名もなき英雄たちのエンドロール

ふぇりちた

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片田舎の老人

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 王都から遠く離れた田舎村に、1人の老人が暮らしている。
 彼は、かつて魔王を討ち取り、世界に平和をもたらした勇者である。

 国の貴族や重鎮たちは、彼が余生を田舎で過ごすと宣言した時、猛反対したという。
 勇者のブランドが王都を離れる事を懸念する者もいれば、憧れの勇者に、不便な暮らしをさせたくないと心配する者もいた。

 反対する者たちを鎮めるのに、勇者は2年を要した。
それが7年前のことだ。

 今では、村人もすっかり慣れ、子供らの遊び相手になっている。


「勇者様ー!
今日も続き聞かせてー!」


 腰の曲がった老人をぐるっと囲い、子供たちはキラキラと瞳を輝かせる。
老人は袖を引っ張られよたつきながら、嬉しそうに庭のベンチに腰掛けた。


「さて、どこまで話したかの」
「えっとねー、フィーニスさんがアリアにビンタされるとこぉ」
「ほっほ。そうだった、そうだった。あの後2人は1ヶ月も口を聞かなかったんじゃ」
「えー」
「結局フィーニスさんが土下座してな」
「ええっ」
「それで───…」


 夢中で話を聞く子供たちの姿を、親たちは離れた場所から見ていた。


「やだわ。うちの子ったら、また勇者様の家におしかけて」
「うちの次男もよ。まったくご迷惑になってないといいんだけど」
「本当にお優しい方だから……
それにね、毎回帰って来るなり、勇者様のお話を楽しそうに話すのよ」
「うちもよ!」
「あらやっぱり?
ご迷惑だと分かっているのに、私もハマっちゃって」
「分かるわ。続きが気になって止められないのよね」
「そう!
そうなのよーっ」


 井戸端会議で盛り上がるなか、興味深そうに近づいて来る男がいた。


「何の話をされてるんですか」
「わっ! ビックリした。アンタ誰だい?」


 見知らぬ者の登場にざわめくが、村で唯一の定食屋の女将エリーは知っていたようだ。


「ロイさんよ。昨日から村長のとこに泊まってる」
「ロイ?」
「ああ、旅してるって人!」
「アンタがそうなのかい。旅人ってわりに、ずいぶんと綺麗な子だねぇ」


 自称旅人のロイは、きちんと手入れされた髪と指先をしており、まるで貴族のような風貌をしていた。


「どおりで村長が慌ててたわけだ」
「うんうん。ちがいないねぇ」


 ジロジロと突き刺さる視線にたじろぎつつ、ロイは話を戻す。


「あはは。それで、何に盛り上がってたんですか?」
「ん? ああ、勇者様の話だよ」
「勇者様」
「そっ。ほら、あそこに子供に囲まれた人がいるだろう」


 エリーが指差す先を見て、ロイは胸が高鳴った。
 勇者については、幼い頃より祖父母からたくさん話を聞いていた。その人物が目の前にいる。
旅人だというのは嘘で、本当は初めからこの村を目指して来た。彼に会うことこそが、ロイの目的だったからだ。


「ああ、本物だ」
「なんか言ったかい?」
「いえ。そうですか。勇者様が王都から離れた村に住んでいると知っていましたが、まさかこの村だとは」


 ロイは、さも初めて知ったとばかりに驚いてみせる。


「よそから来た人は、みんな驚くんだよ」
「そうそう。中には信じない人もいるくらいさ」


 彼らが言うよそ者たちの反応は、無理もない。
 勇者が片田舎で暮らしている事実は、誰もが知っている。
しかし、それがどの地なのかを知る者は限られているからだ。


「へえ。本物に会えたチャンスを棒に振るなんて……もったいないですね」
「そうなんだよ。けど、ロイさんはあっさり信じたね」
「たしかに」


 不思議そうな村人たちに、ロイは人の良さそうな顔で笑った。


「私もぜひ勇者様にお会いしたいのですが」
「じゃあ会いに行けば良いじゃないか」
「え、いやでも。昨日来たばかりの旅人ですし」


 村人に仲介してもらおうと考えていたロイは拍子抜けした。
そんな彼の心境を知ってか知らずか、村人たちは豪快に笑う。


「あっはっは!
やだね、アンタ。子供だって、自分で話聞きに行ってんだ。大人なんだから、1人でお行きよ」
「面白いね、ロイさんだっけ?
ほら、今行って来たら良いじゃない」
「そうさね。子供たちに混じって来な」


 あまりの警戒心のなさに驚きつつも、勧められるままに、ロイは勇者の家へ向かった。


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