悪役令嬢は優雅にさようなら!〜婚約破棄されたので、自由気ままに生きていきます。

パリパリかぷちーの

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国を救った英雄、ラテ・メランジュとアフォガート・フォン・シュヴァルツの結婚式の日取りが正式に発表されると、王国中がお祝いムード一色に染まった。

王家、メランジュ公爵家、そして王宮騎士団が合同で、歴史上最も盛大で、荘厳な結婚式にしようと、特別な準備委員会を立ち上げた。
国中の貴族たちが、世紀の結婚式に期待を膨らませていた。
ただ一人、花嫁であるラテ本人を除いては。

「皆様、お集まりいただきありがとうございます」

第一回の結婚式準備委員会。
ずらりと並んだ、国王陛下、宰相、メランジュ公爵夫妻、そして式典担当官たちを前に、ラテはにこやかに挨拶をした。
その手には、分厚い羊皮紙の束が握られている。

「皆様がお考えの、伝統と格式に則った、退屈な結婚式ですが、それは、きっぱりばっさりと、中止させていただきますわ」

「……は?」

宰相の、間の抜けた声が響く。

「わたくしたちの結婚式は、わたくしたちが主役ですもの。どうせなら、国民全員が心から楽しめて、後世まで語り継がれるような、最高のエンターテイメントにすべきだとは思いませんこと?」

ラテはそう言うと、持参した計画書を、テーブルの上に広げた。
その、あまりにも型破りな内容に、その場にいた全員が、言葉を失った。

第一に、式場。
由緒正しき大聖堂ではなく、現在最終調整中の、ラテの事業である『空飛ぶスイーツ店』の巨大な気球船の上で行う。

第二に、新郎新婦の入場。
王宮騎士団が誇る、伝説のグリフォン部隊に護衛されながら、王都の上空を旋回し、空から華麗に登場する。

第三に、誓いの言葉。
厳格な神父の前ではなく、王都の広場に集まった、全ての国民の前で、二人だけのオリジナルの誓いを立てる。

そして、最後に、披露宴。
王宮の庭園を、国民全員に完全開放。
ラテが自ら監修した、あの『太陽の芋』を使った、新作スイーツの食べ放題ビュッフェを開催する。

「……以上ですわ。何か、ご質問は?」

ラテが、完璧な笑みで締めくくる。
シーン、と静まり返った会議室で、式典担当の老侯爵が、白目を剥いて椅子から崩れ落ちた。

「む、む、無茶です! あまりにも、前代未聞ですぞ、ラテ嬢!」

宰相が、震える声で抗議する。

「まあ、素敵じゃないの! とっても、ラテらしいですわ!」

母であるエリアーヌ夫人が、うっとりと目を輝かせる。

「……うむ。それで、その……費用は、一体、いくらくらいかかるんだ?」

父であるメランジュ公爵が、商人らしい、極めて現実的な質問を投げかける。

喧々囂々の議論の中、玉座に座る国王陛下は、片手でこめかみを押さえながらも、その口元は、どこか面白そうに笑っていた。

「……アフォガート騎士団長」

国王は、ラテの隣で、ただ黙って話を聞いていた、花婿に意見を求めた。

「君は、この計画を、どう思う?」

全員の視線が、アフォガートに集中する。
彼の、ただ一言で、この前代未聞の計画の運命が決まるのだ。

アフォガートは、ラテが作った計画書を、隅から隅まで、冷静な目で読み込んでいた。
そして、静かに口を開く。

「……いくつか、問題点がある」

「なんですって?」

ラテが、少しだけ、不満げに眉をひそめる。

「第一に、気球船上での式典の安全性。上空の風向きによっては、予定ルートを外れる危険性がある。グリフォン部隊との連携訓練が、最低でも十回は必要だ」

「第二に、国民を王宮に招き入れた際の、警備体制。通常の五倍の騎士を配置し、避難経路を三ルート以上、確保する必要がある」

「そして、第三に……」

アフォガートは、計画書のスイーツメニューを指差した。

「この『誓いのティラミス』は、もう少し、甘さを控えた方が、年配の客にも喜ばれるだろう」

その、あまりにも的確で、そして、予想の斜め上を行く指摘に、ラテは「むぐぐ……」と唸るしかなかった。

そして、アフォガートは、最後に、国王に向き直った。

「陛下。ご令嬢の計画は、危険な賭けではあります。ですが、不可能ではございません」

彼は、隣に立つラテの姿を、一瞬だけ、優しい目で見つめた。

「警備に関する全ての責任は、この私が負います。そして何より、彼女が、心の底から望む結婚式を、叶えてやることが、俺の……夫となる男の、最初の務めだと心得ております」

その、あまりにも男らしい決断に、会議室にいた誰もが、もはや、反対の言葉を口にすることができなかった。

その日から、王国中を巻き込んだ、前代未聞の結婚式の準備が、嵐のように始まった。

ラテは、水を得た魚のように、生き生きと全ての指揮を執る。
アフォガートは、鉄仮面の下で、時折、深い深いため息をつきながらも、完璧な警備計画を、着々と練り上げていく。
喧嘩をしながら、笑い合いながら、二人は、最高の結婚式という、最初の共同作業を通して、その絆を、さらに、強く、固く、結んでいった。

そして、ついに、結婚式前夜。
全ての準備を終えたラテとアフォガートは、二人きりで、ライトアップされた巨大な気球船を、見上げていた。

「……本当に、よろしいのですか?」

ラテが、少しだけ、不安そうに尋ねる。

「こんな、わたくしの無茶苦茶な我儘に、最後まで付き合わせてしまって」

すると、アフォガートは、静かに、彼女の肩を抱き寄せた。

「君のいない人生の方が、よほど無茶苦茶で退屈でそして味気ないものだっただろう」

彼はラテの手を取ると、その華奢な指先にそっと口づけを落とした。

「心配するな。明日は、俺が必ず君を世界一の幸せ者にしてみせる」

「……アフォガート様」

「明日、世界で一番美しい君を空の上で待っている」

明日に控えた、波乱万丈で甘くて、そしてきっと最高に幸せな一日。
その幕開けを、二人は静かな期待と共に待っていた。
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