【完結】召喚されたけど役立たず? いいえ、隣国の貴族様とハッピーエンドです!

シマセイ

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第一話:予期せぬ放課後

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「あー、今日の数学、マジで撃沈したんだけど」

ため息混じりにそう言ったのは、クラスメイトの美咲(みさき)だ。

「わかる。私も半分くらい勘で書いた」

私、白石雪(しらいし ゆき)は苦笑いしながら答える。

平凡な高校二年生。
それが私を一言で表す言葉だ。
特別美人でもなく、成績も運動神経も中の下。
毎日、家と学校を往復するだけの、代わり映えのない日々を送っている。

「ユキはまだマシじゃん。私なんか、最後の問題、手も足も出なかったもん」

「まあ、あの問題は難しかったよね」

放課後の教室。
夕焼けのオレンジ色の光が、窓から差し込んでいる。
私たちは、鞄に教科書やノートを詰め込みながら、他愛もない会話を続けていた。

「ねえ、この後、駅前のカフェ寄ってかない? 新作のフラペチーノ飲みたい!」

「ごめん、美咲。私、今日ちょっと用事があって……」

「えー、そうなの? 残念」

本当は、特に用事なんてない。
ただ、なんとなく一人になりたかった。
最近、漠然とした不安というか、焦りのようなものを感じることがある。
このまま平凡な毎日が続いて、平凡な大人になっていくんだろうか、と。
そんなことを考えても仕方がないのは分かっているけれど。

「じゃあ、また明日ね」

「うん、また明日」

美咲に手を振って、私は一人で昇降口へ向かう。
靴を履き替え、校門を出る。
いつもと同じ帰り道。
でも、今日は少しだけ違うルートを選んでみたくなった。
気分転換になるかもしれない、なんて淡い期待を抱いて。

普段は通らない、少し細い路地。
古い商店や住宅が立ち並ぶ、どこか懐かしい雰囲気の場所だ。
ここを抜ければ、自宅まで少し近道になるはず。

コツ、コツ、と自分の足音だけが響く。
日が傾きかけ、影が長く伸びている。
少し薄暗い路地を歩いていると、ふと、道の隅に落ちている何かに目が留まった。

キラリ、と鈍い光を反射している。
近づいてみると、それは古びた手のひらサイズの装飾品――ブローチのようだった。
複雑な模様が刻まれた金属製の台座に、深い青色の石が嵌め込まれている。
見たこともないデザインだ。
アンティーク、というにはどこか異質な雰囲気を纏っている。

(誰かの落とし物かな……?)

周りを見渡しても、人の気配はない。
交番に届けた方がいいだろうか。
そう思いながら、何気なくそれを拾い上げた、瞬間だった。

ブワッ!!

ブローチが突然、目も眩むほどの強い光を放った。

「きゃっ!?」

思わず目を閉じる。
光と同時に、強い風が吹き荒れ、体がぐらりと揺れる。
何が起こったのか分からない。
目を開けたいのに、瞼が鉛のように重い。
意識が急速に遠のいていくのを感じた。

(……なに……これ……)

それが、私の最後の思考だった。



……

………

「……ん……」

どれくらい時間が経ったのだろうか。
意識がゆっくりと浮上してくる。
瞼を開けると、まず目に飛び込んできたのは、見慣れない木製の天井だった。
太い梁がむき出しになっていて、薄暗い。

(……ここ、どこ……?)

体を起こそうとして、全身に軽い倦怠感があることに気づく。
頭も少し痛い。
状況が全く飲み込めないまま、ゆっくりと辺りを見回した。

石造りの壁。
簡素な木製のベッド。
小さな窓からは、見たこともないような淡い紫色の光が差し込んでいる。
どうやら夜明け、あるいは夕暮れ時のようだ。
私が寝かされていたベッド以外には、小さなテーブルと椅子があるくらいで、他には何もない殺風景な部屋だった。

(私の部屋じゃない……病院……でもないよね……?)

最後に覚えているのは、路地裏で拾った奇妙なブローチが光ったこと。
そして、意識を失ったこと。

(まさか……誘拐……?)

最悪の可能性が頭をよぎり、血の気が引く。
慌てて自分の服装を確認すると、さらに混乱した。
着ていたはずの高校の制服じゃない。
麻のような、ゴワゴワした質感の簡素なワンピース?に着替えさせられている。
色はくすんだ茶色だ。

(やっぱり、おかしい……!)

恐怖で心臓が早鐘を打つ。
どうにかしてここから逃げ出さないと。
そう思った時だった。

ギィ……

重い木製の扉が開く音がした。
ビクッと肩を揺らし、音のした方を見る。
そこに立っていたのは――

鎧を着た、屈強そうな男性が二人。
腰には剣を下げている。
顔つきは険しく、私を値踏みするように睨みつけていた。

(鎧……? 剣……? なに、これ……コスプレ……?)

いや、違う。
彼らが纏う雰囲気は、本物の戦士のそれだ。
殺気にも似た鋭い視線に、体が竦む。

一人の兵士が、何か低い声で私に話しかけてきた。
でも、全く聞き取れない。
日本語じゃない。
英語でも、他の私が知っているどの言語でもない、未知の言葉だった。

「……?」

私が困惑した表情で首を傾げると、兵士は苛立ったように眉を顰め、もう一度何かを言った。
そして、乱暴な手つきで私の腕を掴み、ベッドから引きずり降ろそうとする。

「いっ……! や、やめて……!」

思わず日本語で叫ぶが、当然通じるはずもない。
兵士は力を緩めず、私を部屋の外へ連れ出そうとする。

(どうしよう……! このままじゃ……!)

抵抗しようにも、体格差がありすぎる。
恐怖と絶望で、涙が滲んできた。
その時だった。

「待ちなさい」

凛とした、よく通る声が響いた。
私の腕を掴んでいた兵士の手が、ピタリと止まる。
兵士たちは驚いたように声のした方へ向き直り、慌てて膝をついて頭を垂れた。

私も、恐る恐るそちらを見る。
扉の前に、いつの間にか別の人物が立っていた。
銀色の、月光のように輝く長い髪。
夜空を閉じ込めたような深い紫色の瞳。
彫刻のように整った顔立ちは、人間離れした美しさだ。
その人物は、豪華な装飾が施された、白い軍服のようなものを着こなしている。
年の頃は、二十代半ばくらいだろうか。

その人物は、兵士たちを一瞥した後、静かに私の方へ視線を向けた。
射抜くような、それでいてどこか冷ややかな紫色の瞳と、視線がかち合う。

心臓が、ドキリと大きく跳ねた。
恐怖とは違う、別の感情で。

彼は、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。
そして、私の目の前で立ち止まると、先ほどとは違う、流暢な――けれど、どこか硬質な響きの日本語で、こう言った。

「……君が、今回の『召喚』で迷い込んだ娘か」

(……召喚……? まよいこんだ……?)

彼の言葉の意味は、すぐには理解できなかった。
ただ、目の前にいるこの美しい人が、私にとって敵ではないのかもしれない、という予感だけが、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように感じられた。
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