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ラテの『太陽の芋』作戦によって、王国の飢饉は、ひとまず回避された。
しかし、それはあくまで、厳しい冬を越すまでの一時的な応急処置にすぎない。
根本的な食料不足を解決するためには、やはり、国外からの安定した小麦の輸入が不可欠だった。
だが、周辺諸国は自国の不作を理由に、どこも穀物の輸出を固く禁じている。
王宮の会議では、万策尽き、重苦しい空気が漂っていた。
「こうなれば、軍事的な圧力をかけてでも、隣国に穀倉地帯を……」
一部の強硬派の大臣が、そんな危険な言葉を口にし始めた、その時だった。
「お待ちくださいまし」
凛とした声と共に、会議室の扉が開き、ラテ・メランジュが、父の公爵と共に姿を現した。
「陛下。このラテに、一つ、お考えがございます」
国王の許可を得て、ラテが提案したのは、誰もが考えもしなかった、大胆な作戦だった。
「東方の商業連合国と、直接、食料輸入の交渉を行います」
「商業連合とだと!? 無茶だ! あの者たちは、金のためなら悪魔に魂を売るとまで言われる強欲な商人国家。こちらの足元を見て、法外な要求を吹っかけてくるに決まっている!」
大臣の一人が、声を荒らげる。
「ええ、存じておりますわ。ですから、その交渉の席には、わたくしと……」
ラテは、会議室の隅に控えていた、アフォガートに視線を送った。
「アフォガート騎士団長。このお二人だけで、向かわせていただきたいのです」
その、あまりにも大胆不敵な提案に、会議室は再び騒然となった。
数日後。
ラテとアフォガートは、少人数の護衛だけを伴い、東の商業連合国の首都にいた。
交渉の席で彼らを待っていたのは、噂に違わぬ、いかにも食えないという雰囲気を全身から発散させている、肥満体の商人ギルド長だった。
「これはこれは、王国からの使者が、かの有名な『救国の聖女』殿と、『鉄仮面の騎士団長』殿とは。これは、驚きましたな」
ギルド長は、にやにやと下品な笑みを浮かべている。
「して、ご用件は、我々が備蓄している小麦が欲しい、と。結構ですな、結構。ですが、ご存知の通り、今、小麦は金よりも価値がある。タダとはいきませんぞ?」
ギルド長は、その脂ぎった指を一本、立てた。
「そちらの国が持つ、南方の宝石鉱山の採掘権。その全てを、この私に譲渡してくださるというのなら、考えてやらんこともない」
あまりにも法外な要求。
アフォガートの眉間が、ぴくりと動いた。
彼から、冷たく、重い圧が放たれる。
「……それは、我が国への恫喝と受け取っても?」
「おっと、怖い怖い。ですが騎士団長殿、ここは戦場ではございません。あくまで、商談の場でございますよ」
ギルド長は、アフォガートの威圧を、金で肥え太った肉で受け流すかのように、全く動じない。
その時だった。
それまで黙って話を聞いていたラテが、静かに一歩、前へ出た。
「ギルド長様」
彼女は、優雅に微笑んだ。
「鉱山の権利、ですか。それは、少しばかり、夢のないお話ですわね」
「ほう?」
「ええ。わたくしどもは、そのような岩山の権利書などよりも、遥かに価値があり、そして、夢のあるものをご提案できますわ」
ラテは、そう言うと、テーブルの上に、一枚の、丁寧に封蝋された羊皮紙を置いた。
「これは、わたくしが、この交渉のために特別に考案いたしました、新しいお菓子のレシピですの」
「……はっ?」
ギルド長は、あまりのことに、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「菓子、だと? お嬢ちゃん、あんた、正気か? 我々を、馬鹿にしているのかね」
「もちろん、ただのお菓子ではございませんわ」
ラテは、動じることなく、続ける。
「このお菓子の主原料は、先日、我が国を飢饉から救った、あの『太陽の芋』。そして、ギルド長様、ご存知ですか? この奇跡の芋は、貴国のような商業国家にはなく、我が国の、しかも、ごく一部の土地でしか採れない、唯一無二の食材であるということを」
ラテは、その芋スイーツがもたらすであろう、莫大な利益について、メランジュ商会で培った巧みな話術で、滔々と語り始めた。
貴族も、平民も、誰もが虜になる魔法の味。
それを、この商業連合国が「独占販売」できるという、抗いがたい魅力。
ギルド長の、金にしか興味のないはずの目が、次第に真剣な光を帯びていく。
「……さあ、ギルド長様。百聞は一見に如かず、と申しますわよね?」
ラテが合図をすると、控えていた侍女が、一つの美しい菓子をギルド長の前に差し出した。
「わたくしの自信作、『黄金のモンブラン』でございます」
太陽の芋を使って作られたそのモンブランは、まるで黄金の絹糸を紡いだかのように、きらきらと輝いていた。
ギルド長は、半信半疑のまま、その黄金の山を、銀のフォークで一口、すくい取った。
次の瞬間、彼の全身を、雷に打たれたかのような衝撃が駆け巡った。
「な……な……な……!!!」
濃厚な、蜜のような甘さ。
それでいて、全くしつこくない、上品な後味。
口の中で、とろけるように消えていく、滑らかな舌触り。
彼は、生まれてこの方、これほどまでに美味なものを、口にしたことがなかった。
「う……うまい……! なんだこれは、悪魔の食べ物か!?」
ギルド長は、我を忘れて、モンブランをあっという間に平らげてしまった。
「ギルド長様。そのお菓子が、この国で独占販売できるのですよ?」
ラテの、悪魔のような、甘い囁き。
ギルド長の頭の中では、天秤が、激しく揺れ動いていた。
宝石鉱山の、確実だが、ありふれた利益。
そして、この未知のスイーツがもたらす、無限の可能性を秘めた、莫大な利益。
答えは、すでに出ていた。
「……わかった! お嬢ちゃんの勝ちだ!」
ギルド長は、テーブルを強く叩いた。
「小麦だ! 小麦は、貴国が満足するだけ、船で送ってやろう! その代わり、その悪魔のレシピと、芋の独占輸入権を、この私に!!」
ラテは、一粒の宝石も、一枚の金貨も支払うことなく、ただ一枚のレシピで、国の食糧危機を、完全に、そして見事に、解決してみせたのだ。
その帰り道。
夕日に染まる草原を、二人の乗った馬車が、ゆっくりと進んでいた。
「……君には、何度驚かされれば、気が済むのだろうな」
窓の外を眺めながら、アフォガートが、感嘆したように呟いた。
「君は、俺が率いる一万の騎士団よりも、遥かに強い武器を持っている」
「あら、当然ですわ。お菓子は、いつだって、世界を平和にするのですもの」
ラテは、誇らしげに胸を張る。
その、あまりにも彼女らしい答えに、アフォガートは、思わず、声を出して笑った。
そして、彼は、ゆっくりとラテに向き直ると、そのポケットから、小さなベルベットの箱を取り出した。
「ラテ・メランジュ」
彼の、真剣な声に、ラテの心臓が、とくん、と跳ねる。
「俺は、君という、この国で最もかけがえのない宝を、この生涯をかけて、守り抜きたいと誓う」
彼は、その箱を、ぱか、と開いた。
中には、夕日を受けて、ダイヤモンドがキラキラと輝く、美しい指輪が収められている。
「……俺と、結婚してほしい」
以前の湖畔での告白は、彼の気持ちを伝えるものだった。
そして、今、このプロポーズは、二人の永遠の未来を誓うもの。
ラテは、驚きと、そして、込み上げてくる、どうしようもないほどの喜びで、瞳をいっぱいに潤ませていた。
彼女は、満面の、人生で一番の笑顔で、力強く、頷いた。
「……はい! 喜んで、お受けいたしますわ!」
国の危機を救った二人は、今、自分たちだけの、ささやかで、しかし、何よりも確かな、未来を約束したのだった。
しかし、それはあくまで、厳しい冬を越すまでの一時的な応急処置にすぎない。
根本的な食料不足を解決するためには、やはり、国外からの安定した小麦の輸入が不可欠だった。
だが、周辺諸国は自国の不作を理由に、どこも穀物の輸出を固く禁じている。
王宮の会議では、万策尽き、重苦しい空気が漂っていた。
「こうなれば、軍事的な圧力をかけてでも、隣国に穀倉地帯を……」
一部の強硬派の大臣が、そんな危険な言葉を口にし始めた、その時だった。
「お待ちくださいまし」
凛とした声と共に、会議室の扉が開き、ラテ・メランジュが、父の公爵と共に姿を現した。
「陛下。このラテに、一つ、お考えがございます」
国王の許可を得て、ラテが提案したのは、誰もが考えもしなかった、大胆な作戦だった。
「東方の商業連合国と、直接、食料輸入の交渉を行います」
「商業連合とだと!? 無茶だ! あの者たちは、金のためなら悪魔に魂を売るとまで言われる強欲な商人国家。こちらの足元を見て、法外な要求を吹っかけてくるに決まっている!」
大臣の一人が、声を荒らげる。
「ええ、存じておりますわ。ですから、その交渉の席には、わたくしと……」
ラテは、会議室の隅に控えていた、アフォガートに視線を送った。
「アフォガート騎士団長。このお二人だけで、向かわせていただきたいのです」
その、あまりにも大胆不敵な提案に、会議室は再び騒然となった。
数日後。
ラテとアフォガートは、少人数の護衛だけを伴い、東の商業連合国の首都にいた。
交渉の席で彼らを待っていたのは、噂に違わぬ、いかにも食えないという雰囲気を全身から発散させている、肥満体の商人ギルド長だった。
「これはこれは、王国からの使者が、かの有名な『救国の聖女』殿と、『鉄仮面の騎士団長』殿とは。これは、驚きましたな」
ギルド長は、にやにやと下品な笑みを浮かべている。
「して、ご用件は、我々が備蓄している小麦が欲しい、と。結構ですな、結構。ですが、ご存知の通り、今、小麦は金よりも価値がある。タダとはいきませんぞ?」
ギルド長は、その脂ぎった指を一本、立てた。
「そちらの国が持つ、南方の宝石鉱山の採掘権。その全てを、この私に譲渡してくださるというのなら、考えてやらんこともない」
あまりにも法外な要求。
アフォガートの眉間が、ぴくりと動いた。
彼から、冷たく、重い圧が放たれる。
「……それは、我が国への恫喝と受け取っても?」
「おっと、怖い怖い。ですが騎士団長殿、ここは戦場ではございません。あくまで、商談の場でございますよ」
ギルド長は、アフォガートの威圧を、金で肥え太った肉で受け流すかのように、全く動じない。
その時だった。
それまで黙って話を聞いていたラテが、静かに一歩、前へ出た。
「ギルド長様」
彼女は、優雅に微笑んだ。
「鉱山の権利、ですか。それは、少しばかり、夢のないお話ですわね」
「ほう?」
「ええ。わたくしどもは、そのような岩山の権利書などよりも、遥かに価値があり、そして、夢のあるものをご提案できますわ」
ラテは、そう言うと、テーブルの上に、一枚の、丁寧に封蝋された羊皮紙を置いた。
「これは、わたくしが、この交渉のために特別に考案いたしました、新しいお菓子のレシピですの」
「……はっ?」
ギルド長は、あまりのことに、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「菓子、だと? お嬢ちゃん、あんた、正気か? 我々を、馬鹿にしているのかね」
「もちろん、ただのお菓子ではございませんわ」
ラテは、動じることなく、続ける。
「このお菓子の主原料は、先日、我が国を飢饉から救った、あの『太陽の芋』。そして、ギルド長様、ご存知ですか? この奇跡の芋は、貴国のような商業国家にはなく、我が国の、しかも、ごく一部の土地でしか採れない、唯一無二の食材であるということを」
ラテは、その芋スイーツがもたらすであろう、莫大な利益について、メランジュ商会で培った巧みな話術で、滔々と語り始めた。
貴族も、平民も、誰もが虜になる魔法の味。
それを、この商業連合国が「独占販売」できるという、抗いがたい魅力。
ギルド長の、金にしか興味のないはずの目が、次第に真剣な光を帯びていく。
「……さあ、ギルド長様。百聞は一見に如かず、と申しますわよね?」
ラテが合図をすると、控えていた侍女が、一つの美しい菓子をギルド長の前に差し出した。
「わたくしの自信作、『黄金のモンブラン』でございます」
太陽の芋を使って作られたそのモンブランは、まるで黄金の絹糸を紡いだかのように、きらきらと輝いていた。
ギルド長は、半信半疑のまま、その黄金の山を、銀のフォークで一口、すくい取った。
次の瞬間、彼の全身を、雷に打たれたかのような衝撃が駆け巡った。
「な……な……な……!!!」
濃厚な、蜜のような甘さ。
それでいて、全くしつこくない、上品な後味。
口の中で、とろけるように消えていく、滑らかな舌触り。
彼は、生まれてこの方、これほどまでに美味なものを、口にしたことがなかった。
「う……うまい……! なんだこれは、悪魔の食べ物か!?」
ギルド長は、我を忘れて、モンブランをあっという間に平らげてしまった。
「ギルド長様。そのお菓子が、この国で独占販売できるのですよ?」
ラテの、悪魔のような、甘い囁き。
ギルド長の頭の中では、天秤が、激しく揺れ動いていた。
宝石鉱山の、確実だが、ありふれた利益。
そして、この未知のスイーツがもたらす、無限の可能性を秘めた、莫大な利益。
答えは、すでに出ていた。
「……わかった! お嬢ちゃんの勝ちだ!」
ギルド長は、テーブルを強く叩いた。
「小麦だ! 小麦は、貴国が満足するだけ、船で送ってやろう! その代わり、その悪魔のレシピと、芋の独占輸入権を、この私に!!」
ラテは、一粒の宝石も、一枚の金貨も支払うことなく、ただ一枚のレシピで、国の食糧危機を、完全に、そして見事に、解決してみせたのだ。
その帰り道。
夕日に染まる草原を、二人の乗った馬車が、ゆっくりと進んでいた。
「……君には、何度驚かされれば、気が済むのだろうな」
窓の外を眺めながら、アフォガートが、感嘆したように呟いた。
「君は、俺が率いる一万の騎士団よりも、遥かに強い武器を持っている」
「あら、当然ですわ。お菓子は、いつだって、世界を平和にするのですもの」
ラテは、誇らしげに胸を張る。
その、あまりにも彼女らしい答えに、アフォガートは、思わず、声を出して笑った。
そして、彼は、ゆっくりとラテに向き直ると、そのポケットから、小さなベルベットの箱を取り出した。
「ラテ・メランジュ」
彼の、真剣な声に、ラテの心臓が、とくん、と跳ねる。
「俺は、君という、この国で最もかけがえのない宝を、この生涯をかけて、守り抜きたいと誓う」
彼は、その箱を、ぱか、と開いた。
中には、夕日を受けて、ダイヤモンドがキラキラと輝く、美しい指輪が収められている。
「……俺と、結婚してほしい」
以前の湖畔での告白は、彼の気持ちを伝えるものだった。
そして、今、このプロポーズは、二人の永遠の未来を誓うもの。
ラテは、驚きと、そして、込み上げてくる、どうしようもないほどの喜びで、瞳をいっぱいに潤ませていた。
彼女は、満面の、人生で一番の笑顔で、力強く、頷いた。
「……はい! 喜んで、お受けいたしますわ!」
国の危機を救った二人は、今、自分たちだけの、ささやかで、しかし、何よりも確かな、未来を約束したのだった。
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