悪役令嬢は優雅にさようなら!〜婚約破棄されたので、自由気ままに生きていきます。

パリパリかぷちーの

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くるりと背を向け、巨大な扉へと歩き出すラテ。
その背中に、焦りをにじませた王子の声が突き刺さった。

「ま、待て! 話はまだ終わっていない!」

ラテはぴたりと足を止め、ゆっくりと振り返る。
その表情は、面白いお芝居でも観るかのように楽しげですらあった。

「まだ何か、おありでして?」

「当たり前だ! 貴様の罪状は、まだ山ほどあるのだぞ!」

エスプレッソ王子は、自らの威厳を取り戻そうと必死に声を張り上げる。
ラテが予想外の反応をしたことで崩れかけた糾弾劇を、なんとか元の筋書きに戻そうとしているのが見え見えだった。

(罪状、でございますか。よろしいですわ。全て、お相手して差し上げましょう)

ラテは優雅に微笑んだ。

「まあ、恐ろしい。このわたくしに、まだ罪状が? ぜひお聞かせ願えますかしら。今後の参考にいたしますので」

その余裕綽々の態度に、王子は顔を赤くする。

「しらばっくれるな! 貴様はアカデミーの図書館で、モカが読んでいた恋愛小説を隠したであろう!」

王子が指差すと、モカが「はい、そうですの…わたくしが楽しみにしていた本が、無くなってしまって…」と涙ぐむ。

会場が「まあ、なんて意地悪な」とざわめき始める。

しかし、ラテは首をかしげた。

「隠す? 人聞きの悪いことをおっしゃいますね、殿下」

「何が違うのだ!」

「わたくしはただ、読み終わった本を、本来あるべき書架に戻しただけでございますわ」

「な……」

「そもそも、図書館の本は公共の物。個人の机に何日も置きっぱなしにして独占することの方が、よほど問題ではございませんか? 次に読みたい方が困ってしまいますもの」

ラテの完璧な正論に、会場の空気が少し変わる。
特に、普段から図書館を利用する生徒たちからは「確かにそうだ」という声が聞こえてきそうだ。

「ぐ……! で、では! 先日、アカデミーの階段でモカを突き飛ばしたのはどうなのだ!」

王子が次の罪状を突きつける。
モカも待ってましたとばかりに「そうなのです! 私、ラテ様に突き飛ばされて、足が痣だらけに……」とドレスの裾を少しだけまくり上げる仕草をする。

「まあ、お可哀想に。そんなに酷い痣ができたのでしたら、すぐに医務室へ行かれましたでしょうね? 診断書はございますの?」

「え……そ、それは……」

モカが口ごもる。
ラテは小さくため息をついた。

「よろしいですか、殿下。あれは、わたくしの目の前でマキアート嬢が盛大にドレスの裾を踏んで転びかけたので、助けようと手を伸ばしたら、もつれ合って一緒に転んでしまっただけのこと。むしろ、とっさに受け身をとったわたくしの方が、腕をすりむきましたのよ」

そう言って、ラテは白い手袋を片方だけ外し、すっと細い腕を掲げてみせる。
そこには、もう治りかけてはいるが、確かに痛々しい擦り傷の跡があった。

「ああ、公爵令嬢も怪我をなさっていたのか」
「あの時、ラテ様のドレスも泥だらけだったわ」

周囲の令嬢たちの囁きが、王子の耳にも届く。
旗色が悪くなってきたのを感じた王子は、さらに声を荒らげた。

「こ、言葉巧みに言い逃れるつもりか! 貴様がお茶会で、モカの淹れた紅茶を『泥水』のようだと罵ったのは事実だろう!」

「ええ、事実ですわ」

ラテはあっさりと認めた。
これには王子も、一瞬虚を突かれた顔になる。

「何一つ、間違ったことは申しておりません。あのように濁り、香りも飛んでしまった紅茶は、泥水と評されても仕方がございませんわ」

「な、なんてことを……! モカが、私のために一生懸命淹れてくれた紅茶だぞ!」

「でしたら、なおさらですわ。未来の王太子妃、ひいては国母となるかもしれない方が、お客様にお出しする紅茶の淹れ方もご存じないなど、国の恥になりかねません。わたくし、マキアート嬢と我が国の未来を案じ、親切心からご指導申し上げたつもりですのに」

「なっ……き、貴様……!」

「そもそも、メランジュ公爵家は古くから茶葉の輸入を手掛けておりますの。紅茶に対するわたくしの発言は、この国の茶葉業界全体の意見だとお考えいただいてもよろしくてよ?」

ラテがにっこり微笑むと、お茶会好きの貴婦人たちが「そうですわ」「あのお茶は少し…」とラテを擁護する雰囲気になり始めた。

王子がぐっと言葉に詰まる。
並べ立てたつもりの罪状は、ことごとくラテの正論(と少しの詭弁)によって打ち返されてしまった。

ラテはそんな王子に、慈悲深い笑みを向けた。

「ところで殿下」

「な、なんだ!」

「先ほどから殿下がおっしゃっているわたくしの罪状は、全て、そちらのマキアート嬢からお聞きになったことではありませんか?」

「そ、それがどうした!」

「殿下がご自身のその目で、わたくしが悪事を働くのをご覧になったことは、一度でもおありで?」

「…………」

エスプレッソ王子は、完全に沈黙した。
彼がモカを庇い、ラテを責める根拠は、全てモカの涙ながらの訴えだけだったからだ。

「どうやら、これ以上のお話はないようですわね」

ラテは、満足そうに頷いた。

「では、今度こそ、本当に失礼いたしますわ」

ラテは再びくるりと背を向ける。
その背中には、先ほどよりも強い、一種の尊敬の念すら含んだ視線が注がれていた。

今度こそ、王子はラテを呼び止めることができなかった。

大広間の扉が、ラテの姿を飲み込んで閉じる。

残されたのは、冷ややかな好奇の目に晒されるエスプレッソ王子と、どうしてこうなったのか分からずにただ泣きじゃくるモカ・マキアート。

完璧に計算され尽くした、悪役令嬢の鮮やかな退場劇だった。
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