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しおりを挟む彼はキス以上のことはしない。だから俺は安心していた。
「今日は飲みに行きましょう」
「ああ、いいな。今日は暑いしエールが恋しい」
休日前の仕事終わりに彼が迎えに来ることが当たり前になっていた。
楽しくて飲みすぎたような気はする。
いつも通り俺の部屋で彼の体を拭いて、俺も体を拭いてもらう。
「ローマンさん、好きです。もうそろそろいいですよね?」
「そろそろ?」
なんのことか分からないでいると、唇が重なった。首筋を通って鎖骨に触れ、胸元を彼の指が滑っていく。
まさか、おじさんとそんなことするのか?
それとも若い彼は性欲が有り余っているとか……
「大丈夫です。ちゃんと手順は学んできましたから。私に身を任せてください」
「え? 俺が受けですか?」
「ええ、そうですよ。可愛い姿を見せてください」
どっちも経験など無いが、まさか俺が受け入れる側だとは思わなかった。だっていつも彼は俺の左にいたし……
そうでもないか。彼は俺を自分のものにしたいとはっきり言ったことがあった。腕枕も数え切れないくらいしてもらった。
俺は彼は安全な存在なのだと思い込み、完全に彼に気を許していた。
「あっ、待っ……」
おじさんの茶色い乳首なんか……
俺はそんなところ感じたことはないぞ。そう思ったが、不覚にも快楽を拾い始めて力が抜けていった。
俺が本気で嫌がれば彼はやめてくれただろう。だが俺はそうしなかった。酔って正常な判断ができなかったなんて言い訳だ。どこかで期待していたのかもしれない。
「大丈夫ですよ。ちゃんと洗浄剤もオイルも用意していますから」
「そ、そうか……」
そんなところ、まじまじと見られたら本当に恥ずかしいんだ……
おじさんだって恥じらいくらいはある。
「む、狭いですね。まさか初めてですか?」
「そうだ」
「そうですか! 嬉しいです。あなたの初めてをいただけるなんて」
いけないと思いつつ、俺は彼を受け入れた。
「まだ収まりそうにありません。もう一回したいです」
「好きにすればいい」
「ローマンさん、大好きです」
「あっ、んッ……」
苦しさの中に確かに快楽があって、俺の喉からは人生で一度も出したことのないような嬌声が出て恥ずかしかった。
こんな声が俺のどこから出ているんだ。気持ち悪くないか?
そっと彼を見ると、ギラギラと獲物を狙うような目で俺を見下ろしていた。彼は滴る汗まで美しい。
──やっちまった……
俺はこんなにも押しに弱かっただろうか?
浮腫んで半分しか開かない瞼、カーテンの隙間から差し込む朝日、隣には美しい男が無防備に眠っている。
尻にも腰にも違和感があるし、茶色の乳首がぷっくりと膨れている。
この歳で新たな世界を知ってしまった。
だがダメだ。遊び友達としてならいいが、これはダメだ。
俺は「腰が痛いから今日は遊びに付き合えない」と言って彼を早々に追い出した。悪いとは思うが、これも彼のためだ。
「リティちゃん、エリックのこと気に入ってたが、もう彼はうちには来ないと思う」
俺の言葉を理解してはいないだろう。リティちゃんはほっぺたに木の実を詰め込んで俺の肩に登り、肩の上でガリガリと木の実を食べている。
俺は休み明け、城門を通るエリックの顔を見ることができなかった。
「ローマン、どうした? なんかあったか?」
モリーとロッシと一緒に、騒がしい酒場でどこからか流れてきたミノタウロスの炭焼きをつつきながら、酒を飲んでいた。
いつものことなのに、二人には俺の様子がおかしいことがバレてしまった。
目の前には空いたグラスがずらりと並んでいる。原因はこれか……
エールではなくウォッカを何杯も呷って、それでも全然酔った気がしない。
「吐け。心の内を全部吐いてしまえ。俺らに何隠してんだ?」
二人に詰められると、勘違いを正せないまま床を共にしてしまったことまで吐かされた。そんなこと誰にも話す予定はなかったのに、俺は自分が思うよりずっと酔っていたのかもしれない。
「ローマンは無理だと思っているんだな?」
「断りたいが断れないんだな?」
二人に心配された。
エリートの若い奴に俺が弄ばれていると思ったんだろう。
「言えないなら俺たちが言ってやろうか?」
「そうだな。頼む」
酔っていた俺は、そんなことを軽く言ってしまった。思ったより酔いが回っており、これが夢か現実か分からなくなっていた。
翌日、エリックが泣きそうな顔で訪ねてきた。
たぶんあれは夢ではなく現実で、モリーとロッシが俺の代わりに彼に言ってくれたんだろう。
俺が嘘で好きだと言ったことを責められるのかと思ったら、そんなことは一言も責められなかった。それどころか、彼は俺の気持ちに気づけなくて申し訳ないと深く頭を下げたんだ。
彼は諦めたみたいに悲しそうに笑みを浮かべていた。
「もう、ローマンさんに近づきません。迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
彼の背中がいつもより小さく見えた。
迷惑をかけたのは俺だ。彼を傷つけたのも俺。彼が謝ることなんて何もないのに。去っていく背中を追いかけようとしたが、俺は足を止めた。
彼のためにも、これでよかったんだ。
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