婚約破棄された悪役令嬢ですが、どうにも威厳が保てません!

パリパリかぷちーの

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わたくしが「婚約破棄させていただきますわ!」と高らかに宣言した瞬間 会場の空気は凍りついた。

比喩ではない。
文字通り 演奏家は楽器を落とし 貴婦人方は扇を取り落とし 紳士諸君は開いた口が塞がらないでいる。

「な…」

エドワード王子が阿呆のように口を開けてわたくしを凝視している。
隣のリリアとかいう平民の娘も 鳩が豆鉄砲を食ったような顔だわ。

(フフ…フフフ…!)

最高だわ!
断罪される悪役令嬢が 逆に王子をフってやるというこの展開!
これぞ様式美の破壊!新しい悪役令嬢の形よ!

「カ カタリナ…!お前自分が何を言っているのか分かっているのか!」

エドワードがようやく我に返ったように叫ぶ。

「ええ 分かっておりますわ。
わたくしは エドワード様のような ふらふらとした殿方にはもったいないと そう申し上げているのです」

「なっ!貴様!」

「陛下。ご静聴ありがとうございました」

わたくしは国王陛下にだけ優雅にカーテシーを見せる。
国王は眉間に深いシワを寄せ 何か言いたげに口を開きかけたが 結局ため息をつくだけだった。

(さあ ここからが本番よ)

わたくしは踵を返し 退場口へと歩き出す。
ただで去ると思うなよ。
ここからは わたくしの「悲劇の退場」シーンだ。

わたくしは歩きながら ドレスのポケットに忍ばせていた小瓶(目薬)をこっそり取り出す。

(悪役令嬢とはいえ 婚約破棄されて平然としているのは美しくないわ)
(ここは「王子に捨てられ 王子をフったものの やはり傷心は隠せない哀れな女」を演じるべき)

わたくしは背中を向けたまま 高らかに しかし悲壮感を込めて言い放つ。

「わたくしは…!わたくしは 本気でございましたのに!」

会場の視線が再びわたくしの背中に突き刺さる。

「次期王妃として この国に尽くすため 幼き頃よりどれほどの研鑽を積んできたと!」

(うん 完璧なセリフ)

「それなのに…!王子は わたくしではなく あんな女を選んだ!」

(今よ!)

わたくしはこっそりと目薬を両目に差す。
数滴 涙が頬を伝う演出のはずだった。

…はずだった。

(あれ?)

緊張で手が震えたのか キャップが緩んでいたのか。
想定外の量の目薬が ザーッと音を立ててわたくしの両目から溢れ出した。

「うっ…ううっ…」

(い いけないわ!これじゃただの号泣じゃない!)

わたくしは慌てて顔を伏せる。
しかし 涙(という名の目薬)は止まらない。
まるで顔面から湧き水が出ているかのようだ。

ボタボタボタ…!

「エドワード様…!わたくしは…わたくしは…!」

(止まれ!止まれなのよわたくしの涙腺!)

「カタリナ…?」

エドワードが怪訝な声を上げる。

(まずいわ 見られたら「目薬で嘘泣きしている悪役令嬢」がバレてしまう!)

わたくしは必死に顔を隠し 会場出口へと急ぐ。

「お嬢様」

不意に 背後から低い声がした。
わたくしの護衛騎士 セシリオ・グレイだ。

(セシリオ!よく来たわ!
そうよ わたくしが傷心で退場するのを 護衛騎士がそっとエスコートする…!完璧な構図じゃない!)

わたくしはセシリオに手を差し伸べてもらおうと 涙(目薬)で濡れた顔をわずかに上げた。

「お嬢様」

セシリオは無表情のまま わたくしの手を取ることはなく ただ一言 告げた。

「床が滑ります」

「え?」

わたくしがそう聞き返した瞬間だった。

ツルッ

「きゃあ!」

わたくしが自分で撒き散らした 大量の目薬。
それが大理石の床とわたくしのドレスシューズの間で 完璧な潤滑剤としての役割を果たした。

ズデデデーーーン!

盛大な音が響き渡る。
わたくし カタリナ・フォン・ヴォルフ公爵令嬢は
王立アカデミー卒業記念パーティーという晴れの舞台で
元婚約者とその浮気相手 そして全校生徒と王族が見守る中

見事に 四つん這いで ずっこけた。

「「「…………」」」

会場は 先ほどの婚約破棄宣言の時とは比べ物にならない
完全なる「無音」に包まれた。
皆 目の前で起こったことが信じられないという顔をしている。

(………………は?)

わたくし自身が 一番信じられない。

(こんな…こんなはずでは…!)

(わたくしの完璧な「悲劇の退場」は!?)

「カ…」

エドワードが何か言いかける。

「カタリナ様!大丈夫ですか!?」

リリアがわたくしに駆け寄ろうとする。

(やめろ!そんな哀れみの目でわたくしを見るんじゃないわ!)

わたくしは勢いよく立ち上がろうとした。

ツルッ

「あっ」

ズデッ(二回目)

今度は尻餅だ。
しかも 勢い余って優雅なドレスの裾がめくれ上がり ペチコートが丸見えになっている。

(終わった…)

(わたくしの悪役令嬢人生 終わった…!)

顔から火が出そうとはこのことだ。
もはや涙(目薬)も枯れ果て わたくしは呆然と床に座り込む。

「……お嬢様」

再びセシリオの声。
彼は無表情のまま わたくしの前に屈み込むと 自分のジャケットを脱ぎ わたくしの足元に(乱れた裾を隠すように)かけた。

「立てますか」

「……セシリオ」

わたくしはその手を取り ようやく立ち上がる。

「わたくし…もうお嫁に行けないわ…」

「問題ありません。俺がおります」

「なんですって?」

「いいえ。何も」

セシリオは無表情でそう言うと わたくしの背中をポンと押し 出口へと促した。

「さっさと退場するぞ!この恥知らず!」

エドワードの罵声が背中に刺さる。
うるさいわよ!一番恥をかいているのはわたくしなのよ!

わたくしはセシリオに支えられ(というか引きずられ)ながら
人生で最も屈辱的な舞台から 逃げるように退場した。

廊下に出た途端 わたくしは床に崩れ落ちた。

「うわーーーーん!わたくしの完璧なシナリオがーーーー!!」

「お嬢様。床は冷えます」

セシリオはジャケットもよこさず ただ無表情にわたくしを見下ろしている。

「冷たいのはあなたよセシリオ!なぜ助けてくれなかったの!」

「助けようと声をかけましたが」

「『床が滑ります』ですって!?そんなの警告になってないわよ!『危ない!』と叫んで抱きかかえるくらいしなさいよ!」

「公衆の面前で公爵令嬢を抱きかかえるなど 打ち首ものです」

「融通の利かない朴念仁!」

「恐れ入ります」

(全然恐れ入ってない顔だわ!)

わたくしは立ち上がり ドレスについた埃(と屈辱)を手で払う。

「フン…!いいわ!
どうせ王都にはもういられないと思っていたところよ!」

「と言いますと?」

「今日の失態…いいえ この屈辱!エドワードとリリア!
いつか必ず復讐してやると決めたわ!」

「復讐ですか」

「そうよ!悪役令嬢たるもの 転んでもただでは起きないの!
見てなさい このカタリナ・フォン・ヴォルフ!
史上最悪の悪役令嬢として この国に名を刻んでやるわ!」

わたくしは拳を握りしめ まだざわめきが残るパーティー会場の扉を睨みつけた。

「……(クスクス)」

「今 笑ったわねセシリオ!」

「いえ。お嬢様がいつも通りで安心しただけです」

「なんですって!?」

こうして わたくしの「完璧なる退場(大失敗)」は幕を閉じた。
そして この日から わたくしの本当の(ポンコツな)悪役令嬢道が始まることを
まだ誰も知らなかったのである。
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