悪役令嬢は優雅にさようなら!〜婚約破棄されたので、自由気ままに生きていきます。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
1 / 28

1

しおりを挟む
王立アカデミーの卒業記念パーティーは、国の未来を担う若者たちの熱気と、それを祝う大人たちの期待に満ちていた。

きらびやかなシャンデリアが広間を照らし、優雅な音楽が流れる中、誰もが笑顔で語らっている。

「皆様、ご静粛に」

凛とした声が響き渡り、音楽が止んだ。
視線が集まる先には、この国の第一王子であるエスプレッソ・カプチーノ殿下が、美しい金髪を揺らして立っていた。
その隣には、儚げな魅力を持つ男爵令嬢モカ・マキアートが、不安そうに寄り添っている。

そして、その二人が見据える先には、一人。
豪奢な深紅のドレスを身にまとった公爵令嬢、ラテ・メランジュが、涼しい顔でワイングラスを傾けていた。

(あら、やっと始まるのかしら)

ラテは内心で小さくため息をつく。
この日のために、わざわざ一番目立つドレスを選んで差し上げたのだ。
早くお役目を終わらせて、家に帰って新作のケーキを食べたい。

「ラテ・メランジュ公爵令嬢!」

エスプレッソ王子が、糾弾するかのようにラテの名前を叫ぶ。

「貴様という女は、あまりにも身勝手で、傲慢だ! か弱きモカに対して、数々の嫌がらせを行い、その心を深く傷つけた!」

会場がざわめき始める。
あちらこちらから「やはりあの悪役令嬢が」「なんて恐ろしい」という囁きが聞こえてくる。

(嫌がらせ? ああ、階段でドレスの裾を踏んづけてしまったことかしら。あれは貴女が急に立ち止まるからでしょうに)

ラテはそんなことを考えながら、表情一つ変えずに王子を見つめる。

「嫉妬に狂った貴様のその邪悪な心! 未来の国母として、到底ふさわしいものではない!」

王子は芝居がかった仕草でモカの肩を抱き寄せた。

「私は、真実の愛に目覚めたのだ! このモカこそが、私の運命の相手。よって……」

王子は一度言葉を切り、会場中の注目を一身に集めてから、高らかに宣言した。

「ラテ・メランジュ! 貴様との婚約を、今この場で破棄させてもらう!」

ついに来た。
その言葉を待っていた。

ラテは内心でガッツポーズをしながらも、完璧な淑女の笑みを浮かべる。

「まあ、エスプレッソ殿下」

鈴を転がすような、美しい声だった。
誰もが、ラテが泣き崩れるか、あるいは激昂するかと固唾を飲んで見守っていた。
しかし、彼女の反応は、そのどちらでもなかった。

「そのような重大なことを、このような場所で発表なさるなんて。さすがは王家の度量ですわね。感服いたしました」

「なっ……!」

予想外の反応に、エスプレッソ王子は言葉を失う。

「ラテ様……わ、私が至らないばかりに……ごめんなさい……」

隣でモカが、瞳を潤ませながらか細い声で謝罪する。
その姿は、いかにも悲劇のヒロイン然としていた。

「あら、マキアート嬢。貴女が謝る必要はございませんことよ。これは、わたくしと殿下の問題ですもの」

ラテは優雅に微笑みかける。
そして、ゆっくりと王子に向き直った。

「して、殿下。今のお言葉、真でございますね?」

「も、もちろんだ! 私は民の前で嘘はつかん!」

「結構ですわ。では、殿下がおっしゃった婚約破棄の件」

ラテは一度、言葉を切る。
そして、その場の誰の予想をも裏切る言葉を、はっきりと口にした。

「謹んで、お受けいたします」

しん、と大広間が静まり返った。
音楽も、ざわめきも、何もかもが止まる。

エスプレッソ王子は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でラテを見ていた。
隣のモカも、潤んでいた瞳をまん丸くして固まっている。

「……は?」

王子から、間の抜けた声が漏れた。

「聞こえませんでしたか? でしたら、もう一度申し上げますわ。その婚約破棄、謹んでお受けいたします、と」

ラテは完璧なカーテシーを披露する。
その立ち居振る舞いは、どこまでも優雅で、美しかった。

「な、なぜ……! 貴様は、この私を愛していたのではないのか!? 悲しくはないのか!?」

「さあ? わたくし、物忘れが激しいもので。過去の感情など、とうの昔に忘れてしまいましたわ」

くすりとラテは笑う。
その余裕のある態度に、王子のプライドはぐらりと揺らいだ。

「そ、そんな……」

「ご理解いただけたようで、ようございました。ああ、そうだわ。長きにわたる婚約期間、お互いに費やした時間と労力、そして精神的苦痛。これらの慰謝料につきましては、後日、我がメランジュ公爵家より正式に請求させていただきますので、よしなにご準備くださいませね」

「い、慰謝料だと!?」

「当然ですわ。これは、殿下からの『一方的な』婚約破棄なのですから」

にっこりとラテは微笑む。
その笑顔は、どんな悪魔よりも恐ろしく、そして聖女のように美しかった。

「それでは皆様、わたくしはこれにて失礼いたしますわ。どうぞ、この若き二人の真実の愛を、盛大にお祝いして差し上げてくださいませ」

ラテは、その場にいる全ての人々に向かって優雅に一礼すると、くるりと背を向けた。

「あ、お待ちください、ラテ様!」

モカが何か言おうとしたが、ラテは振り返らない。
まっすぐに、堂々と、誰よりも美しい姿勢で、大広間の巨大な扉へと歩いていく。

誰も、彼女を止めることができなかった。

残されたのは、呆然と立ち尽くす王子とヒロイン、そして、前代未聞の婚約破棄劇に言葉を失った貴族たちだけだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~

天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。 どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。 鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます! ※他サイトにも掲載しています

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処理中です...