悪役令嬢は優雅にさようなら!〜婚約破棄されたので、自由気ままに生きていきます。

パリパリかぷちーの

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アフォガート騎士団長に計画書を突き返されてからというもの、ラテは厨房に籠りきりだった。

「安全性が証明できて、衛生的で、美味しくて、なおかつあの鉄仮面をぎゃふんと言わせるスイーツ……! そのためには、まず味で彼の度肝を抜いてやる必要がありますわ!」

ラテは、メランジュ商会が世界中から集めた最高級の食材を前に、腕を組んで仁王立ちしていた。
侍女のマロンが、心配そうに声をかける。

「お嬢様、お顔に小麦粉がついておりますわ。少しお休みになっては?」

「休んでいる暇などありません! わたくしのプライドが、あの鉄仮面に負けることを許さないのです!」

その瞳は、恋する乙女のものではなく、完全に戦に挑む武将のそれだった。

一方、その頃。
王宮の応接室は、氷のように冷え切った空気に包まれていた。
美食の国として知られる、隣国からの使節団との会談が行われていたが、交渉は完全に暗礁に乗り上げていたのだ。

先日の通商条約の一件で、我が国に強い不信感を抱いている使節団。
その団長は、特に気難しいことで有名な美食家だった。

「……ふん。これが、貴国が誇る宮廷菓子かね」

王宮の菓子職人が腕によりをかけて作った最高級の焼き菓子を、使節団長は鼻で笑った。

「見かけばかりで、味に深みも工夫もない。こんなもので、我々を満足させられるとお思いかな?」

その言葉に、宰相や役人たちの顔が青ざめる。
機嫌を損ねた使節団は、あらゆる交渉のテーブルにつこうとすらしなかった。

まさに、万事休す。
宰相が、頭を抱えて応接室を一度退出した、その時だった。

「あら、宰相閣下。そのようなお顔をなさって、いかがいたしましたの?」

廊下の向こうから、涼やかな声がした。
見ると、そこには美しい刺繍の施された大きな箱を抱えた、ラテ・メランジュの姿があった。

「おお、メランジュ公爵令嬢! なぜ、王宮に?」

「わたくしの事業計画の進捗報告に参りましたの。あの鉄仮面騎士団長に、わたくしの実力を見せつけてやろうと思いまして」

そう言って、ラテがふふんと胸を張る。
宰相の目は、彼女が抱えている箱に釘付けになった。
箱の隙間から、信じられないほど甘く、芳醇な香りが漏れ出ている。

「公爵令嬢……その箱の中身は、もしや」

「ええ、わたくしの新作スイーツの試作品ですわ。よろしければ、宰相閣下も一つ、味見でもいかがですこと?」

その言葉は、宰相にとって、まさに天からの蜘蛛の糸だった。
彼は、わらにもすがる思いでラテの手を取った。

「公爵令嬢! どうか、そのお菓子を……我々にお力添えを!」

事情を飲み込んだラテは、にやりと不敵に笑った。

「よろしいでしょう。わたくしのスイーツの真価を、世界に知らしめる良い機会ですわ」

ラテは、宰相に案内されて応接室へと入る。
突然現れた美しい令嬢に、使節団は訝しげな視線を向けた。

「なんだ、この小娘は」

「皆様、こちらはこの度のささやかなお詫びの印にございます」

ラテは、そんな無礼な視線をものともせず、持ってきた箱をテーブルの上に開いた。
その瞬間、応接室にいた全員が息を呑んだ。

箱の中にあったのは、まるで宝石箱をひっくり返したかのような、色とりどりのスイーツだった。
朝露に濡れたルビーのように輝く苺のタルト。
エメラルドのようなピスタチオを纏ったムース。
そして、夕焼け空を切り取ったかのような、オレンジのグラデーションが美しいゼリー。

「ふん、見た目だけは悪くないようだが……」

使節団長が、疑り深そうに一番小さなタルトを手に取り、口に運ぶ。

次の瞬間、彼の目が、信じられないものを見たかのように、かっと見開かれた。

「なっ……! こ、この味は……!!」

サクッとしたタルト生地の香ばしさ。
濃厚でありながら、全くしつこくないカスタードクリームの甘み。
そして、主役である苺の、弾けるような瑞々しい酸味。
その全てが、口の中で完璧な調和を生み出していた。

「う、美味い……! こんなタルトは、生まれて初めて食べたぞ!」

団長の声に、他の団員たちも、我先にとスイーツに手を伸ばす。

「おお! このムースの、なんと滑らかな舌触り!」
「このゼリー、一体どうなっているのだ! 口の中で溶けたかと思うと、爽やかな香りが鼻を抜けていく!」

先ほどまでの険悪な雰囲気は、どこへやら。
応接室は、スイーツに対する賞賛の声で満たされていた。

ラテは、その様子を満足げに眺めながら、堂々と説明を始めた。

「そのタルトに使っております苺は、我がメランジュ領の北限でしか取れない、幻の品種でございます。そして、クリームは……」

ラテの口から語られる、素材への深い知識と、製法へのこだわり。
その専門的な話に、美食家の使節団は完全に魅了されていた。

「素晴らしい! 貴国には、これほど優れた菓子職人がいたとは! いや、もはや芸術家だ! 先ほどの我々の無礼、心から詫びよう!」

すっかり機嫌を直した使節団長が、ラテの手を取って絶賛する。
交渉は、一気に和やかなムードへと変わった。

その時だった。
「失礼する」
という低い声と共に、扉が開き、アフォガートが入ってきた。
宰相から、緊急事態の報告を受けて駆けつけたのだ。

しかし、彼が見たのは、想像とは全く違う光景だった。
気難しいはずの使節団が、ラテのスイーツを夢中で頬張り、満面の笑みを浮かべている。
そして、その中心で、ラテが勝ち誇ったように微笑んでいた。

「あら、騎士団長。ごきげんよう」

ラテは、アフォガートに気づくと、優雅に一礼した。

「ちょうどよろしかったですわ。これが、わたくしの事業計画における『商品価値』と、お客様を笑顔にするという『安全性』の、何よりの証明です。これでもまだ、認可は下りませんこと?」

アフォガートは、何も言えなかった。
またしても、この令嬢は、自分の想像を、常識を、遥かに超えてきた。
たった一人で、たった一箱のスイーツで、こじれにこじれた外交問題の空気を、一変させてしまったのだ。

鉄仮面の下で、アフォガートは、自分の中に芽生えた新しい感情に、戸惑っていた。
それは、単なる興味や好奇心ではない。
もっと熱く、そして、どうしようもなく惹きつけられる、強い感情。

ラテ・メランジュのスイーツは、こじれた外交問題と、そして、堅物な騎士団長の心の扉を、同時に、見事に溶かしてしまったのだった。
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