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しおりを挟むそれから彼はたまに王族の護衛のために、俺が働いている門を通る。その時に小さく会釈してくれるので、それが密かな楽しみになっていた。
別に恋慕しているわけではない。ただちょっとドキドキするだけだ。
そして半月ほどいつもと変わらない日々を過ごすと、また彼がやってきた。
「ローマンさん、いいですよね?」
聞いたことのある台詞、前にもされた質問だ。しかし今度は何だろう?
「それは……何に対してでしょうか?」
俺はまた壁際にまで追い詰められるも、どうにか質問を返し、彼を見つめた。綺麗な目だ。少し揺れて、急に獲物を狙う猛禽類のような鋭い目になった。
俺、もしかしてなんかやっちまったか?
どこかで気付かないうちに不敬を働いたりしたんだろうか?
「その目……誘ってます?」
「はい?」
何の話だ? 全然分からないんだが。
「キスさせて下さい」
そう言うと、俺の返答も聞かずに彼にまた唇を奪われた。また罰ゲームか? それとも虐めや、何か弱みを握られて遊ばれているんだろうか? 心配だな。
俺はまた抵抗せず、彼のキスを受け入れた。今回はチュッチュッと音を立てて唇に吸い付かれた。
柔らかくて気持ちいい唇だな。俺の唇よりも厚みがあってぷっくりとしている。こんな俺のようなおじさんの、カサついて手入れもされていない唇にキスしなければならないなんて、可哀想に……
しばらくチュッチュッと唇に吸い付かれると、キスは終わってキツく抱きしめられた。おぅ……今回はそんなサービス付きか。
「なんかすまんな。加齢臭とか……臭くないか?」
彼から甘く爽やかな香りがして、自分の体臭が気になった。加齢臭とかしたら申し訳なさすぎる。
「全然。芳しいローマンさんの香りならいつまででも嗅いでいられます」
彼が俺の鎖骨辺りに顔を近づけてスゥーっと息を吸い込むと、本当に申し訳ない気持ちになった。
「いや、それはやめた方がいい。君の美しさに悪影響を及ぼしそうだ」
「そんなことない!」
もしかして、門番のおっさんを落とせという虐めにあっているのか?
落ちたフリでもして、早く終わらせてやろう。きっとどこかから主犯の奴が俺たちのことを見ているんだろう。
俺は彼の背中に腕を回して抱きついて、彼の首筋に口付けた。
「あっ……」
「すまん、首はまずかったか?」
いきなり見目麗しい彼から艶っぽい声が漏れて、やりすぎたと焦った。俺なんかにそんなことをされてさぞ不快だっただろう。申し訳ない。
「ローマンさん、好きです」
「ああ、俺もだ」
どこで聞いている? この青年を虐めている奴、もうこれでいいだろ?
しかし彼は全然腕を解いてくれなかった。
「エリック様? もうそろそろ仕事に戻られた方がいいのでは?」
「そうか……夕方迎えにきます。待っていて下さい」
「はい」
ん? 思わず「はい」と答えてしまったが、迎えにくると言ったか? どこかへ連行されるということだろうか?
ああ、仲間に証拠として俺との仲を見せつけて、確認をして終わりという流れだろうか?
仕方ない。最後まで付き合ってやろう。
何度もこんなおじさんにキスだのハグだのするのは可哀想だ。
仕事が終わって着替えてしばらくすると彼がやってきた。私服だ。きっちりとボタンを首元まで留めた真っ白な近衛騎士の制服も似合っていたが、ラフなシャツの襟元をボタン二つ分はだけさせ、しっかりと折り目のついたパンツを履きこなす姿も格好いい。
俺もこんなに足が長く生まれていれば、この歳まで独り身ではなかったかもしれない。
「それで仲間はどこです?」
「はい? 仲間? 何の話ですか?」
ああ、仲間などではないよな。虐められているなら、仲間ではなく敵のようなものだろう。しかし彼の同僚であろう人たちを敵と言うのもおかしな話だ。なんと呼んだらいいのか考えていると、不意に手を繋がれた。
「嫌、ですか?」
嫌なのは君のほうだと思うが……
おじさんのカサついた手など握って喜ぶような奴はいない。
「嫌ではない」
「そうですか、よかったです」
そう言いながらさりげなく指と指を絡める恋人繋ぎにされた。若くて美しく、線もまだ細いのに、彼の手は大きかった。ずんぐりとゴツくて丸い俺の手とは違い、手のひらは大きく厚みがあるが、指は細く長い。
綺麗な人というのは、指先まで綺麗なんだと思い知った。
手のひらの厚みからして、彼はその見た目だけでなく実力で近衛騎士になったことが分かった。訓練されている手だ。
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