婚約破棄された悪役令嬢ですが、どうにも威厳が保てません!

パリパリかぷちーの

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わたくしが『辺境の聖女』という 不名誉極まりない称号を(無理やり)頂戴してから 数日が経過した。

「あ!聖女様のお通りだ!」

「聖女様!昨日のお施し(残り物) ありがとうございました!」

「今日も一日 ご機嫌麗しゅう!」

領民たちは わたくしを見るたびに 目を輝かせ 手を振り 頭を下げる。
わたくしは愛想笑いを(ギリギリと奥歯を噛み締めながら)振りまき 足早に館へと逃げ帰った。

「もう嫌ですわ!」

わたくしは自室(ようやく『嘆き』の匂いが消えた)の扉を乱暴に閉め ベッドに倒れ込む。

「悪役令嬢が!聖女ですって!
これではまるで 道化じゃないの!」

(あのエドワードやリリアが聞いたら 腹を抱えて笑うに違いないわ…!)

(全ては…!)

わたくしは勢いよく起き上がる。

(全ては あの朴念仁のせいよ!)

わたくしの計画は ことごとくセシリオの無表情なツッコミか あるいは予期せぬ(彼にとっては想定内の)トラブルで失敗に終わっている。
彼がわたくしを正しく導かない(悪役令嬢として)せいで わたくしの威厳は地に落ちた。

「セシリオ!セシリオはいらっしゃい!
今日もわたくしの悪の計画に付き合って…」

わたくしは勢いよく扉を開けたが 廊下には誰もいなかった。

(あら?)

いつもなら わたくしが呼ぶ前に 扉の外で待機しているか
呼べば一秒で現れるはずの護衛騎士の姿が見当たらない。

「セシリオ?」

わたくしは首を傾げた。
叔父上に呼ばれている様子もない。

(まさか…わたくしがあまりにポンコツ…いえ 計画が失敗続きだから
愛想を尽かして逃げた!?)

(それだけはダメよ!わたくしの奇行()の後始末とツッコミ役がいないと困るわ!)

わたくしは慌てて館の中を捜し始めた。
厨房にも 訓練場にも 叔父上の執務室にもいない。

「どこに行ったのかしら…」

わたくしは館の裏手にある 小さな中庭に足を踏み入れた。
ここは侍女たちが洗濯物を干すくらいで 普段あまり人が来ない場所だ。

(あ…)

いた。
中庭の大きな木陰にあるベンチに セシリオが座っていた。
彼は馬の手入れ道具を磨いているわけでも 剣の素振りをしているわけでもない。

(何か…書いているわ)

彼は膝の上に置いた分厚い革張りのノートに 羽ペンを走らせていた。
その表情は いつも通り無表情だ。
しかし よく見ると 時折ペンを止め 空を見上げ…

(……ため息?)

セシリオが ほんのわずかに 息を吐いたように見えた。

(あの朴念仁がため息ですって!?)

わたくしは好奇心を抑えきれなくなった。
あのノートに何が書かれているの?
わたくしへの辞表?それとも エドワード王子への密告書?

(どちらにせよ 悪役令嬢として 見過ごすわけにはいかないわね!)

わたくしが物陰から飛び出そうとした その時。
セシリオはペンをノートに挟むと 立ち上がり 館の方へ歩き出した。
どうやら 休憩時間が終わったらしい。

(チャンス!)

わたくしはセシリオが角を曲がって見えなくなるのを待ち
ベンチに駆け寄った。
ノートは…置かれたままだ。

(フフン 脇が甘いわねセシリオ!)

わたくしはノートをひったくると 表紙を開いた。
そこには セシリオの生真面目な筆跡で こう記されていた。

『護衛(という名の苦行)日誌』

(…は?)

わたくしはページをめくった。

『王都出発 一日目。
お嬢様 パーティーでの転倒を棚に上げ 王子への復讐を誓う。
まず ご自身の目薬の管理能力を反省していただきたい』

(なっ…!)

わたくしは慌てて次のページをめくる。

『辺境街道 三日目。
お嬢様 馬車の揺れでお尻が割れると騒ぐ。
ご自分が『同じ空気を吸いたくない』とわたくしを馬車から追い出した件は 忘却された模様。
蝶を追いかけ側溝に落ちかける。五歳児か』

(ご ごさいじ…!?)

わたくしの手は怒りで震え始めた。
ページをめくる手が止まらない。

『辺境到着 初日。
想像と違うのどかな風景に絶望。
『悪の華が咲き誇れない』と嘆く。
その前に ご自身の『悪のアイテム(ガラクタ)』をどうにかすべき』

『辺境 三日目。
悪の計画①『嘆き』の買い占め。
当然の帰結として 自室が悪臭地獄と化す。
計画性のなさに眩暈がする』

『辺境 四日目。
買い占めた『嘆き』が王都で高値で売れ 儲かってしまう。
『なぜ儲かるのよ!』と本気で絶叫。
この方に経済を語らせてはいけないと痛感する』

『辺境 五日目。
悪の計画②『私設軍隊』を計画。
開始前に『反逆罪』と『カリスマ不足』を指摘。
ご本人は『カリスマはたっぷりある』と主張』

『辺境 六日目。
カリスマ()を見せるため 晩餐会の残り物で『施し』。
当然 領民から『聖女』と誤解される。
本人気絶寸前。実に滑稽。
そろそろ わたくしの腹筋も限界かもしれない』

(こ…こいつ…!)

わたくしは怒りのあまり頭から湯気が出そうだった。
この朴念仁!無表情を装っておきながら!
内心でわたくしを笑いものにしていたのね!

わたくしは最後の一ページ 日付が今日になっている場所を睨みつけた。

『辺境 八日目。
『聖女』と呼ばれることに耐えかね 悪の計画③を模索中。
午前中 木の上にて高笑いの練習を試みるも
巣を荒らされたと勘違いしたカラスに激しく威嚇され 落下』

(……!)

『幸い ドレスが下の枝に引っかかり 怪我はなし。
ただし 救出に小一時間要する。
本日も 辺境は(お嬢様のおかげで)平和である』

「セシリオォォォォーーーー!!」

わたくしの絶叫が 中庭に響き渡った。

「お呼びでしょうか お嬢様」

わたくしが振り返ると そこには
いつの間にか戻ってきたセシリオが 無表情で立っていた。

「な…なんですの これ!
この!わたくしを馬鹿にした日誌は!!」

わたくしはノートをビシッと彼に突きつける。
『苦行日誌』ですって!?『滑稽』ですって!?

セシリオはわたくしが突きつけた日誌を一瞥すると
静かに それを受け取った。

「お嬢様」

「な なによ!謝罪なら今のうちよ!」

「人の日記を盗み見るのは 感心いたしません」

「(グサッ!)…そ それはそれ!これはこれよ!」

わたくしは顔を真っ赤にして反論する。

「言い訳があるなら聞きますわ!
この『五歳児』とか『滑稽』とか!
全部わたくしを侮辱している証拠じゃないの!」

わたくしが息巻くと セシリオはノートをぱたんと閉じ
小脇に抱えた。

そして いつも通りの無表情で わたくしに告げた。

「事実です」

「……はい?」

「全て 事実をありのままに記述したまでですが。
何か問題でも?」

「も 問題だらけよ!」

「左様でございますか。
ですが お嬢様の行動記録(奇行録)は 護衛として必要な業務の一つです」

「こんな悪口を書くのが業務ですって!?」

「いいえ。
お嬢様が将来 さらに大きな失敗(反逆罪など)をなさらないよう
失敗のパターンを分析 記録しているのです」

(なんて もっともらしい嘘なの!)

「フン!どうだか!
どうせわたくしを笑いものにして楽しんでるんでしょう!」

「…さあ どうでしょうね」

セシリオはそう言うと わたくしに背を向け 館の中へ戻ろうとする。

「あ!待ちなさい!その日誌!
わたくしの名誉のために 今すぐ燃やしなさい!」

「それはできかねます。ヴォルフ公爵家(旦那様)に提出する重要書類ですので」

「お父様に!?」

わたくしは絶句した。

(わたくしのポンコツ奇行録が!お父様の元に!?)

「セシリオ!待って!お願い!それだけは!」

わたくしは『聖女』の称号も『悪役令嬢』のプライドも捨て
護衛騎士の背中に すがりつくのだった。
もちろん 彼は無表情で振り向くことはなかった。
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