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30.修二との距離
しおりを挟む最近修二の距離が近い気がする。
「あ、ごめん……」
二人で並んで帰る帰り道、僕の腕が修二に当たってしまった。
いつもは少し手を振ったくらいで当たるような距離にいないのに、なぜなのか気になる。
それに話しかけてくる時に、顔を近づけてくるようになった。
僕の声が小さいせいかもしれないけど。ちょっと心臓がもたない気がするからやめてほしい。
ふわっと香る修二の香水。たまに香るくらいがちょうどいいのに、最近は授業中以外ずっと香りがそこにあって、なんだか落ち着かない。
家に帰って制服を脱いだ時に、マーキングされたみたいに修二の香水の香りを感じた時は焦った。
いるわけないのに振り向いて、修二がいないことを確かめてしまったくらいだ。
こんなに香りが移るほど近くにいたと思うだけで顔に熱が集まっていく。もう本当にコントロールできなくて困る。
こんな時期に体育祭なんてやってほしくないと思いつつ、逃れられずに嫌々参加する体育祭。
修二だって同じように汗をかいているのに、なんでそんなに爽やかなんだろう?
キラキラした汗は、全く不快に見えない。
タオルが無かったのか、体操服の裾で顔の汗を拭いた時、チラッとお腹が見えてしまった。
女子からは「キャー」という黄色い声が聞こえて、もしかして修二のサービスだったりするんだろうかと思ったくらいだ。
「これ」
ペットボトルの水を渡すと、「サンキュ」と言って修二は受け取ってくれた。
喉が波打って、ゴクゴクと修二の喉を通っていく水。こっちを向いていないことをいいことに、僕は修二の首筋を眺めていた。
「ハル、顔赤いぞ。脱水症状じゃないのか? ほら、お前も水飲め」
飲みかけの水を渡された時はどうしようかと思った。
差し出されたのはさっき修二が飲んでた水で、修二が口をつけたペットボトルだ。そんなのいいの?
僕は緊張しながら、水を受け取って、ゆっくり飲んだ。
ダメだ、余計暑い。動悸も顔に集まる熱も、引くどころか悪化した。
修二の行動に理由なんてないと思うけど、僕は距離が近いことに戸惑っている。
僕が食べていたパンを「一口ちょうだい」と言って、僕が食べていたところに齧り付いたりするの、本当にどうしていいのか分からないからやめてほしい。
やめてほしいと思っているのに、少し嬉しい気持ちもあって、そのせいでやめてくれとは言えない。
本当に恋という感情は厄介なものだ。こんなにおかしいのに、病気じゃないというのが信じられない。
「見てこれ、ヤバくね? 味もヤバイから飲んでみろよ」
今日も修二は変な飲み物を飲みかけのまま渡してきた。パッケージにはカレーサイダーと書かれていて、ターメリックが入っているのか黄色い色がついている。
これ、修二が口つけたやつだよね? 僕はこんなことをされる度にドキドキしながら口をつけるんだ。
僕はこんなことでドキドキして普通じゃいられなくなる自分が異常に思えて、宇乃さんに聞いてみた。
「女子って色々シェアして食べるよね? 友達が口つけたペットボトルとか普通に飲める?」
「私は平気。それが男子から回ってきたらちょっと躊躇するかもしれない」
そうなのか。やっぱり僕だけが過剰に反応して、変なんだと分かった。
「それって……ううん、何でもない」
宇乃さんは言いかけてやめたけど、僕は追求しなかった。
やっと修二の距離感が普通に戻ってきたと思った十月の初め、ホッとしている場合ではなかった。
急に修二の距離が離れた理由は明らかだった。
登下校は近所ってことで相変わらず二人だけど、修二と吉野さんの距離が縮まったんだ。
吉野さんはいつも通りの綺麗な爪を修二に「どうだ」と見せていて、わざわざ修二は吉野さんの手をスマホで撮ってあげている。
「これ可愛くない?」
「いいんじゃね?」
なんて普通の会話ですら、甘い空気が漂っているように見える。
僕は二人の間には入れるはずもなく、遠くからその様子を眺めていた。
本当は二人の関係を聞きたいけど、そんな勇気はない。
付き合っていると言われるのを受け止める勇気がなくて、何も聞けないまま、修二と二人で帰宅する。
「明日、ハルの家で飯食っていい?」
「あ、うん」
僕に断るなんてことはできず、了承の返事をした。
母さんの料理を手伝うようになってまだ一ヶ月も経ってない。だから修二に振る舞えるほどの料理の腕はない。それが残念だった。
例え修二の胃袋を掴んでも、僕は修二の恋人になんてなれないけど、喜ぶ顔を見るくらいは許してほしい。
僕はそれだけでいいんだ。
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