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7.思い出と疑惑
しおりを挟む「お菓子、これしかなかったんだけどいいかしら?」
母さんが部屋にお菓子とジュースを持ってきてくれた。それはいいんだけど、お菓子はまさかの堅焼き煎餅だった。ケーキと紅茶を出してくれとは言わないけど、せめてもう少し何かなかったのかな? これじゃあおばあちゃんちに行ったみたいだ。湯呑みに入った熱い緑茶でなく、グラスに入った冷たいオレンジジュースなだけマシだろうか。
「全然いいですよ。ありがとうございます」
修二は母さんにも気を遣って笑顔でお盆を受け取った。
僕はちょっと恥ずかしく俯いたまま、母さんが去っていくスリッパの足音だけを聞いていた。
「そんなのしかなくてごめん」
「なんで謝るんだよ。うちのお袋なんか、何もないとか言ってきゅうりに塩振ったやつ出してきたことあっただろ。それよりいい」
そんなこともあった。確か小学校の夏休みで、きゅうりが美味しくて二人で夢中で食べておかわりしたんだっけ。今でも僕はきゅうりが好きだ。修二のおじいちゃんが育てたもので、夏になると毎年うちにもお裾分けしてくれる。
僕はあの夏、修二のお母さんがおやつに出してくれたきゅうりを食べてから、きゅうりが好きになった。特に修二のおじいちゃんが作ったきゅうりはトゲトゲしていて、スーパーのきゅうりより美味しく感じる。
思い出したらきゅうりが食べたくなってきた。
「あれは美味しかったからいいんだ」
「まあ、そうだな。ハルはきゅうり好きだもんな。でも煎餅も美味いだろ?」
「うん」
修二はやっぱり優しい。なんでそんなに僕たちのことを気遣ってくれるんだろう?
ただの幼馴染でしょ?
会話もないままボリボリと煎餅を食べる音だけが部屋に響いた。そういえば修二はなんでうちに寄るなんて言ったんだっけ?
部屋に通してからした会話を思い返してみるけど、プラネタリウムを一人で見て怒られたことくらいしか思い出せなかった。そんなのを言うためにうちに来たわけではないし、じゃあ目的は一体なんだ?
「あのさ、最近ハルはなんで俺のこと見ないんだ?」
気づいてないと思ってたのに、修二はやっぱり気づいてた。まさかそれを問いただすためにうちに来たの?
でもそれは聞かれても困る。自分でもなぜか分からないんだ。ただ修二と目が合うと、アドレナリンが異常放出して、心臓の鼓動が速くなったり、体温が上がったりする。それを修二に説明して分かってくれるんだろうか?
「なあ、俺の話聞いてる?」
僕が考え込んでいて答えないから、修二は無視されたと思ったのか、少し声を荒げた。
「ごめん」
「ごめんじゃ分からん。俺が嫌なのか? それとも何か気に入らないことがあるのか? 理由はなんだ?」
理由なんて、僕の方が知りたい。これが病気だっていうなら、僕は病院に行った方がいいのかもしれない。
あれ? もしかして僕って、本当に病気だったりする?
「病気かもしれない」
「は? 大丈夫か? 早く着替えて寝ろよ。パジャマどこだ?」
修二は僕が説明する暇も与えてくれない。タンスの引き出しをいくつか開けてパジャマを出すと、僕に着替えろと怖い声で言った。
結局僕は断れず、修二の目の前で着替えることになった。恥ずかしいから背を向けて着替えて、チラッと修二を見ると、修二は後ろを向いていた。
「着替えたか?」
「うん、着替えた」
僕に背を向けていた修二がこっちを向くと、目が合ってしまった。僕は慌てて目を逸らして、やっぱりアドレナリンの異常分泌が始まった。ドキドキと心臓はうるさいし、どんどん顔に熱が集まっていく。
顔が赤いと指摘される前に、僕は素早くベッドに潜り込んだ。
「ごめん」
「いや、俺もごめん」
僕は修二がなんで謝ったのか分からなかった。だって修二はいつだって優しい。
僕は布団を頭まですっぽり被ったまま、修二の言葉の意味を考えていた。
「ハル、無理すんなよ。俺帰るから」
「うん、送ってくれてありがとう」
少しすると、部屋のドアがパタンと閉まる音がした。ゆっくりと階段を降りていく音もする。そして修二と母さんが何か話してるような声が聞こえた。内容までは聞き取れなかったけど、たぶん僕が体調を崩したのだと母さんに伝えてくれたんだろう。
僕はやっと布団から顔を出して、修二がさっきまでいた場所を見た。
お盆もグラスも片付けられている。修二がわざわざ下まで持っていってくれたんだろう。修二にそんなことまでさせてしまって、罪悪感がすごい。
だって僕は熱なんて出ていないし、どこかが痛かったりもしない。少し胸が苦しいけど、息ができないとかそんなこともない。
よく考えてみるとアドレナリンが異常に出るなんておかしいと言えばおかしい。
僕はベッドから出ると、国語辞典より分厚い解剖学の本を引っ張り出した。だけどホルモンのことが書かれたページを読み進めるほどに怖くなった。
アドレナリンの異常分泌は放置するといけないらしい。
やっぱり僕は病院に行くべきかもしれない。
日が暮れて部屋の中が暗くなって、文字が読みづらいことに気づいてやっと電気をつけた。
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