伯爵令嬢の秘密の知識

第24話：クライン男爵領の奇妙な騒動

ルナリス領での夏季休暇は、収穫祭の成功で華やかに幕を開けた。ミアはエマの歌と自作の花火で領民を喜ばせ、ティアやルカと共に楽しい時間を過ごしていた。グランディア王国南部のこの地は、豊作の余韻に浸り、屋敷には穏やかな空気が流れていた。しかし、祭りの翌日、ミアはあることに気づいた。クライン男爵家の姿が、収穫祭に見当たらなかったのだ。

---

その日の昼、屋敷の応接室でミアは両親とお茶を囲んでいた。ミアがカップを手に、父リチャードに尋ねた。

「お父様、昨日、収穫祭でクライン男爵家の人がいなかったよね。レオンも来るって言ってたのに、どうしたのかな？」

リチャードがカップを置き、鋭い灰色の瞳でミアを見た。

「ミア、よく気づいたな。クライン男爵領でトラブルが起きてるらしい。男爵が対処に追われていて、レオンも一緒に手伝ってるそうだ」

母エリシアが優雅にティーを飲み、補足した。

「そうよ、ミア。昨日、王都から使いが来てね。クライン領の話を聞いて、私たちも驚いたわ。詳しくは分からないけど、ちょっと変わった事件みたい」

ミアが首を傾げ、興味津々に尋ねた。

「変わった事件？ お父様、どんなトラブルなの？」

リチャードがため息をつき、低く語り始めた。

「クライン男爵から届いた報告によると、数日前から領内の森で妙な魔獣が暴れてるらしい。『羽根付きの巨大カボチャ』だと。収穫前の畑を荒らし、家畜を驚かせて、領民が困り果ててるそうだ」

ミアが目を丸くし、エリシアが小さく笑った。

「羽根付きの巨大カボチャ！？ お父様、それ、ほんと？」

「ふむ、信じがたいが、男爵の手紙にそう書いてあった。レオンが剣を持って森に入り、男爵と共に魔獣を追い払おうとしてるらしい。だが、そいつが妙に素早くて、捕まえきれずにいるそうだ」

エリシアがティーカップを手に持つと、微笑んだ。

「レオン君、頑張ってるのね。クライン領はルナリス領から少し離れてるから、こっちには影響ないけど、収穫祭に来られなかったのは残念ね」

ミアが笑い、カップを置いた。

「レオン、剣が得意だから大丈夫だよね。でも、羽根付きのカボチャって面白そう。私も見てみたいかも」

リチャードが眉を上げ、穏やかに言った。

「ミア、お前はルナリスで休暇を楽しめ。クライン領の騒動は男爵とレオンに任せておけばいい」

---

一方、クライン男爵領では奇妙な騒動が繰り広げられていた。領内の森は、濃い緑に覆われ、木々の間を風が抜ける。そこに、レオンとクライン男爵が立っていた。レオンは、軽い革鎧に木剣を手に持つ。男爵は灰色のローブをまとい、杖を握っていた。

「レオン、あのカボチャ野郎、また逃げやがった！」

男爵が叫び、レオンが木剣を構えた。

「父さん、確かに素早いです。でも、羽根が目印だから、次は見逃しません」

森の奥から、カサカサと音が近づいてきた。突然、巨大なカボチャが飛び出してきた。オレンジ色の表面に黒い羽根が2枚生え、丸い体が地面を転がりながら突進してくる。レオンが素早く横に跳び、木剣を振った。

「そこだ！」

剣がカボチャの側面を叩くが、硬い皮に弾かれ、レオンが後退した。カボチャがキキッと奇妙な鳴き声を上げ、羽根をバタつかせて木の上に逃げた。男爵が杖を振り、風魔法を放った。

「逃がすか！ 風よ、吹け！」

風が木々を揺らし、カボチャがバランスを崩して落ちた。レオンがすかさず飛びかかり、木剣で頭を叩いた。カボチャがぐったりし、動かなくなった。

「やった、父さん！ ようやく仕留めた！」

男爵が息を整え、笑った。

「レオン、さすがだ。だが、こいつが一体だけとは限らん。森を調べておくぞ」

二人がカボチャを眺めると、近くの農夫が駆け寄ってきた。

「男爵様、レオン様、ありがとうございます！ こいつが畑を荒らすから、家畜が怯えてたんです。羽根付きのカボチャなんて、初めて見ましたよ」

レオンが木剣を下ろし、穏やかに言った。

「僕も初めてです。でも、これで少しは落ち着きますね」

男爵が首を振って呟いた。

「妙な魔獣だ。どこから来たのか分からんが、収穫前に出てきて迷惑千万だ。レオン、ルナリスに行けなくて残念だったな」

「父さん、大丈夫です。ミア様には手紙で謝ります。クライン領が平和なら、それでいいですよ」

森の騒動は一段落したが、男爵とレオンはまだ警戒を解かず、次の対策を考えていた。

---

ルナリス領に戻り、その日の夕方。ミアはエマ、ルカ、ティアと庭で過ごしていた。花火とエマの歌で盛り上がった収穫祭の余韻が残る中、ミアが父の話を思い出し、エマに言った。

「ねえ、昨日、クライン男爵家が収穫祭に来てなかった理由、分かったよ」

エマがリンゴをかじりながら尋ねた。

「ミア、どうしたの？ レオン、来るって言ってたよね」

「うん、レオン、クライン男爵領でトラブルに追われてるんだって。羽根付きの巨大カボチャが森で暴れて、畑を荒らしてるらしい」

ルカが目を丸くし、笑った。

「羽根付きのカボチャ？ ミア、それ、ほんと？」

「うん、お父様がそう言ってた。レオンが剣で戦ってるみたい。面白そうだけど、私たちはこっちで休暇を楽しもう」

ティアがミアの手を握り、囁いた。

「ミアお姉ちゃん、カボチャ、変だね。私、びっくりしたよ」

エマが笑いながら言った。

「レオン、歌姫の歌を聞けなくて残念だったね。でも、カボチャと戦うなんてかっこいい！」

ルカが穏やかに頷いた。

「そうだね。レオンなら大丈夫だろうけど、変な魔獣だね。ミアの花火とエマの歌で、こっちは平和だ」

ミアが微笑み、夜空を見上げた。

「うん、私たちの収穫祭は最高だったよね。レオンにも後で手紙書こうかな」

庭に夜風が吹き、ルナリス領の夏季休暇は穏やかに続いていた。クライン男爵領の奇妙な騒動は遠くの話だが、ミアたちの心に小さな笑いものとして残った。