悪役令嬢は優雅にさようなら!〜婚約破棄されたので、自由気ままに生きていきます。

パリパリかぷちーの

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建国記念祭での前代未聞の騒動から、数日後。
王宮には、嵐の後のような重苦しい静寂が漂っていた。

国王陛下の名の下、主要な貴族たちが謁見の間へと召集された。
その目的は一つ。
エスプレッソ王子とモカ・マキアート嬢が引き起こした、一連の国政混乱事件に関する公式な調査結果の報告会だった。

謁見の間の中央には、被告人のように、エスプレッソ王子が青ざめた顔で一人、立っている。
彼の父である国王陛下は、玉座から、氷のように冷たい視線で息子を見下ろしていた。

ラテも、父であるメランジュ公爵と共に、末席に座っていた。
彼女の表情は、いつもと変わらず穏やかだ。
隣には、護衛を兼ねて、アフォガートが静かに控えている。

やがて、国王の厳かな声が響いた。

「これより、シュヴァルツ騎士団長に、調査の全てを報告させる。皆、心して聞くように」

その言葉を受け、アフォガートが静かに一歩前へ進み出た。
その手には、分厚い報告書の束が握られている。

「シュヴァルツ騎士団長、アフォガート・フォン・シュヴァルツ。国王陛下の御前において、一連の国政混乱事件に関する調査結果を、ご報告申し上げます」

彼の、低く、よく通る声が、静まり返った謁見の間に響き渡る。

「まず、建国記念祭において、モカ・マキアート嬢が主張した、『呪いの苺』及び、ラテ・メランジュ公爵令嬢による妨害工作について。これらは、物的証拠、及び、関係者の証言により、全てがマキアート嬢の嫉妬心から生まれた、完全なる虚偽であったことが断定されました」

アフォガートは、淡々と、事実だけを述べていく。

「問題は、それ以前に起きた、数々の『事件』でございます」

彼は、一枚の報告書を掲げた。

「第一に、『帝国との通商条約汚損事件』。公式には『偶然紅茶をこぼした事故』とされておりました。しかし、複数の侍女への再聴取により、マキアート嬢が、ティーセットを意図的に、極めて不安定な、書類の真横へと置こうとしていた事実が判明いたしました」

会場が、ざわりとどよめく。
エスプレッソの顔が、さらに青白くなった。

「第二に、『友好国特使への侮辱事件』。これも、『文化の違いを知らなかったための過失』とされておりましたが、マキアート嬢は、会談の直前、宰相閣下より、当該国の文化について、詳細な説明を受けていたことが確認されております。それを無視した上での行動であり、少なくとも、重大な過失であったと言わざるを得ません」

一つ、また一つと、これまで「不運な事故」や「天然ドジ」で片付けられてきた事件の真相が、冷徹な事実によって暴かれていく。

そして、アフォガートは、最後の報告書を手に取った。

「最後に、『鎮龍の宝壺・破壊事件』。宝物庫の管理人、及び、複数の衛兵の証言により、マキアート嬢が、エスプレッソ王子殿下、並びに、管理人の再三にわたる制止を完全に振り切り、半ば強引に国宝に触れたことが明らかとなりました」

アフォガートは、全ての報告を終えると、静かに国王に一礼した。
彼の報告には、一切の私情も、憶測も挟まれていない。
ただ、そこには、誰もが否定しようのない、「真実」だけがあった。

エスプレッソは、その報告を聞きながら、全身から血の気が引いていくのを感じていた。
これまで、自分がいかに愚かで、盲目であったか。
彼は、モカの「純粋さ」「可憐さ」という、甘いヴェールの向こう側にある、彼女の無責任さ、自己中心的な性格、そして、驚くべきほどの思慮の浅さから、ずっと目をそらし続けてきたのだ。

彼女の「善意」を信じ、庇い続けた結果が、これだ。
国の威信を地に落とし、歴史ある宝を砕き、そして、本当に価値のある人間を、自らの手で切り捨てた。

アフォガートの報告は、エスプレッソを「真実の愛」という甘い夢から叩き起こし、王太子としての「責任」という冷たい現実を直視させる、容赦のない鉄槌だった。

彼は、もう言い逃れることはできない。
脳裏に、ラテがいた頃の、完璧で、何の問題も起こらなかった、平穏な日々が蘇る。
自分が手放したものが、ただの婚約者ではなく、国にとって、そして自分にとって、最高のパートナーであったことを、彼は、今、骨の髄まで理解していた。

謁見の間の静寂を破り、国王の、重く、そして、深い失望を帯びた声が響いた。

「……エスプレッソ。何か、弁解は、あるか」

エスプレッソは、ゆっくりと、力なく、首を横に振った。

「…………ございません。全ての責任は、彼女の資質を見抜けず、監督を怠った、この私にあります」

国王は、その答えに静かに頷くと、裁定を言い渡した。

「モカ・マキアートを、本日付で王宮より追放。実家にて、無期限の謹慎を命じる。また、マキアート男爵家も、その監督責任を問い、その爵位を一代限り剥奪、降格とする」

そして、国王は、自らの息子に、非情な宣告を告げた。

「エスプレッソ。お前は、次期国王たる者としての、資質、判断力、その全てが欠如している。よって、王太子としての全ての公務を解き、王位継承権を一時、凍結する。北の離宮にて、己の犯した過ちの意味を、骨の髄まで、考え直스가よい!」

王子の目が、完全に覚めた瞬間。
彼は、愛した人も王太子としての地位も、そして全ての信頼も一度に失ったのだ。

衛兵に両脇を固められ、謁見の間から連れ出されていくエスプレッソは、最後にラテの方を見た。
ラテは、彼を軽蔑するでもなく憐れむでもなく、ただ、静かな何の感情も映さない瞳で彼を見送っていた。
その無関心さが、彼にとっては何よりも辛い罰だった。

こうして、彼が選んだヒロインの物語はあまりにも惨めで、そして完全な破滅という形でその幕を閉じたのだった。
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