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王家との慰謝料交渉は、アフォガート騎士団長の思わぬ援護射撃もあり、メランジュ公爵家に有利な形で着々と進んでいた。
ラテは、手に入れた広大な自由時間をどう使うか、毎日楽しくて仕方がなかった。
これまで王太子妃教育に費やしていた時間を、全て自分の好きなことに使えるのだ。
読書、薬草の研究、刺繍、古代語の解読……。
やりたいことは山ほどある。
しかし、根っからの商人気質を持つメランジュ公爵家の血が騒ぐのか、ラテはすぐに新しい「趣味」に夢中になった。
「お父様! わたくし、新しい事業を始めようと思いますの!」
ある日の朝食の席で、ラテは高らかに宣言した。
父のオルレアン公爵は、読んでいた新聞から顔を上げる。
「ほう、事業とな? 面白い。どんなことを考えているのだ?」
「はい! それは……『空飛ぶスイーツ店』ですわ!」
「……なんだと?」
父の眉がぴくりと動く。
母のエリアーヌ夫人が、優雅にカップを置いた。
「まあ、ラテ。空を飛ぶ、ですって?」
「はい、お母様! 大きな気球に、可愛らしいお店のゴンドラを吊るすのです。そして、王都の上空を遊覧飛行しながら、お客様にわたくしが考案した最新式のスイーツを楽しんでいただくの!」
ラテは、瞳をキラキラさせながら、自らの壮大な計画を語り始めた。
「眼下には美しい王都の街並みが広がり、手元には甘くて美味しいスイーツ。なんてロマンチックでしょう! これは絶対に流行りますわ!」
しかし、両親の反応は芳しくない。
「……ラテよ」
「はい、お父様!」
「気球で店をやる、というのは斬新な発想だ。だが、いくつか問題点があるのではないか?」
「問題点、ですか?」
「うむ。まず、安全性だ。万が一、気球が上空で故障したらどうする? お客様を危険に晒すわけにはいかん」
「大丈夫ですわ! そこは、我がメランジュ商会が誇る最高の技術者たちを結集させ、絶対に落ちない気球を開発させますもの!」
「次に、衛生面だ。上空で調理をするとなると、火の管理や食材の保存が難しいのではないか?」
「それも問題ございません! スイーツは全て、地上の厨房で完璧に調理し、魔法の保温・保冷ボックスに入れて運びます。上空では、盛り付けと提供だけですわ」
次々と出てくる父の懸念に対し、ラテは自信満々に答えていく。
どうやら、思いつきで言っているのではなく、かなり前から綿密に計画を練っていたらしい。
「最後に、一番重要なことだ」
父は、真剣な眼差しでラテを見つめた。
「そんな奇想天外な店に、そもそも客が来るのか?」
「もちろん、来ますわ! いえ、来させてみせます!」
ラテは胸を張った。
「わたくしには、完璧な宣伝計画がございますの。『悪役令嬢ラテ・メランジュが、皆様を甘い空の旅へご招待! 万が一、お口に合わなければ……空から突き落としますわ(ハート)』というキャッチコピーで、チラシを撒くのです!」
しん、と朝食の時間が静まり返った。
父はこめかみを指で揉み、母は深いため息をついた。
「……ラテ」
「はい!」
「そのキャッチコピーは、さすがに冗談だろうな?」
「いいえ? 本気ですわ。このくらいインパクトがあった方が、皆様の興味を惹けるでしょう?」
「客が来る前に、衛兵が来るぞ……」
父は、がっくりと肩を落とした。
娘の発想が、あまりにも突飛すぎて、自分の理解が追いつかない。
しかし、ラテの情熱は止まらない。
彼女は、どこから取り出したのか、分厚い計画書をテーブルの上に広げた。
そこには、気球のデザイン案から、提供するスイーツのメニュー、従業員の制服、宣伝方法に至るまで、びっしりと書き込まれていた。
スイーツのメニューには『断頭台のモンブラン』『血の池ゼリー』『鉄仮面のティラミス』など、不穏な名前が並んでいる。
「……鉄仮面のティラミス?」
「ええ! これは、わたくしの自信作ですの! 真っ黒なココアパウダーの下に、甘くてほろ苦いクリームが隠れているのです。あの忌々しい騎士団長をイメージして考案いたしました!」
父は、もう何も言うまいと固く決心した。
「……わかった。ラテ、お前の好きにやってみなさい」
「本当ですか、お父様!」
「ああ。ただし、一つだけ条件がある。事業計画の認可は、正式な手順を踏むことだ。王宮の商業許可局に、この計画書を提出し、許可を得なさい。それができたら、資金は私が出そう」
それは、娘の突飛な計画を、一度、公的な場で冷静な第三者に判断してもらおうという、父なりの親心だった。
常識的な役人が、こんな危険な計画に許可を出すはずがない、と。
しかし、ラテはその真意に全く気づいていない。
「お任せくださいまし! 必ずや、許可を取って見せますわ!」
こうして、悪役令嬢ラテ・メランジュの、前代未聞のスイーツ事業計画が、静かに、しかし力強く、その第一歩を踏み出したのだった。
この計画が、後に王宮騎士団長アフォガート・フォン・シュヴァルツの胃を痛めさせる原因になることを、この時のラテは知る由もなかった。
ラテは、手に入れた広大な自由時間をどう使うか、毎日楽しくて仕方がなかった。
これまで王太子妃教育に費やしていた時間を、全て自分の好きなことに使えるのだ。
読書、薬草の研究、刺繍、古代語の解読……。
やりたいことは山ほどある。
しかし、根っからの商人気質を持つメランジュ公爵家の血が騒ぐのか、ラテはすぐに新しい「趣味」に夢中になった。
「お父様! わたくし、新しい事業を始めようと思いますの!」
ある日の朝食の席で、ラテは高らかに宣言した。
父のオルレアン公爵は、読んでいた新聞から顔を上げる。
「ほう、事業とな? 面白い。どんなことを考えているのだ?」
「はい! それは……『空飛ぶスイーツ店』ですわ!」
「……なんだと?」
父の眉がぴくりと動く。
母のエリアーヌ夫人が、優雅にカップを置いた。
「まあ、ラテ。空を飛ぶ、ですって?」
「はい、お母様! 大きな気球に、可愛らしいお店のゴンドラを吊るすのです。そして、王都の上空を遊覧飛行しながら、お客様にわたくしが考案した最新式のスイーツを楽しんでいただくの!」
ラテは、瞳をキラキラさせながら、自らの壮大な計画を語り始めた。
「眼下には美しい王都の街並みが広がり、手元には甘くて美味しいスイーツ。なんてロマンチックでしょう! これは絶対に流行りますわ!」
しかし、両親の反応は芳しくない。
「……ラテよ」
「はい、お父様!」
「気球で店をやる、というのは斬新な発想だ。だが、いくつか問題点があるのではないか?」
「問題点、ですか?」
「うむ。まず、安全性だ。万が一、気球が上空で故障したらどうする? お客様を危険に晒すわけにはいかん」
「大丈夫ですわ! そこは、我がメランジュ商会が誇る最高の技術者たちを結集させ、絶対に落ちない気球を開発させますもの!」
「次に、衛生面だ。上空で調理をするとなると、火の管理や食材の保存が難しいのではないか?」
「それも問題ございません! スイーツは全て、地上の厨房で完璧に調理し、魔法の保温・保冷ボックスに入れて運びます。上空では、盛り付けと提供だけですわ」
次々と出てくる父の懸念に対し、ラテは自信満々に答えていく。
どうやら、思いつきで言っているのではなく、かなり前から綿密に計画を練っていたらしい。
「最後に、一番重要なことだ」
父は、真剣な眼差しでラテを見つめた。
「そんな奇想天外な店に、そもそも客が来るのか?」
「もちろん、来ますわ! いえ、来させてみせます!」
ラテは胸を張った。
「わたくしには、完璧な宣伝計画がございますの。『悪役令嬢ラテ・メランジュが、皆様を甘い空の旅へご招待! 万が一、お口に合わなければ……空から突き落としますわ(ハート)』というキャッチコピーで、チラシを撒くのです!」
しん、と朝食の時間が静まり返った。
父はこめかみを指で揉み、母は深いため息をついた。
「……ラテ」
「はい!」
「そのキャッチコピーは、さすがに冗談だろうな?」
「いいえ? 本気ですわ。このくらいインパクトがあった方が、皆様の興味を惹けるでしょう?」
「客が来る前に、衛兵が来るぞ……」
父は、がっくりと肩を落とした。
娘の発想が、あまりにも突飛すぎて、自分の理解が追いつかない。
しかし、ラテの情熱は止まらない。
彼女は、どこから取り出したのか、分厚い計画書をテーブルの上に広げた。
そこには、気球のデザイン案から、提供するスイーツのメニュー、従業員の制服、宣伝方法に至るまで、びっしりと書き込まれていた。
スイーツのメニューには『断頭台のモンブラン』『血の池ゼリー』『鉄仮面のティラミス』など、不穏な名前が並んでいる。
「……鉄仮面のティラミス?」
「ええ! これは、わたくしの自信作ですの! 真っ黒なココアパウダーの下に、甘くてほろ苦いクリームが隠れているのです。あの忌々しい騎士団長をイメージして考案いたしました!」
父は、もう何も言うまいと固く決心した。
「……わかった。ラテ、お前の好きにやってみなさい」
「本当ですか、お父様!」
「ああ。ただし、一つだけ条件がある。事業計画の認可は、正式な手順を踏むことだ。王宮の商業許可局に、この計画書を提出し、許可を得なさい。それができたら、資金は私が出そう」
それは、娘の突飛な計画を、一度、公的な場で冷静な第三者に判断してもらおうという、父なりの親心だった。
常識的な役人が、こんな危険な計画に許可を出すはずがない、と。
しかし、ラテはその真意に全く気づいていない。
「お任せくださいまし! 必ずや、許可を取って見せますわ!」
こうして、悪役令嬢ラテ・メランジュの、前代未聞のスイーツ事業計画が、静かに、しかし力強く、その第一歩を踏み出したのだった。
この計画が、後に王宮騎士団長アフォガート・フォン・シュヴァルツの胃を痛めさせる原因になることを、この時のラテは知る由もなかった。
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