【完結】発明家アレンの異世界工房 ～元・商品開発部員の知識で村おこし始めました～

第二十六話：広がる波紋と工房の新たな仲間

ミストラル村は、領主アルトリア辺境伯からの特命を受け、かつてないほどの活気に満ちていた。

アレンの工房を中心として、シルバ川治水計画、新型水車の開発と普及、そしてセドナ村への技術支援という三つの大きな歯車が、ゆっくりと、しかし確実に回り始めたのである。

まず動き出したのは、シルバ川の測量チームであった。
アレンから測量技術の基礎を叩き込まれたトムやティム、そして数名のミストラル村の若者たちは、ギデオンをリーダーとして、数日分の食料と測量器具を携え、シルバ川の上流へと旅立っていった。

彼らの任務は、広大なシルバ川流域の正確な地形データを収集し、アレンが練り上げた治水計画の精度をさらに高めること。
道なき道を進み、時には険しい崖を登り、川の流れの速さや深さを測る作業は困難を極めたが、彼らはアレンから託された使命感と、若者らしい冒険心に支えられ、着実に任務を遂行していく。

アレンは、ミストラル村の工房に残りながらも、彼らからの定期的な報告（伝書鳩や、村へ戻る者を介して届けられる）に目を通し、必要な指示や助言を与え続けた。
それは、直接現場に赴くのとはまた違う、プロジェクト全体を俯瞰し、マネジメントするという、アレンにとって新たなリーダーシップの試金石でもあった。

測量チームが出発して間もなく、ミストラル村に新たな訪問者たちが到着した。
領主アルトリアが約束していた、土木技術に明るい役人と、経験豊富な石工や大工の職人たちの一団である。
彼らは、辺境伯の命を受け、アレンの指揮下に入り、シルバ川治水計画の実現に協力するために派遣されてきたのだ。

「私が、辺境伯様より土木監督官を拝命した、レグルスと申します。
アレン技術総監督の指揮に従い、この事業の成功に尽力いたす所存です」

レグルスと名乗った壮年の役人は、いかにも実直そうな人物であったが、アレンの若さを見て、その表情には隠せない驚きと、わずかな疑念が浮かんでいるのが見て取れた。
同行してきた職人たちも同様で、子供に指図されることへの戸惑いを隠せない様子。

アレンは、そんな彼らの反応を予期していた。
彼は、言葉で説明するよりも、まず具体的な計画と、その根拠となるデータを示すことを選んだ。
工房に彼らを招き入れ、シルバ川の模型実験の成果や、詳細な治水計画図、そして現在進行中の測量作業の重要性を、論理的かつ熱意を込めて説明する。

「……これが、本当に子供一人の頭から出てきた計画だというのか……」

レグルスは、アレンの説明を聞き終えると、ただただ唖然とするばかり。
その計画の緻密さ、発想の斬新さ、そして何よりも領地全体への深い洞察力は、彼がこれまで仕えてきたいかなる技術者をも凌駕しているように感じられたのだ。

同行の職人たちもまた、アレンが提示する具体的な堤防の構造図や、石積みの新しい工法などに目を見張り、次第にその知識と技術力に引き込まれていく。
最初の戸惑いは、やがて畏敬の念へと変わり、彼らはアレンの指示を真摯に受け止め、プロジェクトの一員として積極的に関わり始めるのだった。

工房は、ミストラル村の若者たちと、領都から来た経験豊富な技術者たちが、互いの知識や技術を交換し合い、切磋琢磨する、まさに領内随一の技術開発センターとしての様相を呈してきたのである。

一方、水車プロジェクトも着実に進んでいた。
ミストラル村の小川で実証された新型水車の高性能ぶりは、村人たちの生活を確実に豊かにし始めていた。

石臼を力強く回し、以前よりもずっと短時間で大量の小麦を製粉できるようになり、女性たちの労働時間は大幅に削減された。
その成功を元に、アレンは水力を利用した新たな装置の開発にも着手し始めていた。

「この水車の回転力を、もっと色々なことに使えないかなって考えてるんだ。
例えば、脱穀機。
収穫した麦の穂から、もっと楽に実を取り出すことができれば、農作業はさらに効率的になるはずだ」

アレンは、トムやティムたち工房の若者と共に、脱穀機の設計図を描き、試作品の製作に取り掛かる。
歯車と回転ドラムを組み合わせたその機構は、彼らにとって新たな挑戦であったが、水車開発で培った経験と、アレンの的確な指導のもと、少しずつ形になっていく。
工房の若者たちは、自分たちの手で新しいものが生み出されていく喜びに目を輝かせ、アレンの期待に応えようと懸命に技術を磨いていた。

セドナ村への技術指導チームも、ヘクターを中心に順調に活動を進めているという知らせが届いていた。
彼らが指導した雨水貯留システムは、セドナ村の家々に次々と設置され、貴重な水を確保し始めている。

ため池の造成も、村人たちの協力のもと、少しずつではあるが進んでいるようだ。
リナが送った乾燥地帯向けの薬草の種も無事に届き、セドナ村の人々が栽培を試みているという。
ミストラル村の知恵が、遠く離れた村の困難を和らげている。
その事実は、アレンたちにとって大きな励みとなった。

アレンの日常は、かつてないほど多忙を極めていた。
シルバ川治水計画全体の進捗管理、領主から派遣された技術者たちとの調整、工房での新しい発明品の開発指導、そして学び舎での授業。

時には、その重圧に押しつぶされそうになることもあった。
しかし、そんな時、リナが淹れてくれるハーブティーの温かさや、トムやティムたちのひたむきな眼差し、そして村人たちの変わらぬ信頼が、アレンの心を支え、再び前へと進む力を与えてくれるのであった。

「アレン君、あまり根を詰めすぎないでね。
私たちみんなが、アレン君のことを応援しているのだから」

リナは、夜遅くまで工房で作業するアレンの元へ、夜食を運びながら優しく声をかける。
彼女の存在は、アレンにとって、単なる協力者以上の、かけがえのない心の支えとなっていた。