【完結】召喚されたけど役立たず? いいえ、隣国の貴族様とハッピーエンドです!

シマセイ

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第九話:忘却の森の呼び声

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次の日の午後も、私はリリアさんと共に第一図書室へ向かった。
昨日とは違い、今日は明確な目的がある。
『忘却の森』。
あの日記の書き手が、何かを見つけようとしていた場所。
そこに関する情報を、少しでも多く集めたい。

図書室に入ると、昨日と同じように、リリアさんは入り口近くの椅子に腰を下ろした。
私は一礼だけして、足早に地理や歴史に関する書物が集められている区画へと向かう。

(忘却の森……忘却の森……)

背表紙のタイトルを一つ一つ確認していく。
昨日よりも文字を読むスピードが少し上がっているのを感じて、少し嬉しくなる。
いくつかの本を手に取り、パラパラとページを捲っていくと、やがて、お目当ての記述を見つけることができた。

『エルドラ王都南方に広がる広大な森林地帯、通称『忘却の森』。古代樹が多く自生し、内部は昼なお暗い。濃い瘴気が漂いやすく、低級から中級の魔物が多く生息するため、一般人の立ち入りは推奨されない』
(地理書より)

『忘却の森の奥深くには、古代文明の遺跡が存在すると言われている。しかし、その正確な場所や詳細は不明。森に立ち入った者の中には、記憶の一部、あるいは全てを失う者がいるという言い伝えがあり、人々から恐れられている』
(地方伝承集より)

『王国騎士団は、定期的に忘却の森の境界付近の魔物討伐を行っているが、森の深部への調査は、その危険性の高さから、長年見送られている』
(王国年代記より抜粋)

いくつかの本から得られた情報は、断片的ではあったけれど、共通していることも多かった。
王都の近くにある、危険な森。
魔物がいて、瘴気が濃い。
そして、奥には遺跡があり、「記憶を失う」という不吉な言い伝えがあること。

(記憶を失う……。だから、忘却の森……)

日記の書き手は、そんな危険な場所に、なぜ行こうとしていたのだろうか。
遺跡に、『帰還の魔法陣』の手がかりがあるとでも考えたのだろうか。
それとも、何か別の理由が……?

疑問は、深まるばかりだ。
もっと詳しく知りたいけれど、限られた時間の中で見つけられる情報は、これが限界かもしれない。

ふと、入り口近くで静かに座っているリリアさんの姿が目に入った。
彼女は、この国の人間だ。
もしかしたら、何か知っているかもしれない。
ダメ元で聞いてみようか。

意を決して、私はリリアさんの元へ歩み寄った。
彼女は、私が近づいてくるのに気づくと、少しだけ眉を動かした。

「……何か?」

「あの、リリアさん。少し、お聞きしてもいいですか?」

「……内容によります」

相変わらずのガードの固さだ。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

「『忘却の森』について、何かご存知ですか?」

私の質問に、リリアさんの表情が、ほんの僅かに、本当に僅かにだけど、険しくなったように見えた。

「……なぜ、そのようなことを?」

「いえ、その……本を読んでいたら、名前が出てきたので、少し気になって……」

しどろもどろになりながら、言い訳をする。
日記のことは、まだ話せない。

リリアさんは、じっと私の目を見て、何かを探るような視線を向けた。
しばらくの沈黙の後、彼女は静かに口を開いた。

「……忘却の森は、危険な場所です。
瘴気が強く、恐ろしい魔物がいます。
そして……良くない噂も多い」

「良くない、噂……?」

「……森に入って、戻らなかった者。
戻ってきても、以前とは別人のようになってしまった者……。
興味本位で近づくべき場所ではありません」

リリアさんの声は、いつものように淡々としていたけれど、その言葉には、明確な警告の色が含まれていた。

「あなたは、カイ様の保護下にある身です。
決して、そのような危険な場所に近づこうなどと考えないように」

「……はい。わかりました」

釘を刺されてしまった。
これ以上、彼女から情報を引き出すのは難しそうだ。
でも、彼女の反応から、忘却の森が、ただの森ではない、特別な場所だということは、より強く感じられた。

時間になり、私たちは図書室を後にした。
帰り道、ちょうど廊下の角を曲がったところで、前方から華やかな一団が歩いてくるのが見えた。
昨日と同じ、聖女様とその取り巻きの侍女たちだ。

「まあ、カイ様から新しい髪飾りが届いたの! とっても素敵!」

「本当ですわ、聖女様! まるで、夜空の星々を閉じ込めたような……!」

「ふふ、嬉しいわ。でも、最近少し退屈なのよね……。どこか、景色の良いところにでも、ピクニックに行きたいわ」

「でしたら、王家の庭園はいかがでしょう? 今、ちょうど珍しい花が咲いている頃ですわ」

「まあ、素敵ね!」

楽しそうな、弾むような会話。
きらびやかなドレスと、高価そうな宝飾品。
私とは、まるで違う世界の住人だ。
危険な森の情報を得て、少し重い気持ちになっていた私と、ピクニックの心配をしている聖女様。
その対比が、なんだかおかしくて、でもやっぱり、少しだけ胸がチクリと痛んだ。

私たちは、壁際に寄って、彼女たちの一行が通り過ぎるのを待った。
聖女様は、私のことなど全く目に入っていないように、侍女たちとの会話に夢中になって通り過ぎていった。

部屋に戻り、一人になると、再び忘却の森のことが頭を占める。
危険な場所。
近づいてはいけない場所。
分かっている。
でも、あの日記の書き手が、何かを求めて向かおうとしていた場所なのだ。
そこには、何かがあるはずだ。

(カイさんに、話してみるべき……?)

迷いが、心をよぎる。
彼は、この国の騎士団に所属している。
忘却の森についても、詳しい情報を知っているかもしれない。
正直に話せば、何か教えてくれるだろうか?
いや、でも……。

(危険なことに関心を持っているって知られたら、警戒されるかも……。最悪、図書室への立ち入りも禁止されちゃうかもしれない……)

それは、避けたい。
図書室は、今の私にとって、唯一、外の世界と繋がれる場所なのだから。

(どうしよう……)

結論は、すぐには出なかった。
今はまだ、カイさんに話す時ではないのかもしれない。
もう少し、自分で情報を集めてみるべきか。

そんなことを考えながら、何気なく、あの日記帳を手に取った。
パラパラと、改めてページを捲っていく。
これまで、書かれている文章ばかりに気を取られていたけれど、もしかしたら、何か見落としていることがあるかもしれない。

そして、最後のページに近い、白紙の部分。
そこに、何かインクの染みとは違う、鉛筆で描かれたような、薄い線がいくつか引かれていることに気がついた。
光に透かして、よく見てみる。
それは、単純な落書きではないようだ。
いくつかの線が組み合わさって、まるで……。

(……地図……?)

そう、それは、簡単な地図のようだった。
森のような地形と、その中に描かれた、建物のような印。
そして、その印の横には、かろうじて読める、小さな文字が書き込まれていた。

『……月の祭壇……』

(月の、祭壇……?)

これが、忘却の森の奥にあるという、遺跡のことなのだろうか?
心臓が、ドキドキと高鳴るのを感じた。
これは、大きな手がかりかもしれない。
日記の書き手は、ただ闇雲に遺跡を目指していたわけではなく、この『月の祭壇』と呼ばれる場所に、何かを求めていたのかもしれない。

私は、その地図を食い入るように見つめた。
忘却の森への扉が、また少し、開かれたような気がした。
同時に、その先に待つであろう謎と危険への予感に、身が引き締まる思いだった。
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