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王立アカデミーの卒業記念パーティーは、国の未来を担う若者たちの熱気と、それを祝う大人たちの期待に満ちていた。
きらびやかなシャンデリアが広間を照らし、優雅な音楽が流れる中、誰もが笑顔で語らっている。
「皆様、ご静粛に」
凛とした声が響き渡り、音楽が止んだ。
視線が集まる先には、この国の第一王子であるエスプレッソ・カプチーノ殿下が、美しい金髪を揺らして立っていた。
その隣には、儚げな魅力を持つ男爵令嬢モカ・マキアートが、不安そうに寄り添っている。
そして、その二人が見据える先には、一人。
豪奢な深紅のドレスを身にまとった公爵令嬢、ラテ・メランジュが、涼しい顔でワイングラスを傾けていた。
(あら、やっと始まるのかしら)
ラテは内心で小さくため息をつく。
この日のために、わざわざ一番目立つドレスを選んで差し上げたのだ。
早くお役目を終わらせて、家に帰って新作のケーキを食べたい。
「ラテ・メランジュ公爵令嬢!」
エスプレッソ王子が、糾弾するかのようにラテの名前を叫ぶ。
「貴様という女は、あまりにも身勝手で、傲慢だ! か弱きモカに対して、数々の嫌がらせを行い、その心を深く傷つけた!」
会場がざわめき始める。
あちらこちらから「やはりあの悪役令嬢が」「なんて恐ろしい」という囁きが聞こえてくる。
(嫌がらせ? ああ、階段でドレスの裾を踏んづけてしまったことかしら。あれは貴女が急に立ち止まるからでしょうに)
ラテはそんなことを考えながら、表情一つ変えずに王子を見つめる。
「嫉妬に狂った貴様のその邪悪な心! 未来の国母として、到底ふさわしいものではない!」
王子は芝居がかった仕草でモカの肩を抱き寄せた。
「私は、真実の愛に目覚めたのだ! このモカこそが、私の運命の相手。よって……」
王子は一度言葉を切り、会場中の注目を一身に集めてから、高らかに宣言した。
「ラテ・メランジュ! 貴様との婚約を、今この場で破棄させてもらう!」
ついに来た。
その言葉を待っていた。
ラテは内心でガッツポーズをしながらも、完璧な淑女の笑みを浮かべる。
「まあ、エスプレッソ殿下」
鈴を転がすような、美しい声だった。
誰もが、ラテが泣き崩れるか、あるいは激昂するかと固唾を飲んで見守っていた。
しかし、彼女の反応は、そのどちらでもなかった。
「そのような重大なことを、このような場所で発表なさるなんて。さすがは王家の度量ですわね。感服いたしました」
「なっ……!」
予想外の反応に、エスプレッソ王子は言葉を失う。
「ラテ様……わ、私が至らないばかりに……ごめんなさい……」
隣でモカが、瞳を潤ませながらか細い声で謝罪する。
その姿は、いかにも悲劇のヒロイン然としていた。
「あら、マキアート嬢。貴女が謝る必要はございませんことよ。これは、わたくしと殿下の問題ですもの」
ラテは優雅に微笑みかける。
そして、ゆっくりと王子に向き直った。
「して、殿下。今のお言葉、真でございますね?」
「も、もちろんだ! 私は民の前で嘘はつかん!」
「結構ですわ。では、殿下がおっしゃった婚約破棄の件」
ラテは一度、言葉を切る。
そして、その場の誰の予想をも裏切る言葉を、はっきりと口にした。
「謹んで、お受けいたします」
しん、と大広間が静まり返った。
音楽も、ざわめきも、何もかもが止まる。
エスプレッソ王子は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でラテを見ていた。
隣のモカも、潤んでいた瞳をまん丸くして固まっている。
「……は?」
王子から、間の抜けた声が漏れた。
「聞こえませんでしたか? でしたら、もう一度申し上げますわ。その婚約破棄、謹んでお受けいたします、と」
ラテは完璧なカーテシーを披露する。
その立ち居振る舞いは、どこまでも優雅で、美しかった。
「な、なぜ……! 貴様は、この私を愛していたのではないのか!? 悲しくはないのか!?」
「さあ? わたくし、物忘れが激しいもので。過去の感情など、とうの昔に忘れてしまいましたわ」
くすりとラテは笑う。
その余裕のある態度に、王子のプライドはぐらりと揺らいだ。
「そ、そんな……」
「ご理解いただけたようで、ようございました。ああ、そうだわ。長きにわたる婚約期間、お互いに費やした時間と労力、そして精神的苦痛。これらの慰謝料につきましては、後日、我がメランジュ公爵家より正式に請求させていただきますので、よしなにご準備くださいませね」
「い、慰謝料だと!?」
「当然ですわ。これは、殿下からの『一方的な』婚約破棄なのですから」
にっこりとラテは微笑む。
その笑顔は、どんな悪魔よりも恐ろしく、そして聖女のように美しかった。
「それでは皆様、わたくしはこれにて失礼いたしますわ。どうぞ、この若き二人の真実の愛を、盛大にお祝いして差し上げてくださいませ」
ラテは、その場にいる全ての人々に向かって優雅に一礼すると、くるりと背を向けた。
「あ、お待ちください、ラテ様!」
モカが何か言おうとしたが、ラテは振り返らない。
まっすぐに、堂々と、誰よりも美しい姿勢で、大広間の巨大な扉へと歩いていく。
誰も、彼女を止めることができなかった。
残されたのは、呆然と立ち尽くす王子とヒロイン、そして、前代未聞の婚約破棄劇に言葉を失った貴族たちだけだった。
きらびやかなシャンデリアが広間を照らし、優雅な音楽が流れる中、誰もが笑顔で語らっている。
「皆様、ご静粛に」
凛とした声が響き渡り、音楽が止んだ。
視線が集まる先には、この国の第一王子であるエスプレッソ・カプチーノ殿下が、美しい金髪を揺らして立っていた。
その隣には、儚げな魅力を持つ男爵令嬢モカ・マキアートが、不安そうに寄り添っている。
そして、その二人が見据える先には、一人。
豪奢な深紅のドレスを身にまとった公爵令嬢、ラテ・メランジュが、涼しい顔でワイングラスを傾けていた。
(あら、やっと始まるのかしら)
ラテは内心で小さくため息をつく。
この日のために、わざわざ一番目立つドレスを選んで差し上げたのだ。
早くお役目を終わらせて、家に帰って新作のケーキを食べたい。
「ラテ・メランジュ公爵令嬢!」
エスプレッソ王子が、糾弾するかのようにラテの名前を叫ぶ。
「貴様という女は、あまりにも身勝手で、傲慢だ! か弱きモカに対して、数々の嫌がらせを行い、その心を深く傷つけた!」
会場がざわめき始める。
あちらこちらから「やはりあの悪役令嬢が」「なんて恐ろしい」という囁きが聞こえてくる。
(嫌がらせ? ああ、階段でドレスの裾を踏んづけてしまったことかしら。あれは貴女が急に立ち止まるからでしょうに)
ラテはそんなことを考えながら、表情一つ変えずに王子を見つめる。
「嫉妬に狂った貴様のその邪悪な心! 未来の国母として、到底ふさわしいものではない!」
王子は芝居がかった仕草でモカの肩を抱き寄せた。
「私は、真実の愛に目覚めたのだ! このモカこそが、私の運命の相手。よって……」
王子は一度言葉を切り、会場中の注目を一身に集めてから、高らかに宣言した。
「ラテ・メランジュ! 貴様との婚約を、今この場で破棄させてもらう!」
ついに来た。
その言葉を待っていた。
ラテは内心でガッツポーズをしながらも、完璧な淑女の笑みを浮かべる。
「まあ、エスプレッソ殿下」
鈴を転がすような、美しい声だった。
誰もが、ラテが泣き崩れるか、あるいは激昂するかと固唾を飲んで見守っていた。
しかし、彼女の反応は、そのどちらでもなかった。
「そのような重大なことを、このような場所で発表なさるなんて。さすがは王家の度量ですわね。感服いたしました」
「なっ……!」
予想外の反応に、エスプレッソ王子は言葉を失う。
「ラテ様……わ、私が至らないばかりに……ごめんなさい……」
隣でモカが、瞳を潤ませながらか細い声で謝罪する。
その姿は、いかにも悲劇のヒロイン然としていた。
「あら、マキアート嬢。貴女が謝る必要はございませんことよ。これは、わたくしと殿下の問題ですもの」
ラテは優雅に微笑みかける。
そして、ゆっくりと王子に向き直った。
「して、殿下。今のお言葉、真でございますね?」
「も、もちろんだ! 私は民の前で嘘はつかん!」
「結構ですわ。では、殿下がおっしゃった婚約破棄の件」
ラテは一度、言葉を切る。
そして、その場の誰の予想をも裏切る言葉を、はっきりと口にした。
「謹んで、お受けいたします」
しん、と大広間が静まり返った。
音楽も、ざわめきも、何もかもが止まる。
エスプレッソ王子は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でラテを見ていた。
隣のモカも、潤んでいた瞳をまん丸くして固まっている。
「……は?」
王子から、間の抜けた声が漏れた。
「聞こえませんでしたか? でしたら、もう一度申し上げますわ。その婚約破棄、謹んでお受けいたします、と」
ラテは完璧なカーテシーを披露する。
その立ち居振る舞いは、どこまでも優雅で、美しかった。
「な、なぜ……! 貴様は、この私を愛していたのではないのか!? 悲しくはないのか!?」
「さあ? わたくし、物忘れが激しいもので。過去の感情など、とうの昔に忘れてしまいましたわ」
くすりとラテは笑う。
その余裕のある態度に、王子のプライドはぐらりと揺らいだ。
「そ、そんな……」
「ご理解いただけたようで、ようございました。ああ、そうだわ。長きにわたる婚約期間、お互いに費やした時間と労力、そして精神的苦痛。これらの慰謝料につきましては、後日、我がメランジュ公爵家より正式に請求させていただきますので、よしなにご準備くださいませね」
「い、慰謝料だと!?」
「当然ですわ。これは、殿下からの『一方的な』婚約破棄なのですから」
にっこりとラテは微笑む。
その笑顔は、どんな悪魔よりも恐ろしく、そして聖女のように美しかった。
「それでは皆様、わたくしはこれにて失礼いたしますわ。どうぞ、この若き二人の真実の愛を、盛大にお祝いして差し上げてくださいませ」
ラテは、その場にいる全ての人々に向かって優雅に一礼すると、くるりと背を向けた。
「あ、お待ちください、ラテ様!」
モカが何か言おうとしたが、ラテは振り返らない。
まっすぐに、堂々と、誰よりも美しい姿勢で、大広間の巨大な扉へと歩いていく。
誰も、彼女を止めることができなかった。
残されたのは、呆然と立ち尽くす王子とヒロイン、そして、前代未聞の婚約破棄劇に言葉を失った貴族たちだけだった。
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