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王宮の喧騒を後にしたラテを乗せた馬車は、静かにメランジュ公爵家の屋敷へと滑り込んだ。
壮麗な屋敷は、まるで何事もなかったかのように静まり返っている。
出迎えた老執事は、ラテの姿を見るなり深々と頭を下げた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ええ、ただいま戻りましたわ、セバス」
ラテはいつもと変わらぬ様子で馬車を降りる。
しかし、その心は少しだけ緊張していた。
(お父様とお母様、何ておっしゃるかしら……)
王家との婚約は、個人の問題だけでは済まない。
公爵家としての体面、政治的な立場、様々なものが絡み合っている。
いくらラテが望んだ結末とはいえ、両親に多大な迷惑をかけてしまったことは事実だった。
重い足取りで応接室の扉を開けると、そこには厳格な面持ちの父、オルレアン・メランジュ公爵が腕を組んで立っていた。
「……ラテ」
地を這うような低い声。
ラテは、きゅっと唇を結んだ。
「お父様。この度は、わたくしの軽率な行動により、メランジュ家に多大なるご迷惑をおかけいたしました。いかなる罰もお受けいたします」
深々と頭を下げるラテ。
しかし、父から返ってきたのは、予想だにしない言葉だった。
「……罰、だと?」
「はい」
「……ぷっ」
「え?」
「ぷはははははは! 罰だと申したか、ラテ! 馬鹿を言え!」
突然、メランジュ公爵は腹を抱えて笑い出した。
厳格な顔は見る影もなく、くしゃくしゃになっている。
「あっはっは! よくやった! 実に天晴れだ、我が娘よ!」
「お、お父様……?」
きょとんとするラテの肩を、父はバンバンと力強く叩く。
「聞いたぞ! あの石頭のエスプレッソ王子を、完膚なきまでに論破したそうではないか! しかも、慰謝料まで請求したと! 痛快! 実に痛快だ!」
「は、はあ……」
「お前が生まれてから今日までで、一番良い仕事をしたぞ! さすがは私の娘だ!」
ラテが呆気にとられていると、応接室の扉が静かに開き、母であるエリアーヌ公爵夫人がお茶を運んで入ってきた。
「まあ、あなた。したたがありませんことよ」
母は優雅に微笑みながら、夫を嗜める。
そして、ラテに向き直ると、その手を取った。
「お帰りなさい、ラテ。大変でしたでしょう」
「お母様……ご心配を……」
「心配? いいえ、少しも。むしろ、せいせいいたしましたわ」
母は、にっこりと花が咲くように笑った。
「本当に、良かった。あのような見る目のない殿方のもとへ、あなたを嫁がせることにならなくて」
「お母様まで……」
「当たり前ではありませんか。あなたは、もっと自由に、あなたらしく生きるべきですわ。王家の窮屈な暮らしなど、あなたには似合いませんもの」
父と母のあまりにもあっさりとした反応に、ラテは拍子抜けしてしまった。
「皆様、そんなにあの婚約がお嫌でしたの?」
すると、父と母は顔を見合わせて、同時に頷いた。
「当たり前だ!」
「ええ、もちろんよ」
「王家との付き合いなど、面倒なだけで少しも面白くないからな!」
と、父が言えば、
「殿方はすぐに政治の話ばかりなさるし、妃殿下のお茶会は退屈ですもの」
と、母が続ける。
「何より、あのエスプレッソ王子は駄目だ! 人の本質を見抜けず、見かけの可憐さに騙されるような男に、国は任せられん!」
「ええ。それに比べて、うちのラテはこんなに賢くて可愛いのに」
両親のあまりの溺愛ぶりに、さすがのラテも少し照れてしまう。
「もう、お父様もお母様も、大げさですわ」
「大げさなものか! よし、セバス!」
父が声を張ると、老執事がすっと現れた。
「今夜は祝杯だ! 我が娘の、輝かしい『自由』を祝して、地下のワインセラーから一番良い年代物を持ってこい! 料理も一番豪華なものを用意しろ!」
「かしこまりました、旦那様」
執事はにこやかに一礼し、下がっていった。
どうやら、使用人たちもこの結末を歓迎しているらしい。
その日のメランジュ公爵家の食卓は、まるで祝祭のように華やかだった。
「ラテの婚約破棄に、乾杯!」
「乾杯!」
高らかにワイングラスを掲げる父と母。
ラテも、少し呆れながらオレンジジュースの入ったグラスを合わせた。
「それにしても、慰謝料請求とは考えたな。いくらふんだくるつもりだ?」
「さあ? 向こうの出方次第ですわね。ですが、お父様。請求するのはお金だけではございませんわよ?」
「ほう?」
「わたくしが王太子妃教育のために費やした、膨大な時間。そして、受けた精神的苦痛。これらを、王家が独占していた北方の希少な薬草園の権利と、南方の宝石鉱山の採掘権で相殺していただこうかと思っておりますの」
ラテがにっこりと言うと、父は目を丸くし、そして再び腹を抱えて笑い出した。
「わはははは! お前は本当に、俺の娘だ! 最高だぞ、ラテ!」
豪華な食事の後、ラテの大好物であるチョコレートケーキが運ばれてくる。
「やっぱり、我が家が一番ですわ」
甘いケーキを頬張りながら、ラテは心の底から安堵していた。
婚約という重い鎖から解き放たれた今、目の前には無限の自由が広がっている。
(さて、明日から何をしましょうか)
メランジュ公爵令嬢、ラテの波乱万丈で自由気ままな第二の人生は、こうして家族の盛大な祝福と共に幕を開けたのだった。
壮麗な屋敷は、まるで何事もなかったかのように静まり返っている。
出迎えた老執事は、ラテの姿を見るなり深々と頭を下げた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ええ、ただいま戻りましたわ、セバス」
ラテはいつもと変わらぬ様子で馬車を降りる。
しかし、その心は少しだけ緊張していた。
(お父様とお母様、何ておっしゃるかしら……)
王家との婚約は、個人の問題だけでは済まない。
公爵家としての体面、政治的な立場、様々なものが絡み合っている。
いくらラテが望んだ結末とはいえ、両親に多大な迷惑をかけてしまったことは事実だった。
重い足取りで応接室の扉を開けると、そこには厳格な面持ちの父、オルレアン・メランジュ公爵が腕を組んで立っていた。
「……ラテ」
地を這うような低い声。
ラテは、きゅっと唇を結んだ。
「お父様。この度は、わたくしの軽率な行動により、メランジュ家に多大なるご迷惑をおかけいたしました。いかなる罰もお受けいたします」
深々と頭を下げるラテ。
しかし、父から返ってきたのは、予想だにしない言葉だった。
「……罰、だと?」
「はい」
「……ぷっ」
「え?」
「ぷはははははは! 罰だと申したか、ラテ! 馬鹿を言え!」
突然、メランジュ公爵は腹を抱えて笑い出した。
厳格な顔は見る影もなく、くしゃくしゃになっている。
「あっはっは! よくやった! 実に天晴れだ、我が娘よ!」
「お、お父様……?」
きょとんとするラテの肩を、父はバンバンと力強く叩く。
「聞いたぞ! あの石頭のエスプレッソ王子を、完膚なきまでに論破したそうではないか! しかも、慰謝料まで請求したと! 痛快! 実に痛快だ!」
「は、はあ……」
「お前が生まれてから今日までで、一番良い仕事をしたぞ! さすがは私の娘だ!」
ラテが呆気にとられていると、応接室の扉が静かに開き、母であるエリアーヌ公爵夫人がお茶を運んで入ってきた。
「まあ、あなた。したたがありませんことよ」
母は優雅に微笑みながら、夫を嗜める。
そして、ラテに向き直ると、その手を取った。
「お帰りなさい、ラテ。大変でしたでしょう」
「お母様……ご心配を……」
「心配? いいえ、少しも。むしろ、せいせいいたしましたわ」
母は、にっこりと花が咲くように笑った。
「本当に、良かった。あのような見る目のない殿方のもとへ、あなたを嫁がせることにならなくて」
「お母様まで……」
「当たり前ではありませんか。あなたは、もっと自由に、あなたらしく生きるべきですわ。王家の窮屈な暮らしなど、あなたには似合いませんもの」
父と母のあまりにもあっさりとした反応に、ラテは拍子抜けしてしまった。
「皆様、そんなにあの婚約がお嫌でしたの?」
すると、父と母は顔を見合わせて、同時に頷いた。
「当たり前だ!」
「ええ、もちろんよ」
「王家との付き合いなど、面倒なだけで少しも面白くないからな!」
と、父が言えば、
「殿方はすぐに政治の話ばかりなさるし、妃殿下のお茶会は退屈ですもの」
と、母が続ける。
「何より、あのエスプレッソ王子は駄目だ! 人の本質を見抜けず、見かけの可憐さに騙されるような男に、国は任せられん!」
「ええ。それに比べて、うちのラテはこんなに賢くて可愛いのに」
両親のあまりの溺愛ぶりに、さすがのラテも少し照れてしまう。
「もう、お父様もお母様も、大げさですわ」
「大げさなものか! よし、セバス!」
父が声を張ると、老執事がすっと現れた。
「今夜は祝杯だ! 我が娘の、輝かしい『自由』を祝して、地下のワインセラーから一番良い年代物を持ってこい! 料理も一番豪華なものを用意しろ!」
「かしこまりました、旦那様」
執事はにこやかに一礼し、下がっていった。
どうやら、使用人たちもこの結末を歓迎しているらしい。
その日のメランジュ公爵家の食卓は、まるで祝祭のように華やかだった。
「ラテの婚約破棄に、乾杯!」
「乾杯!」
高らかにワイングラスを掲げる父と母。
ラテも、少し呆れながらオレンジジュースの入ったグラスを合わせた。
「それにしても、慰謝料請求とは考えたな。いくらふんだくるつもりだ?」
「さあ? 向こうの出方次第ですわね。ですが、お父様。請求するのはお金だけではございませんわよ?」
「ほう?」
「わたくしが王太子妃教育のために費やした、膨大な時間。そして、受けた精神的苦痛。これらを、王家が独占していた北方の希少な薬草園の権利と、南方の宝石鉱山の採掘権で相殺していただこうかと思っておりますの」
ラテがにっこりと言うと、父は目を丸くし、そして再び腹を抱えて笑い出した。
「わはははは! お前は本当に、俺の娘だ! 最高だぞ、ラテ!」
豪華な食事の後、ラテの大好物であるチョコレートケーキが運ばれてくる。
「やっぱり、我が家が一番ですわ」
甘いケーキを頬張りながら、ラテは心の底から安堵していた。
婚約という重い鎖から解き放たれた今、目の前には無限の自由が広がっている。
(さて、明日から何をしましょうか)
メランジュ公爵令嬢、ラテの波乱万丈で自由気ままな第二の人生は、こうして家族の盛大な祝福と共に幕を開けたのだった。
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