【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ

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第三十五話:大地を刻む槌音と領主の眼差し

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工房での雪解けは、ミストラル村を中心としたアルトリア領の未来を左右する大事業に、力強い推進力を与えた。

マードックという経験豊富な土木技師がアレンの計画を理解し、その実現に向けて積極的に協力し始めたことで、シルバ川治水計画は、いよいよ本格的な工事段階へと移行する準備が整ったのである。

季節は春を迎え、長く厳しい冬の間に積もった山々の雪が解け出し、シルバ川の水かさが増し始める前に、少しでも対策を進めておきたい。
そんな焦りにも似た熱気が、ミストラル村と、そして領主アルトリアから派遣された技術者たちの間に満ちていた。

領主の承認のもと、治水工事の第一段階として、特に氾濫の危険性が高いと予測されたシルバ川中流域の一区画で、実験的な新しい堤防の建設が開始された。

レグルスが全体の指揮を執り、マードックはその豊富な現場経験を活かして、アレンが設計した石垣補強型の堤防の基礎工事を監督する。
改良された土砂運搬機がフル稼働し、大量の土砂や石材が効率よく運搬され、作業は驚くほどのスピードで進んでいく。

ミストラル村や近隣の村々からも多くの作業員が動員され、その槌音や掛け声は、まるで大地を揺るがす巨大な生き物の鼓動のように、シルバ川の渓谷に響き渡った。

アレンは、ミストラル村の工房を拠点としながらも、定期的に工事現場を訪れ、進捗状況を確認し、技術的な助言を与えた。
彼の姿は、もはや単なる発明好きの少年ではなく、プロジェクト全体の頭脳として、そして未来を切り開く指導者として、多くの人々の信頼を集めていた。

時を同じくして、ミストラル村の工房では、水車プロジェクトもまた新たな段階へと進んでいた。
村の小川でその高性能が実証された新型水車は、まずミストラル村の製粉所へと正式に導入され、その圧倒的な製粉能力は、村の食生活を豊かにするだけでなく、余剰分の小麦粉を他の村へ供給するという、新たな収入源の可能性さえ示し始めた。

さらにアレンは、トムやティムたち工房の若者と共に、水力を利用した新しい装置の開発にも成功していた。
それは、以前から構想していた「水力式自動脱穀機」。

水車の回転力を歯車とベルトで伝え、特殊な形状のドラムを回転させることで、収穫した麦の穂から効率よく実を分離するという画期的な機械であった。

デモンストレーションでは、これまで何人もの村人が一日がかりで行っていた脱穀作業を、ほんの数時間で、しかもより少ない労力で完了させてみせ、農夫のダリオをはじめとする村人たちを驚嘆させた。

「こいつぁ……まさに魔法だ! アレン坊、いや、アレン様は、本当に神の使いなんじゃねえか……!」

ダリオが、興奮のあまりそんな言葉を口にするほど、その発明は衝撃的であった。

この自動脱穀機が普及すれば、農作業の負担は劇的に軽減され、収穫後の作業効率も飛躍的に向上するだろう。
ミストラル村の農業は、新しい農具の導入に続き、この脱穀機によって、さらなる変革の時を迎えようとしていた。

そんな目覚ましい発展を遂げるミストラル村の噂は、当然のことながら、領主アルトリア辺境伯の耳にも詳細に届いていた。

そしてある日、辺境伯自らが、少数の側近だけを伴い、ミストラル村を視察に訪れるという知らせが舞い込んできたのである。
それは、アレンたちにとって、これまでの成果を直接披露し、そして今後のさらなる支援を取り付けるための、またとない機会であった。

村は、領主の来訪を前に、いつも以上の活気に包まれた。
道は掃き清められ、家々は飾り付けられ、工房ではアレンたちが開発した新しい道具や機械が、その性能を最大限に発揮できるよう念入りに整備される。

学び舎の子供たちも、辺境伯に自分たちの学びの成果を見てもらおうと、文字の練習や計算問題に熱心に取り組んでいた。

そして、視察当日。
アルトリア辺境伯は、レグルスやバルガス村長の案内で、まずシルバ川の治水工事現場を訪れた。

そこで、マードックが指揮を執り、アレンの設計に基づいて着々と建設が進む新しい堤防の様子や、改良型土砂運搬機が効率よく稼働する様を目の当たりにし、深く頷いた。

「マードック、お主の顔つきが変わったな。
どうやら、新しい風が良い刺激になったと見える」

辺境伯の言葉に、マードックは少し照れたように、しかし誇らしげに胸を張った。

「はっ。
アレン技術総監督の知恵と、若者たちの熱意に、この老骨もまだまだ学ぶことが多いと気づかされました」

次に一行が向かったのは、ミストラル村の工房と、新型水車が稼働する製粉所、そして自動脱穀機が設置された作業場であった。

アレンは、緊張しながらも、それぞれの発明品の構造や仕組み、そしてそれが村の生活や産業にどのような変化をもたらすのかを、辺境伯に丁寧に説明して回る。

辺境伯は、水車の力強い回転や、自動脱穀機が見事に麦を実と藁(わら)に分けていく様子を、驚きと感嘆の入り混じった表情で見つめていた。

「……素晴らしい。
実に素晴らしいぞ、アレン。
お前の知恵は、まさにこの領地の宝じゃ」

視察の最後に、辺境伯はアレンの肩を叩き、心からの称賛の言葉を贈った。
その眼差しは、初めてアレンに会った時の試すようなものではなく、確かな信頼と期待に満ちている。

「このミストラル村を、アルトリア領全体の技術開発と人材育成の拠点とする。
余は、そのための支援を惜しまぬつもりだ。
お主には、これからもその類稀なる才能を、領地と民のために存分に振るってもらいたい」

辺境伯からの力強い言葉は、アレンにとって、これまでの努力が報われた瞬間であると同時に、さらなる大きな責任を託された瞬間でもあった。

ミストラル村の小さな工房から始まった物語は、今や領主という大きな後ろ盾を得て、アルトリア領全体の未来を明るく照らし出す、壮大なプロジェクトへとその姿を変えようとしていた。

アレンの目の前には、無限の可能性が広がっている。
そして、彼を支えるリナやカイト、工房の仲間たち、そしてミストラル村の人々の絆もまた、この大きな挑戦の中で、より一層強く、深く結ばれていくのであった。

大地を刻む槌音と、力強く回る水車の音。
それは、新しい時代の到来を告げる、希望に満ちた交響曲のように、ミストラル村の空に高らかに響き渡っていた。
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