悪役令嬢は優雅にさようなら!〜婚約破棄されたので、自由気ままに生きていきます。

パリパリかぷちーの

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父から事業計画の認可を取り付けるという条件を出されたラテは、意気揚々と王宮へと向かった。

分厚い計画書を小脇に抱え、向かうは商業許可局。
受付の役人に、ラテはにこやかに用件を告げた。

「ごきげんよう。わたくし、メランジュ公爵家のラテと申します。新規事業の認可申請に参りましたわ」

「め、メランジュ公爵令嬢! これはこれは、ようこそお越しくださいました!」

突然の『悪役令嬢』の来訪に、若い役人は顔を引きつらせながらも、慌てて応接室へとラテを案内した。

「ただいま担当者をお呼びいたしますので、少々お待ちくださいませ!」

役人はそう言い残すと、逃げるように部屋を出て行った。
ラテは、優雅にソファに腰掛け、勝利を確信していた。

(これだけ完璧な計画書ですもの。認可が下りないはずがないわ)

しばらくして、応接室の扉が静かに開く。
ラテは、笑みを浮かべて担当者を出迎えようとした。
しかし、そこに立っていた人物を見て、その完璧な笑みは凍り付いた。

そこにいたのは、小太りの役人でも、頭の固そうな文官でもない。
漆黒の騎士服に身を包んだ、あの鉄仮面の男だった。

「なっ……! あ、あなた! なぜあなたがここにいるのですか!?」

ラテは、思わずソファから立ち上がって叫んでいた。
対する男、アフォガート・フォン・シュヴァルツ騎士団長は、表情一つ変えずに、ラテに向かって丁寧すぎるほどの一礼をした。

「メランジュ公爵令嬢。ごきげんよう。本日は、俺がご令嬢の事業計画の認可を担当させていただく」

「なんですって!?」

ラテは、目の前の状況が全く理解できなかった。

「なぜ、王宮騎士団長が商業許可局の真似事をしているのですか! あなた、そんなに暇なのですか!?」

「心外だな。騎士団の業務は多忙を極めている」

アフォガートは淡々と答える。

「しかし、今回ご令嬢が申請された事業は『大型気球を使用し、王都上空を飛行する』という、前代未聞のものだ。王都の安全管理、及び、万が一のテロ行為への対策という観点から、騎士団の許可が不可欠となる。よって、責任者である俺が、直接担当することになった。何か問題でも?」

あまりに理路整然とした説明に、ラテは「ぐっ……」と呻いて言葉に詰まる。
正論だ。正論すぎて、反論のしようがない。

アフォガートは、そんなラテにはお構いなしに、彼女の正面のソファにどっかりと腰を下ろした。

「では、早速だが計画書を拝見しよう」

その有無を言わせぬ態度に、ラテは不本意ながらも、自信作の計画書を手渡した。

パラ……パラ……。
アフォガートが、機械のような正確さでページをめくっていく音だけが、静かな応接室に響く。
彼の表情は、相変わらずの鉄仮面だ。

(どうかしら、この完璧な計画に驚いているに違いないわ)

ラテが、内心でほくそ笑んだ、その時だった。
アフォガートの動きが、メニューのページでぴたりと止まった。

「……公爵令嬢」

「はい、なんですの?」

「ここに、『断頭台のモンブラン』『血の池ゼリー』とあるが、これは?」

「わたくしが考案した、この店の看板商品ですわ! 美味しそうでしょう?」

アフォガートは、ラテの満面の笑みを無視して、次のページをめくる。
宣伝計画の項目に、彼の視線が釘付けになった。
そこには、ラテが考えた衝撃的なキャッチコピーが、美しい飾り文字で書かれている。

『悪役令嬢ラテ・メランジュが、皆様を甘い空の旅へご招待! 万が一、お口に合わなければ……空から突き落としますわ(ハート)』

ぴく、と。
アフォガートの眉間のあたりが、わずかに痙攣したのを、ラテは見逃さなかった。

「……公爵令嬢」

先ほどよりも、声が一段低くなっている。

「いくつか、確認したい点がある」

「ええ、何なりと」

「まず、安全性についてだ。この『絶対に落ちない気球』の設計図はどこにある? 構造計算書、材質強度報告書、風洞実験の結果を提出してもらいたい」

「え……そ、それは、これから技術者たちに……」

「話にならん。次に衛生面。『魔法の保温・保冷ボックス』とあるが、これはどのような原理で機能するのだ? 長時間にわたる温度変化のデータと、内部の細菌繁殖に関する検査結果を」

「そ、それもこれから……!」

アフォガートは、ラテの言葉を遮るように、計画書のメニューを指差した。

「そして、この『鉄仮面のティラミス』」

「はい! わたくしの自信作ですわ!」

「……原材料と、その原産地、及び、アレルギー表示義務に関する項目が、一切記載されていないが?」

「…………」

アフォガートの指摘は、どこまでも的確で、専門的だった。
ラテが情熱と勢いで書き上げた計画書の、構造的な欠陥を、いとも簡単に見抜いていく。

「最後に、この宣伝文句だが」

アフォガートは、問題のページをラテの目の前に突きつけた。

「これは、脅迫と受け取られても文句は言えん。即刻、修正しろ」

「い、嫌ですわ! これは、お客様の心を掴むための、最高のジョークではございませんか!」

「ジョークの通じない客が、衛兵に通報したらどうするつもりだ」

「ぐ……」

ラテは、生まれて初めて、議論で完膚なきまでに打ちのめされるという屈辱を味わっていた。
目の前の男は、カフェで出会ったただの無礼な男ではない。
恐ろしく頭が切れ、一切の妥協を許さない、仕事の鬼だった。

アフォガートは、深いため息を一つだけつくと、計画書をラテの前に押し返した。
その時、彼がこめかみを軽く押さえているのを、ラテは確かに見た。

「認可が欲しければ、今俺が指摘した全ての項目について、完璧な回答と資料を揃えて、再度提出することだ。以上だ」

それは、事実上の「門前払い」だった。

「覚えてらっしゃい、この鉄仮面……!」

ラテは、悔しさに震えながら計画書をひったくると、勢いよく立ち上がった。

「必ずや、あなたをぐうの音も出ないほど完璧な計画書を、作り上げてまいりますわ!」

そう言い残して部屋を出て行くラテの背中を見送りながら、アフォガートは、もう一度、深いため息をついた。

(頭が、痛い……)

こうして、史上最年少で騎士団長に就任して以来、一度も感じたことのなかった「胃痛」というものを、アフォガート・フォン・シュヴァルツは、初めて経験することになったのだった。
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