてしまい、いつのまにかぼくは眠ってしまっていた。
「…起きろ」
やけに冷たい床にぼくは投げられた。
研究室のような、無機質な部屋だ。
「あ…寝てた…すみません」
「いい。お前は巻き込まれたただの一般人だ」
ここは寒い。ぶるりと体を震わせると、フロウリーグラムさんが白衣を掛けてくれた。
「暫くそこで休んでろ」
「え、あ…ありがとうございます」
彼はぼくの向かいの椅子に座ると、蹲って深い息を吐く。
苦しそうな息だった。
「…あの、少しだけお話ししませんか」
気を紛らわせるだろうかと声を掛けてみる。
こちらを振り向かず、彼はただ頷くだけして了承した。
「ぼく、ここへ来る前の記憶が全然なくて…貴方が近くにいたので、何か知ってらっしゃるかなと…」
「…俺も目の前のことに夢中だったから、上手く周りを把握出来ていないが…濃い魔力を感じた。その直後に瓦礫が崩れて、そこにお前が出現した」
「そうなんですね…僕は魔法を使えないのに…不思議な」
「アイノウン人なのに魔法を使えないのか?妙だな…」
「は、はい。でも響素は使えるんです。だから貴方の元を訪ねたくて」
「そうか…話を聞かせてもらえるか。何かヒントぐらいはやれるかもしれない」
振り向いた彼は、どうしてか涙を流していた。
それに触れることはせず、思い出せることを話そうと口を開いた──
──これが、ただの全ての始まりだった。
フラクタル・エバーノーツ
やけに機械的な、現代的な風景だった。
後ろから、どうしてか瓦礫が瓦解する音が聞こえる。
僕──ぼくは、その恐怖に駆られて逃げだそうとする。
しかしそれは間に合わず、その瓦礫に飲まれてしまった。
「うぐ…」
瓦礫の大きな破片が後頭部を殴る。
さっきまでぼんやりと覚えていたことが、その瓦解のせいですっかり忘れてしまった。
何か術を掛けられたように、思い出のいくつかが思い出せない。
きっと忘れてはいけないものだろう。心の空虚があまりにも大きい。
他に忘れているものはないだろうかと、記憶を思い起こしてみる。
ぼくの目的は、ログフラクタで響素を学ぶこと。
そのために、旅をしていた。二人で──誰と?
あぁ、これか。空虚を生み出している記憶の空白は。
いくつもの瓦礫のせいで、ぼくの呼吸は弱くなっていく。
しかしふと、積み上がった瓦礫の前に誰かが立ち止まる気配がする。
恐怖と困惑で、弱い呼吸は過呼吸になる。
『響素コード "セグエラー"』
聞きなれぬ呪文が聞こえたかと思うと、ぼくの視界は一気に広くなる。
誰かが助けてくれたのだろうか。
そう思い、その人物を見上げる──
──それは、ずっと焦がれて来た人だった。
「…見る限り、アイノウン軍ではなさそうだ。お前…何故ここにいるんだ?」
銀髪に金色の瞳。
「貴方は、フロウリーグラムさんですか」
「……あぁ、そう…だな。前リネットが言っていた、連絡をくれた方か…」
ずっと焦がれていた人だ。
けれど、どうしてこんな都合良く会えたのだろう。
「でも…失礼ですが、貴方は女性だとお伺いしておりました、が…」
「…それは、そうだったんだが、その…詮索しないでくれ。とにかくここは危険だ。安全な場所へ案内しよう」
彼はひどく疲れている表情だった。
ぼくを瓦礫から引っ張り出すと、服に付いている血に驚愕する。
「…その血、どうしたんだ?怪我でも…」
「え…?いえ、ぼくは怪我なんてしてないです…何だろう、これ…」
思い出そうとするも、空虚な部分に突っかかって何も分からない。
知らぬうちに誰かを…いや、ぼくにそんな度胸は無い。なら、どうして?
「これから避難場所に案内するが…もしお前がアイノウン軍の傘下だとしたら、俺はお前を容赦無く殺す。いいな?」
「アイノウン軍…?もう戦争が始まっているんですか?」
「……知らないのか…?まぁいい。手を取れ」
そう言ってフロウリーグラムさんはぼくに手を差し出してくる。
右手を出そうと思って腕を上げると、痛覚が引き裂かれんほどの痛みが襲ってきた。
「……っ?!?!」
聞こえてはいけない音が右手から聞こえる。
こんな惨事になっていたとは。
「おい、大丈夫か?…って」
腕をぶらりとさせて痛みに悶えていると、フロウリーグラムさんもぼくの惨事に気が付いたようだ。
「お前は…恐らくアイノウン人だよな?」
「えぇ、そうです…一応」
彼は不意に後ろを向き、焦ったようにぼくの体を担ぐ。
よく見ると、彼も大きな怪我まみれだった。
「…まぁいい…逃げるぞ」
その腕にやけに安心感を覚えてしまい、いつのまにかぼくは眠ってしまっていた。
「…起きろ」
やけに冷たい床にぼくは投げられた。
研究室のような、無機質な部屋だ。
「あ…寝てた…すみません」
「いい。お前は巻き込まれたただの一般人だ」
ここは寒い。ぶるりと体を震わせると、フロウリーグラムさんが白衣を掛けてくれた。
「暫くそこで休んでろ」
「え、あ…ありがとうございます」
彼はぼくの向かいの椅子に座ると、蹲って深い息を吐く。
苦しそうな息だった。
「…あの、少しだけお話ししませんか」
気を紛らわせるだろうかと声を掛けてみる。
こちらを振り向かず、彼はただ頷くだけして了承した。
「ぼく、ここへ来る前の記憶が全然なくて…貴方が近くにいたので、何か知ってらっしゃるかなと…」
「…俺も目の前のことに夢中だったから、上手く周りを把握出来ていないが…濃い魔力を感じた。その直後に瓦礫が崩れて、そこにお前が出現した」
「そうなんですね…僕は魔法を使えないのに…不思議な」
「アイノウン人なのに魔法を使えないのか?妙だな…」
「は、はい。でも響素は使えるんです。だから貴方の元を訪ねたくて」
「そうか…話を聞かせてもらえるか。何かヒントぐらいはやれるかもしれない」
振り向いた彼は、どうしてか涙を流していた。
それに触れることはせず、思い出せることを話そうと口を開いた──
──これが、ただの全ての始まりだった。
フラクタル・エバーノーツ
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