婚約破棄された悪役令嬢ですが、どうにも威厳が保てません!

パリパリかぷちーの

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「…美味です」

セシリオはそう言うと わたくしの(まだ味見もしていない)試作品の皿を
綺麗に平らげてしまった。

(こ…この朴念仁!わたくしの分まで!)

わたくしはセシリオをジロリと睨むが 彼は(いつも通り)無表情で皿を置いた。

「な なによ!そんなに美味しいの!?」

「…はい。不本意ながら。
元の『嘆き』の酸味と 蜂蜜の甘さ そして香辛料の刺激が
絶妙なバランスかと」

「(な…!わたくしが適当に入れただけなのに!)」

わたくしは慌てて 自分用にもう一皿 新たな試作品…
いや 完成品『悪役令嬢(カタリナ)の誘惑(テンプテーション)』を盛り付けた。

(わ たくしが作った『邪悪な食べ物』…
いったい どんな味が…)

わたくしは恐る恐る 小さなスプーンでそれを口に運ぶ。
艶やかな飴色のそれは 舌の上でトロリと溶けた。

「……!」

(な…なにこれ…!)

(美味しい…!)

強烈な旨味!
甘いのに しょっぱくて 少しピリ辛で!
あの忌まわしい『嘆き』の臭みは完全に消え
代わりに食欲をそそる芳醇な香りが鼻を抜ける!

(これなら…!これなら白いご飯…いえ パンが何枚でもいけるわ!)

「お嬢様」

「(ハッ!)」

わたくしは我を忘れて 皿に顔を突っ込むところだった。
セシリオが(絶対に何か言いたげな)無表情でわたくしを見ている。

「ど どうなのよ!
こ これなら 王都の貴婦人たちを太らせる()のに十分でしょう!」

わたくしは必死に威厳を取り繕う。

「…そうですね。
王都の貴婦人どころか
辺境の屈強な騎士(わたくし)の胃袋さえ 掴んで離さないかと」

「フフン!そうでしょう そうでしょう!」

(いけないわ セシリオに褒められて素直に喜んでしまった…)

「さあ!こうしてはいられませんわ!
これを商品化して 莫大なお金を稼ぎ
『悪の晩餐会』の資金にするのよ!」

わたくしは残りの『誘惑』を大きな壺に詰め 厨房を飛び出した。
目指すは もちろん叔父上の執務室よ!

「叔父上!大変よ!」

わたくしは礼儀も忘れて 叔父上の執務室の扉を蹴破る勢いで開けた。

「おお カタリナか。騒々しいぞ。
また何かやらかしたか?『聖女様』」

「(グサッ!)…その呼び方はおやめなさい!
それより叔父上!わたくし とんでもないものを開発してしまいましたわ!」

わたくしはドンと 壺を叔父上の机の上に置く。

「なんだこれは。
また『嘆き』か?今度は部屋ではなく わしの執務室を臭くする気か」

「失礼しちゃうわね!
これは『嘆き』を改良した わたくしの新作!
その名も『悪役令嬢(カタリナ)の誘惑(テンプテーション)』よ!」

「…名前が長いわ」

叔父上が眉をひそめる。

「いいから 食べてみなさい!一口で虜になるわよ!」

わたくしはパンを一切れ取り 『誘惑』をたっぷり塗って 叔父上の口に押し込んだ。

「(モグモグ…)」

叔父上は怪訝な顔で それを咀嚼した。
そして…

ピタッと 動きが止まった。

「…叔父上?」

「……」

次の瞬間。

「うまーーーーーい!!」

叔父上の絶叫が 執務室(と館全体)に響き渡った。

「なんだこれは!カタリナ!
あの『嘆き』が!こんな!こんなに美味くなるなんて!」

叔父上は目を血走らせ 壺に直接手を突っ込んで『誘惑』を舐め始めた。

「こら!お行儀が悪いですわよ叔父上!」

「うるさい!
こんな美味いもの 独り占めできるか!
おい!誰かおらんか!」

叔父上は壺を抱えたまま 執務室を飛び出してしまった。

「あ!待ちなさい!それはわたくしの金策の元手なのに!」

わたくしとセシリオが慌てて追いかけると
叔父上は館の広間で 兵士や侍女たちを集めて叫んでいた。

「お前たち!カタリナがまた奇跡を起こしたぞ!
『聖女様』が 今度は奇跡の食べ物をお作りになられた!」

(だ か ら 聖女様じゃないってば!)

叔父上は『誘惑』を 兵士たちに振る舞い始める。
一口食べた兵士たちは 叔父上と全く同じ反応を示した。

「うおお!力がみなぎる!」

「こいつは…!パンが止まらねえ!」

「侍女A「ああ…わたくし これなら三食食べられる…」」

「侍女B「ダイエットは明日からにしますわ…!」」

(フフン…!計画通りだわ!)
(わたくしの悪事(ダイエット妨害)は成功ね!)

「聞いたかカタリナ!」

叔父上が興奮冷めやらぬ様子で わたくしの肩を掴む。

「こいつは売れる!絶対に売れるぞ!」

「そ そうでしょう!だからこれは わたくしが…」

「よーし!こいつを辺境領の新しい特産品にする!
名前は…お前の言った『誘惑』は長すぎる!」

「えっ」

「よし!『デビル・ヴォルフ』だ!
『悪魔的な美味さを持つ ヴォルフ家の逸品』!
どうだ!カタリナ!」

(デビル・ヴォルフ…悪魔の…)

(か…格好いいじゃないの!)

「いいでしょう!その名前 使わせてやりますわ!」

わたくしが悪役令嬢(っぽさ)に満足していると
叔父上の行動は早かった。

その日のうちに『デビル・ヴォルフ』は大量生産(料理長と厨房スタッフが徹夜)され
あの『嘆き』を買い付けに来ていた王都の商人に
『嘆き』の五倍の価格で売りつけられた。

そして 三日後。

「叔父上!王都から手紙が!」

「おお!来たか!」

商人の手紙を読んだ叔父上が 爆笑し始めた。

「ガハハ!カタリナ!やったぞ!
王都で『デビル・ヴォルフ』が大ヒットだ!」

「ええ!?」

「『公爵令嬢が開発した 悪魔の食べ物』
『一口食べたら止められない 禁断の味』
『聖女様が作ったデビル』
とかいう 訳の分からんキャッチコピーで 貴族の間でブームになっとる!」

(わ わたくしの計画(貴婦人太らせ計画)が
意図せず広まっている…!)

「商人が!『デビル・ヴォルフ』を 今あるだけ全て送れと!
金はいくらでも出すと!」

「(ゴクリ…)い いくらでも…」

わたくしの目の前に 金貨の山がチラつく。

その日から 辺境領地は『デビル・ヴォルフ』景気に沸いた。
『嘆き』を作っていた農家は『デビル』の原料生産で大儲け。
館の厨房は 工場と化した。
領地は あっという間に潤い 叔父上は毎日笑いが止まらない。

そして わたくしの自室。
机の上には 銀貨五枚ではなく
金貨が詰まった(叔父上からのお小遣いという名の利益分配)袋が
山のように積まれていた。

「……」

わたくしは その金貨の山を前に 呆然としていた。

(お金は…手に入ったわ…)
(『悪の晩餐会』も開けるわ…)

「カタリナ様!救世主様!」

「聖女様が今度は商才まで発揮された!」

「我らが『商才の聖女』カタリナ様!バンザーイ!」

窓の外から 領民たちの わたくしを崇拝する声が聞こえてくる。

(…でも!)

わたくしは金貨の袋を掴み 絶叫した。

「わたくしは悪役令嬢ですってばーーーー!!」

わたくしの金策は(またしても)大成功に終わり
わたくしの悪役令嬢としての尊厳は(またしても)
地に落ちたのだった。
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